第42話 最後の戦い

「警備隊? なんで?」

「ああ、そういえばクリスは知らなかったか。俺達がここに踏み込む時、念のため、応援を寄越すように伝令を頼んだんだ」


 持ちこたえさえすれば勝てる。さっきヒューゴの言っていた意味が、ようやくわかった。


「って言ってもいつ来るかわかんねーし、正直もうダメかと思ったけどな」


 そうは言うが、その表情には既に余裕の色が出始めている。クリスもまた、次々に仲間の隊員達がやって来るのを見て、一気に心が軽くなる。


 一方、焦ったのはロイドをはじめとする賊側だ。何しろこれまで圧倒的にあちらが優勢だったのは、数で上回っていたからだ。だがやって来た警備隊の数は、それよりもさらに多かった。戦いが数で決まると言うのなら、この時点でほぼ勝ち目はない。

 それをいち早く察知したのだろう。賊の一人が、外へ逃げ出そうとする。だが、それは悪手だった。


「逃げたぞ。追え!」


 怒声が飛び、逃げた男は瞬く間に捕らえられる。

 だがその結果の如何に関わらず、仲間の一人が逃げ出したという事実は、賊の心を挫くには十分だった。


「くそっ、俺も逃げるぞ」

「お、俺もだ!」


 さらに数名が逃走を試み、残っている者達の抵抗も、明らかに弱まっている。


「お前達、逃げるな! 戦え!」


 ロイドが声を張り上げるが、悲しいほどに誰の耳にも響かない。それどころか、そうしている間にも賊は次々に捕らえられ、既に勝敗は決まりつつある。


 そんな彼の前に、ヒューゴが立つ。


「終わりだ。今度こそ諦めて、大人しくするんだな」


 ここで多少抵抗したところで、今さら勝つのは愚か、逃げ切ることだって難しい。


 だがロイドは腰に刺していた剣を抜くと、ヒューゴとの間合いをとりつつ、外へと移動していく。

 この期に及んでまだ逃げる気か。一瞬そう思ったが、すぐに違うと気づく。むしろ、ロイドは戦おうとしているのだ。わざわざ外に出たのは、その方がより剣を振るいやすいからだ。

 そして、ヒューゴもそれを受けて立つ。


「ヒューゴ、決着をつけてやる!」

「いいだろう。最後の最後だ。相手になってやる」


 警備隊員としての役目を考えると、この勝負を真っ向から受ける理由はない。他の奴らと同じように、数人かがりで取り押さえた方が遥かに効率がいい。

 なのにそうしなかったのは、ヒューゴもまた、どこかでこの戦いを望んでいたからかもしれない。自身を追い詰め、クリスを連れ去ったこの男との決着は、自分の手でつけたい。そんな思いは、少なからずあった。

 周りの者もそれを察したのだろう。誰一人として、二人の間に割って入ろうとする者はいなかった。


 ヒューゴとロイド。それぞれ抜刀した剣をぶつけ合い、文字通りしのぎを削る。


 そして、ぶつけ合うのは剣だけではおさまらない。


「ヒューゴ! お前さえ、お前さえいなければ、私がとっくに当主の座についていた!」


 ロイドが当主の座に固執していること。それを争う立場にある自分を嫌っていることは、いやというほど知っていた。だがこんなにも直接怒りや恨みをぶつけられたのは初めてだ。

 もしかすると、彼がこのような悪事に手を染めたのも、当主になるためには金や力が必要と思ってのことかもしれない。


 しかし何を言われても、それに気圧されることはない。


「俺はそんなものに興味はない。座りたければ勝手に座れ。少し前まではそう思っていたが、今は違う。お前のような奴に、いらん力を渡すわけにはいかん」


 当主の座などいらない。その気持ちに一切の嘘はない。だが、そこにロイドが座るのは許さない。

 今でさえ、自らの地位を使い、裏で悪事を行うようなやつだ。より大きな地位につけばどうなるかは、想像に難くない。

 法と治安を守る者として、それだけは絶対に許すわけにはいかなかった。


「貴様ーっ!」


 激昂するロイド。

 だがそんな言葉の応酬とは裏腹に、戦いそのものは、ヒューゴの方が劣勢だった。


 ロイドも部門の家柄であるアスター家の一員として、武術の腕はそれなりに立つ。それでも、まともにやれば決してヒューゴの勝てない相手ではない。だが今は、まともな状態とは言えなかった。


