第151話 兄・キリルの婚約話



 カロリーナは、エンジ伯爵家の一人娘でケントは最終学年時に同じ『生徒会』のメンバーだった令嬢だ。

 

 もしかしたらその時からの仲だったのかもしれないし、ケントとキリルは卒業後も交流を持っているようだから何か相談をされていたのかもしれない。

 どちらにしても、セシリアも2年前から二人の関係性には少なからず気付くところもあったのだが、敢えて口にはせずに見守ってきたという部分もある。

 本当に「やっと」という言葉が似合うくらいには、正式な関係になるのを待っていたという印象だ。


「いやまぁキリルもバランスを気にしていたようだしね」


 彼の言葉にセシリアは思わず苦笑する。



 何においてもまずは『領地の為・領民の為』と教えられるオルトガン伯爵家は、良くバランスを取る様な言動をする。

 それは伯爵家が国を二分する政治派閥『革新派』と『保守派』のどちらにも属しない中立を貫いているからだ。


 情報を得るためにはどちらにも接触が必要だが、どちらか一方に傾くと無駄な勘繰りをされ政治闘争に巻き込まれる。

 そういう面倒を事前回避する為に、常にバランスを気にする……というのは、最早伯爵家の一種の癖のようなものだ。

 そしてそれは婚姻においても適用される。


「キリルお兄様は優しいですからね、十中八九自分が先に決めてしまうと妹たちの選択肢を狭める事になるのではないかと気にしたのでしょうけれど」


 年齢的に最後に選ぶことになるセシリアとしては、先の二人が幸せな結婚が出来ればいいと思っている。


 確かに可能ならばバランスは取るべきだろう。

 が、必ずしも婚姻で取る必要はない。

 社交で幾らでもやり様はあるし、婚姻先の派閥が偏って何か圧力を掛けられたとしても、それを跳ねのけるだけの気概も実力も、セシリアだけじゃない。

 兄のキリルには姉のマリーシアにもあると信じて疑わない。


 そもそも社交における伯爵家の家訓がアレなのだから、キリルは少し優し過ぎるのだ。


「幸いにも我が家は『自分の主義主張に合わない事を強要されそうになったらやり返して構わん』と当主から言われていますから、我慢などする気は無いのですけれどね」

「強いなぁー、セシリア嬢は」

「キリルお兄様の妹ですから」


 冗談交じりに言われたので胸を張っておどけて見せると、彼はクツクツと笑う。


「妹なら、キリルみたいに争い事は好まないのが正しい形なんじゃないの?」

「お兄様が優し過ぎるから、妹としてバランスを取っているのです」

「あぁなるほど」

「それに、私は何も争い事を好んでいる訳ではありません」

「えー? それはあまり信ぴょう性が無いけどなぁ」


 「事実がそれを証明している」と言われ、少し記憶をさかのぼる。

 今年あった事といえば、大きいところでアンジェリーの件や友人・テレーサのメイドへの件、フリーマーケットでもそれなりの立ち回りをしてはいる。

 確かに事実だけ見ると、ちょっと言い訳のし様がない。

 が。


「……いつだって相手側が手を出してくるから、あくまでも対処しているだけですよ」


 ツンと口を尖らせていじけて見せれば、ケントは楽し気に笑う。


 彼には弟ばかりだからセシリアの事を妹のように思っている節が若干あって、たまにこうして揶揄ってくるのだ。

 いじけて見せればそこでやめてくれるので、これは一種の『じゃれ合い終了』の合図のようなものでもある。


「ケント様って意外といじめっ子ですよね……」

「よく言うよ、こんな善良な人間を捕まえておいて」

「それこそよく言いますよ」


 ジト目でそう言った後、セシリアとケントはどちらともなくプッと吹き出した。

 軽く別れのあいさつを交わし「ノルマは終わったしあとはどうしようかな」と思った時、ちょうどファンファーレが鳴り始める。

 王族が入場する時間だ。


 国王陛下と王妃様、先王陛下と妃殿下、第一王子に続いてアリティーが入場してくる。


 下の方でくくった銀髪のしっぽがふわりと揺れる颯爽さで入城してきた彼は、甘いマスクも相まってひどく王子然として見える。

 いやまぁ実際に王子ではあるのだが、温厚そうな瞳の裏に別の本性があると知っているだけに、特にこうして悠然と着飾っている時の彼を見るとうさん臭く思ってしまう。


 思わずジト目になっていると、階下を見下ろした彼と目が合ってしまった。

 何かを期待したかのような眼差しに、セシリアはスッと視線を逸らす。


 

 確かに結果的に『革新派』を利する結果になるのかもしれないが、今年の社交の立ち回りは、何も貴方の見世物になるためにやる訳ではない。


 ――まぁそんな話をしたところで、彼には全く効果なんて無いんだろうなぁ。


 ちょっと遠い目になりながら、セシリアは王族が王座に着くのを眺めた。



 

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