星降る夜に

あきのななぐさ

第1話 目覚めの歌

 黒の世界に、小さな波紋が一つ生まれた。


 最初は小さく儚いそれは、生まれた瞬間に消えていた。だが、それは終わりではなく始まり。


 次々と湧き起こる波紋の中で、少年は静かに目を開ける。

 目覚めた瞬間、波紋は音として理解される。


 形のない世界。光のない世界。ただ、少年に届くのはその調べ。

 何もなかった世界に、降り注いだその調べに、少年はその身をゆだねる。


――不思議な音。だが、それは心地よい。


 いつしか少年はその音の流れの中にいた。

 だが、突如わき起こった力ある音の流れが、少年に様々な事を理解させていく。


 自らを理解した少年。その瞬間、黒の世界が光であふれる。

 そして少年は全てを理解した。


 始まりの歌で目覚めた自分を――。



「どう? おとうさん。これが、みこさまのうただよ。『はじまりのうた』だよ」

「モミジは凄いな。きっとお母さんのように歌えるようになれるよ。なあ、モミジ。歌は好きか?」

「うん、だいすきだよ!」


 屈託のない笑顔で、父親の顔もほころぶ。だが、次の瞬間には真剣な眼差しで、父親は娘に問うていた。


「モミジ……。一人で寂しくはないか?」

「ううん、だいじょうぶ! おかあさんのように、うたえるようになるためだもん」

 その一瞬、モミジの顔に陰りが見えた。だが、それを吹き飛ばすように、明るい声を返していた。



その声に、父親は微笑みを返し、娘もまたそれにこたえていた。


「そうだな。モミジもお母さんも頑張ってる。お母さんは『皆が一つになって立ち向かえるように』って世界を旅しているけど、モミジの頑張りを知っていると思うよ」


 父親の手がモミジの頭にそっと伸びる。愛おしそうに目を細めながら。


「えへへ――」


 嬉しそうに笑うモミジの晴れやかな笑顔に応えるように、雲の切れ目から光が差し込む。


「どうやら雨宿りも終わりだ。そろそろ戻らないと、巫女様に怒られる。でも、この雨のおかげで、モミジとこんなに長く一緒に居られた。雨と星樹に感謝しよう。そうだモミジ、この樹は星樹という不思議な樹なんだ。大地を通して世界中とつながっている。望んだら、この星樹がお母さんとモミジを繋げてくれるかもしれないぞ?」

「ほんと! じゃあ『きぼうのうた』をうたうね!」


 止みかけている雨音に交じり、旋律が風にのって流れていく。幼女の奏でる声に導かれるように、父娘おやこの頭上に新しい光が差し込んできた。


 それは太陽の放つ光ではない。星樹の上にある一枚の葉から放たれた光が、父娘おやこを優しく包んでいた。

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