第44話 下衆の女と下衆の男


――ジュリエットとジャンがティエリーを出て伯爵邸に向かっていた頃、街の中でも治安の悪いと言われる昼間から営業している娼館や酒場のある通り。


 ティエリーの街中には多くの人が行き交っているが最近になって特に目立つのは、いかにも貴族の従者というような風体ふうていの男たちが一人の女を探していることであった。

 なかなか有力な情報が得られずに、焦った従者たちは手分けしてこの治安の悪い通りにまでやってきたのだった。


「このような外見の女で、森の集落に住んでいるらしいのだが知らないか? または森の集落について何か知っていることは?」


 その従者は生地も仕立ても良い服を身につけて、紙の姿絵にはローズピンク色の長い髪と紫色の瞳を持った娘が描かれている。

 大概の街行く人々は知らないと答えるか、無視して通り過ぎていた。


「おい、そこの娼婦。このような外見の女で、森の集落に住んでいるらしいのだが知らないか? または森の集落について何か知っていることは?」


 件の従者が、道端で男たちに声をかける『立ちんぼ』をしていた赤毛の娼婦に話しかける。


「商売相手じゃない奴とは話す気はないよ! あら? ……これって……、ジュリエットじゃない」

「知ってるのか⁉︎ この女を。そうだ、名はジュリエット。元は貴族の女だ。どこにいる?」


 つり目がちで茶色の瞳の娼婦は、さも面白いことを見つけた子どものように口の端を上げて笑う。


「教えてあげてもいいけど。あんたのご主人様はお金くれる? それに、なんでその女を探してるのか教えてくれたらね」

「なに? クソっ! 足元見やがって! 主人は高貴なお方だ。お前のような娼婦が会えるような方ではない」

「それなら知らないわ。私はジュリエットが見つからなくても困らないものね」


 何日も前からジュリエットを探し続けている従者は疲労困憊ひろうこんぱいであった。

 主人であるピエール・ド・グロセ伯爵令息からは早く見つけろとせっつかれていたし、何故貴族の従者である自分がこのように人探しなどしなければならないのかと不満を抱いていたのだ。


「分かった。主人に会わせよう。本当にジュリエットを知っているんだな?」

「知ってるも何も、世の中で一番ムカつく女よ」


 従者は急いで他の従者に事情を話し、急ぎピエールへと取り次ぐように伝えた。


「私にも運が向いて来たわ。こんなところで娼婦なんかしたって、集落で働くよりは儲かったとしても大した稼ぎにはならないもの。それより、相手は誰だか知らないけどムカつくあの女を売って金にする方がいいわ。うふふ……」

 

 アリーナは集落での地味な仕事を嫌い、週に何日かはティエリーで娼婦として過ごしていた。

 キリアンがアリーナと関係を持ったのは他の女と同じ程度のことであったが、アリーナは自分が特別なのだと思っている。

 それが、ジュリエットが現れてからというもの自分のキリアンとの未来がめちゃくちゃになったと思い込んでいるのだ。




 翌日、アリーナはティエリーにあるとある宿の一室で従者の主人と会うことになった。

 部屋はアリーナが利用したことがないほどの豪華なもので、調度品も庶民の宿とは全く違っている。


 フカフカのビロード張りのソファーに座って室内を見回していたアリーナは、貴族と庶民の差をまじまじと感じるのであった。

 それによって尚更に元々は貴族であったジュリエットが、キリアンの妻になるために何の不自由もない生活を簡単に捨てたことに苛立つのである。

 いくらキリアンのことを好いていてもアリーナにはそのようなことはできないと分かっているから尚更にジュリエットが憎らしかったのであろう。


「フンっ! こんな生活が当たり前なお嬢様が……馬鹿ね」


 そう言ってアリーナは鼻で笑った。

 まもなく扉が開いて、いかにも貴族といった身なりの肩まで癖のある金髪を伸ばした碧眼へきがんの男ピエールが入ってくる。


「お前がジュリエットの行方を知っていると?」

「そうよ。それで? いくらくれるの?」

「待て。森の集落は隠れ里のようなもので、なかなか見つからないと聞いた。道のりは分かるのか?」


 ピエールは赤毛の娼婦を疑いの目で見つめた。

 従者たちが何日も探して見つからなかった森の集落。

 本当にこんな場末の娼婦が知っているのかはなはだ疑問であった。

 

「集落の場所は教えられない。でも、あの女を呼び出すことなら出来るわよ」

「本当か?」

「ええ。ところで何故あの女を探してるの?」

「元々あの女は私のものだった。元の通りに戻るだけだ。それ以上は聞かない方が身のためだぞ」


 アリーナは茶色のつり目でじっと青い瞳を見つめた。


「分かったわ。もし呼び出すんならそれなりに報酬はいただくわよ」

「いいだろう。二日後の夜にこの街の外れに馬車を停める。そこに連れて来い。傷はつけるなよ」

「報酬は五百万ギルよ。すぐ払える?」


 燃えるような赤毛のアリーナはそれだけでも十分に悪女らしい風体であったが、自分の憎い相手の代わりに金が手に入るという喜びがより醜い表情を作り出していた。


「半分は今払おう。もう半分は成功報酬だ」

「ケチね。まあいいわ」

「話は終わりだ。さっさと出て行け」


 ピエールはプライドの高い貴族であったから、このような下賤の者に少しでも時間を割くのが苦痛であった。


「あら? 遊ばなくていいの? 割と私身体には自信あるけど」

「一刻も早く去れ」


 冷徹な眼差しでアリーナを睨みつけたピエールは、従者に指示してアリーナを部屋の外に放り出した。

 アリーナは眉間に皺を寄せて恐ろしい形相をしながらも金の為かすんなりと引き下がった。


「下賤の者め。私に相応しいのはジュリエット嬢のような高貴な血筋の美しい者だけだ」


 もうすぐ手に入る玩具に喜びの気持ちを抑えきれない様子のピエールは、恍惚とした表情で備え付けの酒を煽った。


 


 

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