第4話 全然異世界ファンタジーぽくない



「聖女かあ……、それでわたしが、その聖女だって言いたいの?」


「はい。わたくしが見た事実を周知すれば、皆も納得してもらえると思います」


「でも、わたし、別になんの力も持っていないけど。いやまあ、武術ならちょっと自信はあるかな」


 嘘だ。武術についてはそこらの男連中にも負けない自負がある。だけどさっきフォルナにかわされたしなあ。アレ、どうやったんだろう。


「それはわたくしにも計りかねます。ただ、先代聖女様の残されたとされる言葉に……、『聖女を聖女たらしめるは、特別な力でも知でもなく、心である』と」


「そっかー、聖女って哲学だったかあ」


「哲学?」


「ああ、半分冗談だから、半分本気だけど。それより聖女はおいといて、わたしはこの後どうすればいいのかな?」


「そうですわね……」


 フォルナが考え込むのを見てから、部屋を眺めてみた。

 なんというか、異世界感ないんだよなあ。普通に窓とドアがあって、壁紙もカーテンもあるし、テーブルも椅子も、なんならティーカップも全部、普通に地球の古いモノ、しかも高級品って感じだ。


 仮に異世界として、色々確認してみるしかないか。


「ステータスオープン」


 小声で、出来ればフォルナと壁際にいるメイドさん兼、多分護衛さんに聞こえないことを祈りつつ呟いてみた。


 うん、なんも出ない。


『ステータス、レベル、スキル確認、あ、あとついでに称号とかも』


 今度は頭のなかで呟いてみる。


 うん、なんも返事こない。脳内アナウンスもダメかあ。



 実はそう、わたしは異世界転生モノにちょっとした知識があったりするのだ。


 おっちゃん(弟、文雄)は自称動けるアニオタ、ねーちゃん(妹、文音)は、わたしとおっちゃんのハイブリッドという、そういう関係もあり、わたしもお勧めをいくつか嗜んでいたわけだ。



 とりあえずこの段階で、自己完結型チートはムリかな。素直にフォルナに縋ろう。



「とりあえずは、我が家に客人としてしばらく逗留していただけますか。もちろん対価などは必要ありません」


 良いタイミングでフォルナが切り出してくれた。


「それは助かるけど、いいの?」


「ええ、もちろん。聖女様に滞在していただけるなど、我がフィヨルト家、いえ、フィヨルト大公国の誉となりましょう」


「国って、ええ? もしかしてフォルナって王族かなにかなの?」


「王族といいますか、大公家ということになりますね。父様、現フィヨルト大公が統治している国ということになります。ああ、聖女様に気を取られていて、そういった説明が後になってしまっていました。申し訳ありません」


「いやいや、それはいいんだけど、そっかあ、薄々気づいていたけどお姫様だったんだ。口調、直します?」


「とんでもございません! 是非、是非このままでお願いいたします」


 フォルナは慌てたようにまくしたてた。なんか可愛いな。ちなみにメイドさんは不動。ってか、あのメイドさん、ミリ単位ですら揺れていないけど、どんな体幹とバランスしてるのやら。



「とりあえず今日は遅いので、お話はここまでにして、詳細なすり合わせは明日ということでもよろしいでしょうか」


 ちらりと壁の時計らしきものを見て、フォルナが言った。


「もう日付を越えてしまっているようですし」


「ええ? もうそんな時間?」


 確か私がこちらに転移してきたのが、20時くらいだったから、ちょっと時差があるのか、それとも、短い会話ながら時間が経ってしまっていたのか。どのみち、日付越えはこの世界でもあまり常識ではないっていうのは、なんとなく伝わってきた。


「じゃあ申し訳ないけど、そうさせてもらうね。フォルナは明日、時間大丈夫なの?」


「ええもちろんです。聖女様との応対以上の仕事などありえません」


 いい笑顔である。


「では、寝室へご案内させますね。メリッタお願い。ああ後、軽食をフミカ様に」


「畏まりました」


 おう。ここでやっとメイドさんのお名前と声が出てきた。



 ◇◇◇



 こうしてメイドさんの後を歩きながら廊下を見ているわけだけど、ほんと普通に高級だ。つまり、地球との違いがわからん。ほんとに異世界なんだろうか。


 いや、異世界要素あるな。


 ちょっと前を歩いているメイドさん、メリッタさんだ。


 わたしはハイヒールを鳴らしてカツカツ歩いているのに、多分革靴のメリッタさんから足音が聞こえない、衣擦れの音もない。見た目は20台半ばで、ほっそりとしたのメイドさんなのにだ。


