第27話 キリアンたちの願い
クライヴ会長とグロセ伯爵たちの悪事の末に稼いだ金を乗せた荷馬車は、昼間であっても人気の少ない山道を走っていた。
少し離れた後方からはクライヴ会長の乗った馬車がついて来ていたが、まさかこの険しい山道でキリアンたち盗賊に襲われるなど夢にも思わなかっただろう。
「止まれ! 命が惜しいなら荷を置いて逃げやがれ!」
慌てた後方のクライヴ会長と二人の護衛が盗賊たちに声を荒らげた。
「お前ら! 何者だ! こっちは最新式の拳銃を持ってるんだぞ!」
――パーンッ!
威嚇のためか一発の銃声があたりにこだました。
だが、キリアンを筆頭に集落の盗賊たちは皆腕に自信のある者たちばかりで弓矢や剣で一丁の銃と剣を携えた逞しい護衛たちに戦いを挑む。
「くそっ! こっちは銃だぞ! 古典的な弓矢なんかにやられてたまるか!」
クライヴ会長はその大きな腹を揺らしながら馬車の影から銃を放つ。
そのうち銃の弾が切れ、会長は護衛たちに後を任せて乗って来た馬車に立て籠った。
馬車の外では剣を切り結ぶ音や矢が馬車に刺さる音などが入り混じっていたものの、もはや多勢に無勢であった。
二人の護衛たちも腕に覚えのある者たちであったが、統制の取れた賊の集団を前には荷馬車を捨ててクライヴ会長とともに馬車で逃げるのが精一杯であった。
大きな音をたてながらクライヴ会長と護衛を乗せた馬車は逃げ去っていく。
残されたのは荷馬車のみで、その幌のついた荷台には様々な商品で隠すようにして大金が積んであった。
「よっし! じゃ、撤収するぞ! 金はみんなで分担してそれぞれの馬に積み込め!」
「このまま山を抜けて、集落へ帰るよ!」
「「「おおーっ!」」」
残されたのは荷馬車と馬車の
「キリアン、こんだけあれば今までのと合わせて暫くは無理して盗賊稼業しなくても済むね」
「まあそうだな。子どもたちにも学ぶための場所を作ってやれるし、集落の年寄りたちにも今よりはまともな暮らしをさせてやれるだろ」
キリアンとジャン、そして集落の盗賊たちはそれぞれが目立たぬように分かれて森の集落へと帰って行った。
そして集落の中心部にある集会場で金の分配をしたのである。
「今回で、今までの分と合わせれば子どもたちの学ぶ場所を作ってやれる。勉強の本だって買ってやれる。働くことのできない年寄りたちや病人には今よりは安心した暮らしをさせられる。そして残りは今まで通り皆で分配する。いいか?」
キリアンは集会場に集まった二十人の同胞たちを見回しながら声をかける。
「「異議なし!」」
「しばらくはこれで爺様たちも安泰だな」
「子どもたちにも勉強させられる」
口々にホッとした様子の仲間を見て、キリアンとジャンは肩の力を抜いた。
今まで盗賊で手に入れた金は弱者の為に使うためのものである。
賊の仲間の中にはまだ若い少年とも呼べるような者たちもいた。
そのような者には裏の仕事はさせたくはなかったが、必要に駆られれば仕方のないことである。
何よりその者たちが弱者の為に、自分たちが満足に得られなかった教育を子どもたちにと、望んで賊稼業に参加しているのだから。
ジュリエットと婚姻を結んだ時にメノーシェ伯爵からもらった五千万ギルと、今回の仕事で手に入れた大金があれば慎ましくやればこれから先暫くはこの集落での産業や農業だけでも同胞たちはやっていけるだろう。
元々貴族のように、裕福な商人のように贅沢な暮らしをしている者などこの集落にはいないのだから。
「それじゃ、皆今までご苦労だった。俺は根っからの盗賊だった爺さんや親父とは違う。盗賊稼業を無理に続ける必要がないように考えていく。子どもたちの学ぶ場については後日集落の者を集めて話し合おう。」
「「おおーッ!!」」
昔は盗賊や訳ありの犯罪者、亡命者が多かったこの集落にもここで生まれて林業だけに携わる世代も多くなって来ている。
キリアンは新しい世代の子どもたちには、後ろ暗い道ではなく明るい道を歩いて欲しいと願っていた。
時代も変わり盗賊稼業などそう上手くいくものでもなくなってきたのだ。
取り締まる方の武器は強力になり、捕まるリスクが高まった。
道も整備されて見通しがよく、貿易の盛んになった街道は物を運ぶ者たちも多く行き交い盗賊からすれば
つまり、盗賊稼業はそろそろ辞めどきなのだ。
「キリアン、お疲れ様。もうすぐお嬢を工房に迎えに行くんだろ?」
「あ、ああ。そうだったな。」
「あとは俺が今度の集会で話すことをまとめておくからさ。行って来い!」
細目のジャンはより一層目を細めながら、キリアンに向けて親指をグッと立てて口の端を持ち上げた。
「……お前、それ見えてんのか?」
「失礼だな! 見えてるよ!」
「くくっ……。悪りぃ悪りぃ。冗談だよ。じゃ、ちょっくらお嬢さんのお迎えに行ってくることにするわ!」
冗談を交わしながらもお互い緊張感からの疲労感は抜けない。
だが、もうそれも終わり。
キリアンはこれからの集落の未来を思えば足取りが軽くなるのであった、
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