第7話 持参金は豪邸が建つほどお渡しいたします
落ち着いた雰囲気ながら豪華な造りの伯爵邸のサロンではジュリエットとキリアン、そして伯爵の三人で話をすることになった。
「はじめに、このような事に巻き込んでしまいご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げる」
再び真摯に頭を下げた伯爵に対し、キリアンの冷めた視線は変わらない。
「それで? どうするつもりなんだ? 俺は帰してくれるのか? 呪いのことは気の毒だと思うが俺には関係のない話だろう」
平民であるキリアンは、倍以上歳の離れた伯爵にも怖じることなく鋭く冷静に話を促した。
「人魚の呪いの事はご存知なのか。それならば……大変申し上げにくいのだが、どうかジュリエットと婚姻をを結んではくださらんか?」
詫びたものの結局そうすることしか呪いを解く方法はないのだ。
伯爵はひどく申し訳なさそうにキリアンの顔色を伺っている。
「キリアン様、私からもお願い申し上げますわ。私、一目で貴方の事をお慕いしてしまったのです。私にできる事ならば何でも致しますから、どうか私を伴侶にしていただけませんか?」
生粋の貴族にも拘らず、平民に向けて平身低頭する二人にキリアンはその黒髪をガシガシと掻いた。
「俺はお前らと違ってただの平民で、こんなデカい家も無い。例え呪いを解く為に婚姻を結んでもお嬢様の望む贅沢な生活なんかできねえぞ。それに、俺は別にあんたのこと何とも思っていないからな。そんな俺に気に入った女が出来たとしても口出しするなよ。箱入りお嬢様にそんな生活耐えられるのか?」
自嘲の笑みを辛辣な言葉に乗せてキリアンが答えた。
「それでもキリアン様が私を伴侶にしてくださるならば構いません。どうせ呪いで朽ち果てる身ですもの。できる事があるならば、何でもいたしますわ」
「はっ! 本気かよ!」
キリアンは一時も悩むことなくはっきりと言い切ったジュリエットに対し、呆れるように息を吐いた。
「私は本気ですわ。貴方が命ずることでしたら何でもいたしますし、庶民の生活だって馴染めるように努力いたします。お願いします。私を貴方のお側に置いてくださいませ」
可憐な見た目とは裏腹に、頑固でしつこいジュリエットに呆れた様子でキリアンは首を横に振った。
「……馬車では礼をすると言ったが、俺にとっての利は?」
少しばかり譲歩を見せたキリアンに、この機を逃すまいとする伯爵はすぐさま声を上げた。
「持参金は言い値を払わさせて頂く。ジュリエットはこのように言い出せば執念深い娘なのでね。了承するまでずっとキリアン殿に付き纏うだろう」
「……そうだろうな。それなら俺も好きにさせてもらう。持参金は五千万ギルだ。それと、さっき言ったように例え婚姻を結んでも、俺からの愛情だとかそんな馬鹿げたものは絶対に期待するなよ」
五千万ギルといえば貴族の豪邸が建つほどの金額であったが、幸い裕福なメノーシェ伯爵家は持参金としてそれくらいは支払う能力があった。
「承知した。キリアン殿には心から感謝する」
「キリアン様、ありがとう存じますわ。早速近日中に婚姻の手続きをいたしましょうね」
ホッと肩の力を抜いて心底喜ぶ伯爵と、美しく紫目を煌めかせて喜ぶジュリエットを前に、当のキリアンはまるで信じられないといった様子で二人に目を向けて呟いた。
「貴族ってやつは皆こんなにおかしな奴らなのか……」
話が決まれば早速サロンに伯爵夫人と弟マルセルが呼ばれ、ジュリエットは伴侶となるキリアンを紹介したのだった。
「お母様、マルセル、こちらが此度私と婚姻をむすんでいただけるキリアン様。とても素敵な方でしょう。私が商人に足元を見られてしまって騙されそうになったところを王子様のように颯爽と現れて助けてくださったのよ」
「その気まぐれが俺の運の尽きだったな……」
話の途中で憮然としてそっぽを向くキリアンに、伯爵夫人とマルセルはニコニコと人の良い笑顔を向けて挨拶を行った。
「本当に見目がジュリエットの好みど真ん中ですこと。キリアン様、どうかうちの娘をよろしくお願いいたしますわね」
「義兄上、僕はマルセルと言います。姉上は変わった人ではありますが、素直で可愛らしい方です。どうかよろしくお願いします」
そんな二人に声を掛けられ、チラリと視線を向けたキリアンは渋々といった感じで返事をした。
「チッ……何が義兄上だ。お前ら全員変わってるよ。こんな平民に大事な娘をやろうってんだからな。言っておくが、持参金は俺の好きに使わせて貰う。その金でお嬢様の贅沢な生活は望めないぞ」
「構いません。ジュリエットが貴方といることが幸せならば私たち家族はそれが一番なのですから」
凛とした声音で伯爵夫人がそう言えば、それを聞いた伯爵もジュリエットもマルセルもそれはそれは大きく頷いた。
「はぁー……。仕方ねえな。ま、俺もそんだけ金があれば助かるし。割りのいい仕事と思ってやるしかないな」
ジュリエットは終始キリアンのことを熱い視線で見つめていたし、伯爵もこの男の気が変わらぬうちにさっさと婚姻を結ばせようと、たちまち三日後に婚姻の手続きをすることに決めた。
それまでにジュリエットの支度を整えて、式は庶民のものと同じ規模の慎ましいものを婚姻当日に家族だけで挙げることにした。
「キリアン様、必ず三日後に迎えに来てくださいませね。お待ちしております」
「ああ。もう渡りかけた橋だしな、俺だって今更逃げたりしねえよ」
このようにジュリエットにとってもキリアンにとっても、そしてメノーシェ家の人々にとっても大波乱の一日は終わりを迎えた。
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