宮殿の本当の宝 参

美猿王 十四歳


部屋の中に入った瞬間、扉を背にして床に座り込んだ。


上がった息を整えながら、視線だけで周囲を見渡す。


コポポポポッ…。


ウィーン、ウィーン。


水の音と機械の鳴る音が耳に入り、音のした方に再度視線を向ける。


縦長い水藻が沢山設置されていて、床から草が沢山生えていた。


何かの実験室のような…、そんな感じだ。


「何だ?この部屋…」


ズキンッ!!


そう呟いた瞬間、肩に鋭い痛みが走った。


剣で斬られた事なんてなかったからなのか、肩がの傷が異常に痛い。


傷が焼けるのように熱い…。


何だコレ…。


体が怠い、明らかに体調がおかしい。


あの剣先に毒でも塗られていた可能性が高い。


「はぁ…」


理解できない状況に頭を悩ませないといけないんだ。


それにしても、この部屋は何なんだ?


デカイ水槽が沢山あるけど、中に何か入ってんのか?


重たい体に鞭を打って立ち上がった。


コポポポポッ…。


再び水の音が鳴り響く。


「ん?これは…女?」


水槽の中には、金色のフワフワの髪の色白い裸の女が入っていた。


口には酸素を送っている機械が着けられている。


生きた女が閉じ込められるのか?


だとしたら理由は何だ?


「何で、女が入ってるんだ?まさか、ここにある水槽の中にこの女が入ってるのか?」


俺は気になって、ここにある水槽の中を見て回る。


一つ一つの水槽を覗き込むと、中には、やっぱり最初に見た女が入っていた。


ここにある水槽に何故、瓜二つの女が入っているのか。


床を見れば床に血の染みついた跡がある。


動物なのか、人間なのか分からない骨も転がっていた。


テーブルには、沢山の資料と思われる紙が乱雑に置かれている。


一枚だけ髪を拾い上げ、内容を見ると数字と数式みたいなものが書き記されていた。


見ているだけで、頭が痛くなる内容だ。


頭を押さえながら、紙をテーブルの上に置き直す。


「何なんだこの部屋…。気持ち悪っ」


その中でも一番大きな水槽の中に入っている女だけ、左目の下にダイヤのマークが付いていた。


何故か、俺は大きな水槽の前から動けなかった。


どうしても、この水槽に入った女が気になったのだ。


ジッと見つめていると、女の瞼がピクッと動く。


そして、瞼がゆっくりと上がり黄色の瞳が俺を写した。



女はジッと俺の事を見てきた。


俺と女の間には、静かな空気が流れ始める。




美猿王はこの時、宮殿の宝が武器だと思い込んでいた。

だが、本当の宝はこの少女である事に気付ずいた。

天界では密かに、美猿王と牛魔王が兄弟盃を交わした事が神達の間で騒がれていた。

美猿王の今までして来た悪さや計り知れない強さに、神々達は頭を悩ませていた。

どうしたら、美猿王や牛魔王の動きが止められるのか…と。

そこで、神々達は妖怪と同等に戦える兵を作れば良いと判断した。

神々は人間と同じ姿の兵器を作り出す実験を行なっていた。

海深い宮殿の研究室にて四海竜王達と協力しながら兵器を作っていた。

美猿王はたまたま、研究室に入ってしまったのだった。


「あなた…」


女は小さな口を開き言葉を吐く。


どうやら、俺に向けての言葉らしい。


「っ!?」


コイツ喋れるのか!?


「ケガ…してる」


「へ?」


「あそ…この薬。飲ん…だら治る」


女はそう言って、テーブルに置いてある瓶を指差した。



「これを飲めって事か?」


俺がテーブルの上にある透明の液の入った便を取り、尋ねる。


女が俺の手にある瓶を見て、小さく頷いた。


んー、怪しい。


けど、いつまでも体が怠いのは嫌だし飲んでみるか…?


手に取った瓶の蓋を開け、匂いを嗅いでみる。


透明な液体からは何も匂いがしない。



毒は入ってない…よな。



そして、意を決して透明の液体を体に流し込んだ。


すると肩の傷が再生し、始め体の怠さが無くなった。


女の言った通り、傷がなおると体調もよくなった。


「怪我が治った…だと?」


「よか…た。あな…たの傷、妖怪退治専用の剣…で斬られた傷」


「だから傷口が焼けるように熱かったのか?」

 

そう言うと女が頷いた。


だから牛魔王は、この宮殿にある武器が欲しかったのか。


やっと理解出来たな。


牛魔王が欲しがっていた理由も、手にしたかった理由も一致した。


「ありがとな。お陰で助かったわ」


「お礼を言われる事…して…ない」


「いやいや、十分お礼を言われる事したよお前は」


「変な…奴」


「アハハハ!変な奴は初めて言われたわ。それより、

お前は何でこんな水槽に閉じ込められてんの?」


俺がそう言うと女は黙った。


「わから…ない」


「分からないのか?」


「うん」


「そうか」


「うん」


ジッと女の体を見つめた。


よく見ると、体にたくさんの器具が付いていた。


この女みたいに水槽に閉じ込められている奴とか、

人の姿をした物体、武器。


俺の知らない事が、この世界には山程あるって事に気付いた。


きっと、何かよくない事をしている事だけは分かる。


タタタタタタタッ!!


