合流

 ハンナを頭のコックピットに乗せた私は、どこまでも広がる荒野の大地を歩いていた。


 翼を大きく広げた猛禽のような鳥が滑空している静かに澄みわたる空気に、私の身体から生じる節々の稼働音が響く。


 ハンナのハンドル操縦に沿って歩いているわけだが、果たしてどこに向かっているのだろうか。


 そもそも彼女がなんでこんなところに独りでいたのか、疑問は尽きない。

 ここは素直に訊いてみようか。


「時にハンナ」

『なーに、デューク?』

「まず君はこんなところにどうして独りでいたんだい?」


 先程もそうであったが、コックピット内でも問題なく会話ができている。


 どうやらこのコミュニケーション機能はデフォルトで備わっていたようだ。


 そんなことを考えていると、ハンナは意外なことを告げる。


『アタシね、最初は仲間のみんなと仕事で来てたんだ~。ちょうど昨日この辺りの山で土砂崩れが起きたっていうから、依頼で調査に当たってたってわけ』

「そうか」


 そういえば私の目覚めたすぐ近くに崩れた山があった気がするな。


『だけど調査の途中の大雨でまた土砂崩れが起きてさ、それではぐれて困ってたところに動かない大きな機械を見つけたんだあ』

「それが私だったということか」


 私の確認に、ハンナはこくんとうなづいた。


 コックピット内スコープのおかげで内部のハンナの顔がくっきりと見えて、こちらも話しやすい。


 こうしてみるとハンナも可愛らしい顔をしているな。


 パッチリとした緑色の目で程々に整った顔立ち、それから左右の前髪を留めている赤いヘアピンも彼女の快活そうな感じを醸し出している。


 こんな可愛い少女がかつて同級生にいたら、私は恋に落ちていたかもしれない。


『どーしたの? スコープがずいぶんアタシの顔に寄ってるけど』

「おっと、すまないっ」


 いかんいかん。アラサーの男がまだ十代であろう少女に見とれてどうするっ。


 もっとも今の私は恐竜型の機械、たとえ彼女に恋心を抱いたとしてもそれが叶うことはないだろう。


 機械になった今でも性欲が残ってるというのもおかしな話ではあるが……。


 そんなどうでもいいことを頭に、私は今ハンナの操縦のもとでこの荒野を歩き回っている。


 私が元来た方向に戻ってるように思えるが、目覚めた地点のすぐ近くにあった山が目的地だったというからそれもうなづける。


『えーと、この辺りだと思うんだけどな~。――あ、あった!』


 何か見つけたのか。そう訊くまでもなくハンナは私をある方向に向かわせた。


『デューク!』

「あ、ああ」


 ハンナがコックピット内でアクセルを入れたので、私は力強く地面を蹴って走り出す。


『わわっ、揺れる揺れる~!?』

「大丈夫かっ」

『アタシは平気だよっ。それよりも急いで急いで!』

「了解っ」


 二本の脚を繰り出して走ると、程なくして視線の向こうに緑褐色をした大型ジープのようなものが目についた。


 大型といえど私と比べたら半分くらいの大きさしかないが。


『みんな~!』


 呼び声をあげるハンナを乗せて走る私に、ジープの近くで輪になって座っていた少年少女三人が気づいて立ち上がる。


「なっ、あの巨大なモノは何なの!?」

「はわわ、こっちに向かってきます~!」


 驚きの声をあげるスリムで長髪の少女と、口を震わせて慌てふためいた様子の短髪で小柄な少女。


 そんな二人に叱咤激励をするのは、大きな剣を持つツンツンヘアーの少年。


「怯むな二人とも! 何であろうと向かってくる奴はオレたちでぶっつぶしてやる!」

「それもそうね。ハンナが戻ってきてない以上、ここは死守しないと!」

「ぼ、ボクも頑張ります!」


 ちょっと待った、三人ともこちらに敵意剥き出しなのだがっ。


 慌てて立ち止まると、小柄な少女が手榴弾のようなものを投げつけてくる。


「危なっ!?」


 足元で爆ぜる手榴弾に、私はあたふたと足踏みをしてしまう。


「テメーの相手はこのオレだあ!」


 それから怒号をあげながら突っ込んできたのは、大きな剣を振りかざしたツンツンヘアーの少年。


『ちょっと待ってみんな! アタシだよ、ハンナだよ~!!』


 ハンナがコックピットの中から止めようとするも、目の前の三人に彼女の声は届いてないようだ。


「くっ、このっ!!」


 金属でできた私の足首に大きな剣を打ち付ける少年だが、あいにく硬い金属音を立てるばかりで傷一つつけられないでいる。


 だけど少しうっとうしいな。


 ちょっと払いのけるつもりで足を当てると、少年は大きく吹っ飛ばされて地面を転げてしまう。


「ぐあっ!?」


『ちょっとデューク!? ダメだよボギーに攻撃しちゃ~!』

「す、すまないっ。しかし攻撃されて黙っているというのもな……」


 慌てて弁解する私の目に、いつのまにか距離をとった長身の少女がスナイパーライフルを構えているのが映った。

 これは完全に敵視されてる……。


 ふとハンナがこんなことを。


『あれ、まただ。何々、拡声スピーカーを実装しますかって? よく分からないけど実装で!』


 待てハンナ、よく分からないものを即決で実装しても大丈夫なのかっ。


 そんなことを思っていたら、私の口からハンナの声が発せられる。


『みんな待って~~!!』


「この声は、ハンナなのか!?」

「だけどこの機械からですよ、ハンナちゃんの声がしたのは」


『ちょっと待ってね~! えーと……こう、かな?』


 すると私のキャノピーが空気の噴出と共に開き、中からハンナが飛び降りた。


「ハンナ! お前が乗ってたのか!!」

「えへへ、ただいま~」

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