 全身に受けた傷は未だ完治しておらず、無理して戦い続けた結果、ヒューゴはもう限界が近かった。致命的な一撃こそ避けているものの、ロイドの剣を受け止める度に傷が疼き、体が悲鳴をあげている。


(一騎打ちに応じたのは、失敗だったかもな)


 心の中でそんなことを思いながら、ギリギリのところで持ちこたえる。だがそれも、いつまでもは続かない。

 何度目かの打ち合いの最中、全身により一層の痛みが走る。その隙を、ロイドは見逃さなかった。


「もらったぁぁぁぁっ!」


 ロイドの叫びと、キィンという甲高い音が辺りに響く。


 ヒューゴはなんとか無事だった。本当に間一髪のところで体が動き、ロイドの一撃を辛うじて受け止めることに成功する。

 だがその衝撃で、受け止めた剣が手から落ちた。


「くそっ……」


 元々劣勢だったのに加え、武器まで失ったとなっては、いよいよ絶望的だ。


 ロイドは醜い笑みを浮かべながら、勝ち誇ったように言う。


「勝負あったな。最後に教えてやるよ。お前の恋人と一緒にいた女。あいつが何者なのかをな!」

「なに?」


 ロイドは僅かに視線を反らし、遠くにいるミラベルを見る。つられてヒューゴも目を向けると、彼女はケガした体を必死に起こしながら、血相を変えてこちらを見ていた。


 あの女がお前の母親だ。それを知った時、ヒューゴはいったいどんな顔をするだろう。

 元々、ヒューゴを動揺させ、揺さぶることができればと思い部下に拐わせたが、こんな形で真実を告げることになるとは思わなかった。だが、それでもかまわない。


 激しく狼狽したところに、自らの剣でとどめをさしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。その瞬間を想像しながら、ロイドは口を開こうとする。


 だがそれよりも早く、辺りに凛とした声が辺りに響いた。


「総隊長ーっ! 諦めないで! 決して心折れないで!」


 それは、クリスの声だった。ヒューゴの危機に気づいた彼女が、あらん限りの声で叫んでいた。


 それを聞いて、ヒューゴはハッとする。これは、山中で賊に襲われた時、自分がクリスに言った言葉だ。


(あんなことを言っておいて、自分が諦めるわけにはいかんな)


 そう思った瞬間、ヒューゴは痛みを忘れた。ロイドが告げようとしていた女性の正体も、今は二の次だ。

 ロイドを倒す。ただそれだけを考え、丸腰のまま彼へと向かっていく。


 ロイドも、そんなヒューゴの様子に気圧されたのだろう。顔から余裕の色が消え、早くとどめを誘うと剣を振るう。


「くっ……これで終わりだぁぁぁっ!」


 しかし、その剣がヒューゴに届くことはなかった。それより一瞬だけ早く、彼の溝尾にヒューゴの拳が叩き込まれた。


「がぁっ……」


 まさか、ここまで追い詰めておきながら反撃を受けるなんて、ほんの数秒前までは思わなかっただろう。

 だが、ヒューゴの反撃はまだ終わらない。むしろこれからが本番だ。


 ロイドの手を掴み、強引に捻り上げると、握っていた剣が地面に落ちた。そこからさらに捻り上げ、手の、そして体全体の自由を奪っていく。


「き、貴様、何を……」


 これからやろうとしているのは、クリスがやっていた体術のものまねだ。

 といっても、彼女の洗練された技と比べると、ひどく不恰好なものになるだろう。


「うぉぉぉぉぉぉっ!」


 ほとんど力任せに、無理やりロイドを投げ飛ばす。それが、決着のついた瞬間だった。


「がぁっ!」


 まともに受け身をとることなく地面に叩きつけられたロイドは、鈍い声をあげ、そのまま意識を失った。


 とはいえヒューゴもヒューゴで、慣れないことをした代償はあった。ロイドを投げたところまではよかったが、その拍子に体勢を崩し、そのまま地面に倒れ込む。


 仰向けに寝転がったところで、血相を変えてこちらに駆け寄ってくるクリスの姿が目に入った。


「総隊長ーっ! 大丈夫ですかーっ!」


 問題ない。そう言ったつもりだが、それがクリスに届いたかどうかはわからない。

 ただ彼女の顔を見て、疲れが少しだけ和らいだような気がした。

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