この世界の倫理観
「う……嘘だろ……!?」
燃え盛る青い炎に包まれた現場に、私は言葉を失ってしまう。
まさかこんな惨事を引き起こしてしまうなんて。
そもそも自己防衛とはいえリバイス団の連中を一人残さず消し飛ばしてしまった、私としたことがやり過ぎてしまった……!
『どうしたのデューク?』
こんな状況でもコックピットの中にいるハンナは呑気に声をかける。
さっきまで絶頂してたのに立ち直り早いな。いや、問題はそこじゃないっ。
「どうしたもこうしたもあるか! 私たちは人を殺してしまったんだぞ!? しかも一人や二人じゃない!!」
元は私も自衛隊員、人の命を守るのが役目だ。そんな私が大量殺戮などを……!
苦悩する私をよそに、ハンナはあっけらかんと答えた。
『でもさぁデューク、あいつら世界征服するとか言ってたよね? そんな悪い奴らをまとめてやっつけたんだから、アタシたちむしろヒーローじゃない!?』
「は!?」
思いもよらないハンナの嬉々とした言葉に、私は後頭部をガンッと思い切り殴られたような精神的衝撃を受ける。
「ヒーローって、まさかここではそれが許されるとでもいうのか……?」
『許されるも何も、先に仕掛けてきたのはあっちだよ? アタシたちは反撃しただけ。まーちょっとやりすぎちゃったかもしれないけどっ』
ああ、これがカルチャーショックというかこの世界での常識なのか。
ハンナみたいな若い女の子でさえ他の命を奪うことに抵抗がない、こんな殺伐とした倫理観の中で私は生きていくのだろう。
おや、またしても目の前が砂嵐に……。
「――デューク」
んんっ、耳元で可愛らしい女の子の声が聞こえる。
この声はハンナだ、間違いない。
視界が開けると、そこにはハンナたちが私を囲っているのが見えた。
「ハンナ……それにみんなも……」
「デューク! 良かった……!」
涙ぐんだハンナが私の顔に抱きつくと、それに伴って彼女の豊かな胸の膨らみが顔面に密着する。
ああ、これだけでもエネルギーが充填されていくよ。
どうやら私は今いつものガレージで横たわっているようだが、それにしてはやけにきれいだ。
普段ならもっと工具とかが散らばっていたはずなのだが。
頭を起こすと、カレンが一言。
「ウィルとクワガタくんがここまで運んでくれたのよ」
「あの時は急に倒れたからビックリしましたよ~! あれから一週間も目を覚まさなかったんですよ?」
「キリリリ」
ウィルの言葉が本当であれば、私はあれからずっと機能停止していたというのか。
「そうだったのか!? 心配をかけたな、すまない」
「ううん、仲間が困っていたらお互い様ですよ」
そう言うウィルの微笑みが、殺伐とした
この子は本当に可愛い。男であるのが信じられないくらいである。
機能停止から復活した私は、ハンナからあの後の事を聞かされた。
意図しなかったリバイス団の制圧により、ハンナたちに多大な報酬がもたらされたこと。
それに伴って拠点を既に王都へ移したらしく、後は私がそこへ向かうだけだったという。
どうりでここがすっかり片付いているわけだ。
さらには国の不安要素を未然に摘み取ったとして、私が目覚め次第この国の大統領がいる王都で表彰されることになってしまったという。
いやはや、私が寝ている間にそんな
「えへへ、これでアタシたち本当にヒーローだね!」
「あ、ああ……」
朗らかに笑うハンナをよそに、私の心の中ではまだ疑問がくすぶっている。
自分たちの身を守るため、悪者とはいえ人を大勢殺してしまった私たちがヒーロー?
そんなことが許されるのだろうか、これではまるで戦時中の荒れた倫理観ではないかっ。
「デューク?」
悩んでいたらハンナが私の顔を覗き込んでくる。
ぱっちりとした緑色の瞳が可愛らしい、少なくとも私はこの愛すべき少女は守れたのだ。
「あまり深く考えても仕方がないのかもな……」
郷に入っては郷に従え、とも言うではないか。ひとまずは私とハンナの繋がりが守られたことに安堵すべきなのかも知れない。
「そうそう、わたしたちもいるんだからあんまり気にしないのっ」
そう言って私の鼻面に腕をかけるカレン。
カレンだけではない、ふんっとそっぽ向いてるボギーもにこやかに微笑むウィルも、今ではみんな大事な仲間なんだ。
世界の理などで頭を悩ませるのではなく、今仲間が隣にいることに喜びを感じるべきだろう。
「ありがとう、みんな。おかげで私もふっきれそうだ」
「えへへ、どういたしましてだよ」
そうして私は改めてハンナたちとの絆を強く感じるのであった。
翌日、私たちは早速新しい拠点があるという王都へ移動することにする。
ハンナを頭のコックピットに乗せた私と、ウィルを乗せたクワガタくん、それからボギーとカレンが乗ったジープで王都までの道を行くのだ。
「ときにハンナよ」
『ん、なーに? デューク』
「拠点を移したとは言っていたが、私が復活するまで元のガレージで待っていてくれたのだろう?」
『そうだね。デュークは大きいから、ウィルのクワガタくんでも王都まで輸送するのは難しいって』
「そういうことか。目覚めるまでの間迷惑をかけたな」
『ううん、全っ然! だってデュークを置いていくなんて、アタシにはできないもん!』
ハキハキと言ってのけるハンナに、私は安心感を覚える。
やはりハンナは強くて優しい娘だ、彼女が相棒であって私も心強い。
ジープと並走すること半日、ようやく王都が見えてきた。
入り口まで通じる道は車が並んでいて、大きな人の流れがうかがえる。
「さすがに王都ともなると交通量が多いな」
『この国の中心だもんね。アタシもこの前が行ったの初めてだったんだ~』
車の列に混じって並ぶことしばらく、私たちもようやく王都に入ることができた。
「ここが王都か……!」
街の景観は伝統を色濃く残すロンドンのものによく似ており、中心には巨大な時計塔が見える。
そんな光景に目を見張る私の心を読み取ったのか、ハンナがこんなことを。
『ね、すごいでしょ? デュークもビックリすると思ったんだ~』
「ああ、その通りだよハンナ。ここは確かにすごい場所だ」
それから私たちは新たな拠点があるという場所にたどり着いた。
「ここが新たな拠点か」
そこは前のよりふた回りも大きなガレージが併設された、一軒の家である。
「あの家がハンナたちのすむスペースなのだな?」
「そういうことっ。まずはデュークのおうちに行こっか!」
ハンナに言われるがまま新しいガレージに足を踏み入れると、鉄骨の足場が組まれたきれいな内装が目に飛び込んだ。
これが新しいガレージか。
私が感心していると、いつの間にかクワガタくんから降りたウィルが興奮した様子で説明を始める。
「デュークさんデュークさん、見てくださいよこの足場! これなら大きいデュークさんが立った状態でもメンテナンスが楽にできます! それからそれから――!」
それから私はウィルの話を延々と聞く羽目になったのであった。
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