第137話 ゼルゼンの小立ち回り
ゼルゼンとスイッチするように位置取りを変えたユンが初撃を剣で受けた。
先程は微塵も見せなかった険しい表情を覗かせる。
力づくで攻撃を跳ねのけたユンは、リッツの時には振るわなかった剣を躊躇なく大きく振り下ろした。
憩いの場に、鮮血が舞う。
本当はユンもこの場を血で染めたくはなかっただろう。
だからこそ、彼は最初そうならない方法でリッツを半ば無力化したのだ。
つまりそれが出来ない今は、相対している相手がそれなり以上の腕を持っているという事になる。
一体どこの誰なのか。
リッツの手先にしては少し出てくる時期が遅すぎる。
ならばおそらく他の手の物なのだろうが、一体どこの子飼いなのかを絞り込むには流石に情報が少なすぎる。
立て続けに入る三人の剣戟を、セシリアに届く前にすべて往なし、二人目を切り下ろした。
深い集中に置かれたユンの横顔はひどく真面目で、その剣捌きは思いの外静かだ。
『動きが限りなく最小限』と言えば、少しは分かりやすいだろうか。
足が全くバタつかない、無駄な予備動作が無い。
そんな洗練された剣戟が、彼には備わっている。
その様を思わず「綺麗だな」と思ってしまうのは、少し不謹慎だろうか。
しかしセシリアも、本当に危険な状況でユンに守られたのはこれが初めてだ。
おそらくこれが、彼の本気を見た初めてだ。
その動きの美しさに思わず見惚れてしまったのは、彼への敬意の現れ以外の何物でもない。
が、次の瞬間。
混乱する場の空気の中で、後ろでジャリと音がした。
思わず振り返ると、そこにはさっき倒したリッツがフラリと立ち上がっていた。
手には何も持っていない。
先程リッツが持っていたナイフは、ユンによって吹っ飛ばされた後周りを固めていた『警備計画・指揮管理』セクションの一人によって既に回収されている。
にも拘らず、彼は諦めていなかった。
地面の土を握り込み、こちらに向けて投げるようなアクションを取る。
しかしそれを予期したゼルゼンが、ほんの一瞬早かった。
降り上げられかけた拳を、ゼルゼンがパシッと下に払う。
その腕を本来ならば決して曲がらない方向へと捻り上げて、
背中越しに、リッツを完全制圧し抑え込んだ形である。
流れるようなその身のこなしに思わずセシリアが目をぱちくりとしていると、「ふぅ」と息を吐いたゼルゼンが平然とこう言ってのけた。
「執事たるもの、主人の身の安全を守るもの仕事の一つですからね。まぁ流石にユンの様にはいきませんが」
彼は驕るでもなくただ淡々と、素人一人を相手にしたから出来た事だと言い切った。
見栄の無い、ただ事実だけを示す何とも彼らしい言葉だ。
「流石はマルクの直属の弟子ね」
「師匠には到底及びませんが」
オルトガン伯爵家の筆頭執事でありセシリアが知る限りで最も完璧に近い執事の名をあげて見せると、ゼルゼンの苦笑が返って来た。
本当ならば、戦闘行為まで出来る執事など数少ない。
それでもどうやらゼルゼンは、今の自分を「まだまだだ」と思っているようだ。
その飽くなき向上心にまた彼らしさを感じつつ、セシリアは視線を今も力を尽くしているもう一人の従者の方へとやる。
ユンは、残った二人に少々手こずっているようだった。
もしかしたら両方とも今までのヤツラと比べて一層の手練れだったのかもしれない。
両者の斬撃に防戦一方になりながらも、剣筋を見極めているという感じだ。
だから二人を早く処理できなかった事は、ユンの落ち度などでは無い。
ユンはちゃんと『主を守る』という護衛騎士の本分を全うしていた。
主に危害を与えずに敵を無力化するためにこそ、彼はあえて敵を見極めるために時間を使っていた。
ユンだけではない。
客に危害が加わらないように周りの『警備計画・指揮管理』セクションの生徒たちは気を張っていたし、ロンともう一人は用心棒の男を必死に取り押さえていた。
ただ、いくら誰もが全力で各々の本分を全うしても、生徒である以上完ぺきではない。
技術・腕力・精神力。
それらがまだ十全に備わっていないからこそ、彼らは学校に通うのであり、予期せぬ黒づくめ達の乱入者たちによって場が乱されていた事も、おそらく一因だったのだろう。
ロン達の持久力が尽きて用心棒を押さえられなくなったところで、一人の男が敵側の余剰戦力となった。
楽し気に笑った用心棒はおそらく、本来の『主が欲しがっている商品を力づくにでも奪い取る』という方針から、『この場をどうにかする』というものに己の本分の置きどころを変えていたのだろうと思う。
どうすればこの場を最も引っ掻きまわせるか。
そう考えた彼は、とある場所へと狙いを定めるに至った。
この場で一番守りが固く、混戦していて、切り崩せばどこが一番効果的だろうかと考えた。
そんな場所は一つしかない。
この場フリーマーケットという場における最高権力者であるセシリアを守るための砦、二人を相手に孤軍奮闘している少年に目を付けたのは、敵から見れば至極当たり前の事だったろう。
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