第42話 三ヶ月ぶりのジョブスさんはお元気そうでした


 いつも同じ時間に目が覚めたジュリエットは、隣で寝息をたてるキリアンに驚いたが、元々その顔の造形ぞうけいが好みであった為に時間も忘れてじっくりと眺めていた。


 伏せられた長いまつ毛も、サラリと顔にかかる漆黒の髪も、すうっと通った鼻筋に男らしく面長の輪郭もジュリエットの好みで本当に美しいと、頬を染めながら見つめていればそのうちまつ毛が揺れて漆黒の瞳がのぞいた。


「……何見てんだ?」

「キリアン様があまりに素敵なので、目に焼き付けておりました。結局一緒に眠ってくださったのですね」


 ジュリエットが花が綻ぶように美しく笑えば、キリアンはぶっきらぼうに応えた。


「たまたまだよ。疲れて眠っちまっただけだ」


 それでもジュリエットは優しげな微笑みを消さない。


「ありがとうございます。さあ、朝食の準備をいたしますわね」


 寝台から起き上がったジュリエットは着替えようとしてハタと手を止めた。


「キリアン様、私着替えを致しますけれどご覧になられます? それとも起きられますか? 私としてはどちらでも宜しいのですが」

「……起きる」


 キリアンはのそのそと起き上がり、あくびを噛み殺しながらジュリエットの部屋から出て行くのであった。


 そして、もう日課となっている二人での朝食のあとジュリエットは井戸端でトカゲのスチュアートに声を掛ける。


「今日は久しぶりに実家の家族と会えるのよ。あなたには家族はいるの?」


 スチュアートは目をクルクルと動かして首を傾げただけであったが、ジュリエットはフフッと頷いた。

 それじゃあまたねと言ってからジュリエットはスチュアートに手を振った。




「お嬢! 準備できたー?」


 玄関扉の前でジャンが声をかける。


「はーい。すぐに行けますわ」

「おい、忘れ物はないんだろうな?」

「えーっと……。無いですわ」


 ガチャリと木の扉を押せば、ジャンが片手を上げて挨拶をする。

 外は明るく晴れているから、今日は街に出掛けるにはうってつけだった。


「それではキリアン様、行って参りますわね。用事が済めばすぐに帰ります」

「ああ、別に急がなくていいぞ。何なら実家で暫く過ごしたっていいんだからな」

「嫌です。そんなに長くキリアン様と離れたくありません! それに、私はもうこの集落の人間ですから。余程のことがない限り実家に帰ることはしないと決めていたのです。今回は特別なのですわ」


 ジャンはこの夫婦の温度差のある会話を生暖かく見守っている。


「……そうか、まあ気をつけてな」


 キリアンはそこまでジュリエットが考えていたとは夢にも思わず少し驚いた。


「それではキリアン様、今度こそ本当に行って参ります」

「ああ、またな」


 ジュリエットは、初めてティエリーの街で会った時に比べれば随分と町娘の服装が板についている。

 緩く編み込んで結われた髪型も、今では時間がかからずに出来る様になったのだ。


「じゃ、キリアン行ってくるなー!」

「ああ、頼んだぞ」


 そしてジュリエットとジャンはまたあの深い森を歩いて進み、ジョブスの小屋を目指す。


 集落を一歩出れば木々は鬱蒼うっそうと生い茂り、腰の高さの低木や草が生えた道なき道を進みながらジャンはジュリエットの変貌に驚くのであった。


「お嬢、最初の時も弱音吐かずにすごいなあと思ったけど。もう立派に集落の人間並に歩けるね」

「当然ですわ。私はもう集落の女性方と一緒に家具も作れますし、料理もできるようになったのです」

「ほんと、すごいよ。お嬢は」


 ジャンを先頭に縦に並んで歩いていたが、そう言ってくるりとジャンは顔だけ振り向いた。


「それでも……キリアン様は私のことを愛してはくれませんわ……」


 珍しくポツリと呟くように吐いたジュリエットの言葉に、ジャンは何か言おうとしてはやめた。


「もうすぐジョブスさんのところに着きますか?」

「ああ、そうだね。もうすぐだ」


 ガサガサと草木を踏みしめて歩き続けた二人は、集落の入り口を守るジョブスの小屋へと足を進めた。



「よお、久しぶりだなお嬢さん」

「ご機嫌よう。ジョブスさん」


 ジョブスは相変わらず無愛想ではあったが、ジュリエットに対しての声は柔らかい。

 ジャンなどそっちのけで馬車を整えながらジュリエットへ話しかける。


「そういや、お嬢さんの話はみんなから聞いてるよ。随分と活躍してるみたいだな。たった三ヶ月で集落のほとんどを味方につけちまったんだろ? すげぇな」

「そのように多くの方が味方になってくださっているかどうかは分かりませんが、とにかくお役に立てるよう努力するのみですわ」


 馬車にジュリエットを案内しながら話しかけるジョブスは、最後に右手を上げて微笑んだ。


「世の中お嬢さんみたいな貴族ばかりだったらいいけどな。楽しんで来いよ」


  







 

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