第5章(その7)
「それってつまり……ある意味では、魔人さまのせいでバラクロアが復活した、ということ?」
「直接的に何もかもそのせいだとは言わぬ。元々そのような事がないように、バラクロアに引かれてやってくる妖躯を細々と片付けるのも、代々のルッソの役割でもあったことだし……この魔人も、昨日今日からここにいるわけでもあるまい。私はルッソの名を引き継いでまだ年月が浅いが、たまたまこの魔人もまた眠っているか何かで息を潜めていたせいで、私にせよ先代にせよ、ここまでの力を持ったものを見落としていたのも、悪いと言えば悪いのだ」
「じゃあやっぱり俺のせいだって言っているんじゃないかよ。……それでどうする。俺をやっぱり倒すか?」
「バラクロアが甦った今となってはもう今さら意味がない。……ときに、バラクロアがホーヴェン王子の身柄を押さえていたが、あれはどういう事なのだ? もしかして、御身をみすみす引き渡してしまったのはそなたらの仕業ではあるまいな? かの御仁の身柄が敵の手にあっては、王国軍も不用意に反撃するわけにいかぬではないか」
「そ、それは……」
リテルは助けを求めるように魔人を伺いましたが……魔人はむしろそこに責を問われる事自体大いに不本意だ、と言いたげに、不満げな表情を示すばかりでした。
それを見て、リテルが不意に、こんな事を言い出すのでした。
「そうだわ! いっそのこと、魔人さまも一緒に山を下りて、バラクロア退治に力を貸してくれれば……」
「やだよ。どうしておれがそんな事をしなくちゃいけないんだよ」
「だって、今の話じゃ、やっぱり魔人さまや私に、色々責任のある話なんじゃないのかな……」
「お断りだ。おれは今まで、兵隊どもがおれのねぐらにむやみに近づいてくるから、仕方なく相手をしてやってたんだ。山を下りた先の話にまで、いちいち構っていられないよ」
「魔人よ。この私を実力不足となじるのであれば、むしろ手を貸して恩を売るくらいの事はしてくれてもよいのではないかな?」
「お前がいよいよ駄目だっていうときになったら考え直してやるよ。でも元々はおまえの役目じゃねえかよ」
「そんな!」
リテルのそんな抗議の声にも、魔人はそれ以上聞く耳を持つでもなし、彼女はここに至っていよいよ困り果ててしまいました。決定的に彼女と魔人が仲違いしたわけではないにせよ、ルッソはもうここを発つと言いますし、それ以上魔人の説得に費やす時間はありませんでした。
かといって、ルッソが去ったあとになって魔人に対してあれこれ言ってみたところで、繰り言としか聞こえなかったでしょうし、仮に王国がいよいよ駄目だという局面に至ればさすがの魔人も思い直してくれるかも知れませんでしたけども、ともあれ今このままではリテルにしてみれば去るも残るも、いずれにせよ気まずくならざるをえないのでありました。
「魔人さま、お願いです。もう一度考え直して、私たちに力を貸して下さい」
「……お前の頼みでも、それは聞けないな」
魔人の声色は、きっぱりと断言するというには幾分迷いを含んだ調子でしたが、いずれにせよ拒絶の意志を示したことにかわりはありませんでした。
「ではリテル。我々は行くとしよう」
そのようにルッソが促す声に、リテルはまともに返事も出来ませんでした。ルッソはルッソでそんなリテルの様子を敢えて気にかける事なく、魔人に背を向けてすたすたと洞穴を出ていこうとするので、リテルは後ろ髪を引かれる思いで、やむなく後に続くより他になかったのでした。
来たときは魔術で無理矢理に押し入ってきたルッソでしたが、帰りはリテルを同道して、徒歩で洞穴をあとにしていきます。そのリテルも魔人の力を借りて出入りする以外に、自分の足で洞穴を出て行くのはこれがここに来て以来初めての事でした。真っ暗な洞窟を、ルッソの後に続いてとぼとぼと抜け出してみたところで、外にはただただ何も見えない夜闇が広がっているばかりでした。
「では、君を村まで送っていくとしよう。村の様子を少しみてから、私はそのままバラクロアを追う。……せめて王子殿下の御身だけでもお救い申し上げなければ」
「賢者さま、私に何かお手伝い出来ることはありますか?」
唐突にリテルがそのように言い出すと、ルッソは意外そうな目で彼女を見返しました。
「どうしてだね。気持ちは嬉しいが、おそらく危険な戦いになるだろう」
「足手まといなのは分かっています。……でも、魔人さまが王子様を引き渡したのは、あのバラクロアの手下が洞穴であばれ出したら、私の身があぶなくなるから仕方なしにそうしたんです。……けっして、考えなしに決めたことじゃないんです。私のせいで王子さまの身があぶなくなって、王国が危機を迎えているんです。……そもそもあの魔人さまだって、私がかかわらなければ、だれにも知られることなくこの洞窟でひっそりとすごしていたわけだし……」
切羽詰まった様子で訴えかけるリテルに、ルッソはやれやれと溜息をつきました。
「なるほど。そういうことならば分かった。お前に何かを手伝わせるわけにはいかぬが、せめて事の成り行きを見守ることの出来る場所までは連れて行ってやろう。……一度村に立ち寄って、父母に会っていくかね?」
「……ううん、たぶん皆そんなにひどい目には会っていないと思うし……」
それに、はっきりとここで言葉にするのは避けましたが、きっとここで両親の顔を見てしまえば、遠くバラクロアを追いかけていく気持ちがくじけてしまうに違いない、という風にリテルは思ったのでした。
(次章につづく)
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