ロッティと体温計2

 エンジンを停め、擬人化を果たしたロッティも当然のように様子がおかしく、フラフラしながら地面へしゃがみ込んでしまった。綺麗好きな彼女がアスファルトの地面に膝をついてしまうなど、これまでにはあり得なかったことである。これはのっぴきならない状況であるに違いない。


「ロッティ、大丈夫?」


 夏風邪でもひいてしまったのだろうか? 車体をサイドスタンドで自立させ、彼女に駆け寄って肩を掴む―――かなり熱い。


 なんと、全身から湯気を放っていた。彼女の額にも触れてみる。


「あっつ!」


 思わず手を離してしまった。熱湯風呂とかそんなレベルではない。さながら熱せられたフライパンであった。


「こりゃ目玉焼きとソーセージが焼けるぞ⋯⋯」


 朝食セットである。


『⋯⋯馬鹿おっしゃい⋯⋯大丈夫よ、ちょっとくらっとしただけだから⋯⋯少し休めば問題ないわ』


「ロッティ! 気がついていたの?」


 冗談に反応できるくらいの余裕はありそうであった。まだそこまで熱くないジャケットやタイツの部分を担いで、彼女をコンビニの脇のベンチに座らせ、車体も建物の日陰になっている場所へ移動した。


 すぐにコンビニでアイスや水、冷凍スポーツドリンクなどを購入する。


『―――今年の夏はこれまでに体験した中で一番暑いわね⋯⋯車体を日陰に移してくれてありがとう、ちょっとだけ気分が良くなったわ』


 ロッティの様子を案じながら、購入したガリガリ様の袋を明けて頬張る。俺自身この暑さには参っていたので熱中症には注意が必要であった。冷たく固められた水色のアイスキャンディが口内で体温を奪ってくれる。


『⋯⋯それ、一口貰って良いかしら?』


 尋ねられ、はい、とガリガリ様を彼女の口元に差し出すと、未だに若干虚ろな瞳で一瞥して、ゆっくりと口を開け頬張ってみせた。


 しかし、彼女の唇が触れた瞬間に、熱によってその部分が溶けていってしまう。


 ガリガリ様の溶けた汁が、涎のように口元を伝いブラウスやスカートに掛かってしまったので、ハンカチで拭いてあげる。


『あぁ⋯⋯ごめんなさい、駄目みたい』


 暑さに蕩けた瞳がどんよりとこちらを伺う。こんな時に不謹慎極まりないことであったが、非常に卑猥な感じがしてしまった。


 アイスはダメそうなので、冷凍スポーツドリンクを彼女の脇に挟んでやる。



『あ゛ー⋯⋯これは生き返るわね⋯⋯』


 また目が半分くらい座っていないような感じでベンチの背もたれに上半身を投げ出して、虚空を睨みながら呟いた。急にオッサン臭くなったな、とは勿論言わない。


  目が紫外線によって痛くなるほどのかんかん照りの路上を眺めながら、一時間程ベンチに二人で座り、ジッとしていたのだが、なかなかロッティと車体の温度は下がらない。時折吹いてくれるそよ風が、何とも心地よいが、流れ出る汗を止めるには至らなかった。


『―――ごめんなさい、貴方⋯⋯急いでなかったかしら?』


「大丈夫、たまにはこういうのも」


 俺にとって彼女たちは、単なるオートバイとオーナーと云う関係性を大きく逸脱していた。例え急用の最中にあったとしても、それを気遣わないものは居ない。


『ふーん⋯⋯貴方、やっぱり優しいのね、ご褒美にキスしてあげても良いわよ?』


「⋯⋯マジでっ!?」


 唐突にそんな提案を寄越されて、内心驚天動地の動揺をしてしまったのであるが、改めて彼女を見やると、どこか白昼夢でも見ているかのように頭がグラグラと動いており、焦点も合っていないように思われた。


「⋯⋯もうちょっと、休んだ方が良さそうだね」


 それに、もしも今そんなことをされたら、『焼印』になってしまいそうそうだった。


『―――そう言えば、気になっていたのだけれど⋯⋯なんで貴方はソーセージなんて買っているのかしら?』


「いや⋯⋯⋯⋯焼けるかな、って」


『⋯⋯⋯⋯』

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