扉の向こうから再び足音が聞こえて来た。


「やっべ!!急いでここを出ないと!!」


「こっちの」


「え!?」


「こっちの…扉から…出たら裏に…出るから」


女のは左に側にある扉を指差した。


「俺を逃すのか?」


「うん」


「何で?」


理由が分からなかった。


何でこの女は、俺を逃したり傷を直させたりしたんだ?


「理由は…分からない」


「分からない…って」


「分からないけど…、にが、してあげ…たいから?」


そう言って、女は首を傾げた。


感情が分からないのかこの女は…。


ずっとこんな水槽の中に閉じ込められていたのか。


「この部屋も確認するぞ!!」


「っ!!」


警備兵達がこの部屋に入ってこようとしていた。


「ありがとな!助かったぜ!!」


俺は女に礼を言って、左側にある扉に向かって走った。


タタタタタタタッ!!


バンッ!!


扉を開けると、真っ暗だった。


俺は無我夢中で暗闇の中を真っ直ぐ走った。


いつまで走れば外に出れるんだ…。


チカチカチカッ!!


前方から一筋の光が見えた。


「見えた!!」


俺は全速力で光の刺す方向に向かって走った。


暗闇を抜けると、何故か地上に出ていたのだ。


あの部屋の構造から、どうして地上に出られたのかは

分からないが。


日の出までに間に合って良かったと思った。


「美猿王。遅かったじゃん?」


声のした方に視線を向けると、ボロボロの牛魔王の姿が見えた。


「牛魔王!!無事だったか」


「なんとかな…。美猿王も無事で良かったわ」


「ハハハッ。今日は…疲れたわ」


そう言って、ドサッと俺は浜辺に寝転がった。


「俺も」


牛魔王も俺の横で寝転って来たので、俺達は顔を見合わせて笑った。


こんな日も悪くないと思えたんだ。


何回も見た朝日は今日は一段と綺麗に見えた。



美猿王はのちに、仲間になる猪八戒(チョハッカイ)

そして神々が作った人型兵器、哪吒太子(ナタクタイシ)と出会っていた事をこの時はまだ知らなかった。


この日以来、俺達は色んな宮殿や屋敷に潜入して武

器やら財宝やらを盗んでは宴を開いた。


六大魔王達と一緒になって、一つの村を落とした事もあった。


混世以外の奴等と仲良くなった。


相変わらず混世は俺の事を毛嫌いしている。


牛魔王と一緒なら俺はどこまでも行ける気がしていた。


大切な兄弟…。


俺は心の中ではそう思っていたんだ。


あれから三年が経った冬の頃だった。




美猿王 十七歳 


牛魔王の屋敷で、忘年会と言う名の宴を開いていた。


「アハハハ!!美猿王よ!!飲んでいるか!?」


「飲んでる飲んでる」


「ホラホラ!!もっと飲め!!」


俺のグラスに真っ赤な顔をした鱗青が、酒を注いできた。


黒風は俺の隣で黙々と酒を飲んでいた。


何故か俺に懐いてしまった黒風は、必ず俺の隣に座ってくる。


あんまり話さないが俺が話している姿を見て、クスクスと笑う黒風は可愛いので、いつも頭を撫でている。


「本当に黒風はよく美猿王に懐いとるのぉ」


「あ、黄風。可愛いだろ?」


俺が黄風に言うと、黒風はポッと顔を赤くした。


「人見知りの黒風をここまでにさせるとは、美猿王には…。何か妖を惹きつける魅力があるのかもしれんな」


「俺に?考えた事なかったな」


「それだけ兄弟が魅力的って事だろ?なぁ黒風」


牛魔王が後ろから、黒風の肩を掴んだ。


「美猿王は…こんな僕と仲良くしてくれるんだ」


ボソッと、黒風が呟いた。


「アハハ!!そうかそうか、それより美猿王。面白い話を聞いたんだが聞いてくれるか?」


そう言って、牛魔王は庭を指差した。


コイツ等には、聞かせられない話って事か。


俺と牛魔王は宴から抜け出し庭に向かった。


庭に着くと俺達は酒を飲みながらベンチに腰掛ける。


「それで?アイツ等に聞かせたくない話って何?」


「お前俺の事よく見てんな」


「いやいや、普通に分かるだろ」


「俺の兄弟は流石だな」


牛魔王に兄弟と言われるとむず痒くなる。


俺はポリポリッと軽く頬を掻いた。


「美猿王はさ、不老不死に興味あるか?」


「不老不死…?」


「永遠の命が手に入るとしらたさ、お前はどうする?」


牛魔王はそう言って、俺の目を真っ直ぐ見てきた。

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