 付け加えれば、さっきも確認したように、体幹が全くぶれていない。歩幅も左右で完全に一致しているし、サイドに纏めた髪型を除けば、いやそれすら計算したうえだろうか、完全な左右対称だ。


 なんというか、戦えば絶対強い。


 これはまさか、異世界定番と言われる、戦闘メイドか!?


「なにかございましたか?」


 邪なことを考えていたら、いつのまにかメリッタさんがこちらを振り返っていた。おいおい、いつ振り向いた?


「い、いえ、なにも。えっと、格好良い歩き方だなあって思いまして、はは」


「申し遅れました。私はメリトラータと申します。メリッタとお呼びください」


 メリッタさんは、ほころばせるように微笑んだ。裏表なんて全く感じさせない。


「こちらこそ、フミカ・フサフキです。よろしくお願いします」


「はい」


 メリッタさんの笑みがさらに大きくなう。うーん、わたしを警戒して付けられているかとも思ったけど、どうなんだろう。



 さて、通された寝室は、なんというか普通だった。例によって高級寄りに。だけど異世界感はない。立派なベッドと、立派なクローゼットらしき家具、テーブルに2脚の椅子。いかにもって感じだ。


「お飲み物はワインでよろしいでしょうか?」


「ワインですかぁ、まあ異世界ならワインとエールは定番なのかな」


 微妙なツッコミにメリッタさんがちょっと引いていた。


「ああ、ごめんなさい。いいんです、ワイン飲みたかったんですよ」


「はい。では軽食をお持ちします。少々お待ちください」


 メリッタさんが出ていったのを見届けて、とりあえず椅子に座って、注がれたワインをちょっとだけ飲んでみる。うん、普通にワイングラスだし、普通に白ワインだ。


 ふと気づく。テーブルの真ん中にガラスっぽいお椀状の置物? が置いてある。


「灰皿?」


 まさかなあ、と思いつつ、待つこと5分程度。メリッタさんがトレイをもって戻ってきた。


「お待たせしました。時間もあって、簡単なモノになりますが」


 テーブルに置かれた皿を見て、わたしはさらにツッコミを入れざるを得なかった。これはもう、仕方がない


「サンドイッチかよっ!!」


 荒れるだろうが。


「も、申し訳ありません。お好みではなかったでしょうか」


「いやいやいや、本当ごめんなさい。わたしの内心の問題で、文句じゃないんです。好きです、サンドイッチ」


 わたしは額に手を当て、もう片手をひらひらとさせながら、謝るしかなかった。


 うん、流れ変えよう。そして、もう、動揺してもツッコミやめよう。


「ところでコレってなんですか?」


 テーブルの真ん中に鎮座している灰皿らしきモノの正体を聞いてみた。


「灰皿ですが、聖女様はお煙草を嗜まれるのですか?」


 まんまだった。


「あー、うん、こちらでは女性が煙草吸うのって、どうなんでしょう?」


「多くはありませんが別段、忌避されるものでもありませんが、ニホンでは違うのでしょうか」


「煙草自体が健康によくないって、そういう扱いでして。男女問わず厄介者扱いだったかなあ。わたしは好きだったんですけど、ここ数年は禁煙って感じですね」


 思わぬところで異世界が、って煙草なんだよなあ、ファンタジーじゃないなあ。


「そうなのですか。細巻でよければお持ちしましょうか」


「いや、いいかな……」


 断ろうとして思いなおる。ここは異世界だ。異世界なりの煙草ファンタジーがあるやもしれんし、どうせ煙草が嫌われていないなら、堂々と吸ってやる。


 格闘家としてどうか? どうせ世界最強生物だって煙草吸ってストレッチしてるわけだし、一向に構わん。


「じゃ、お願いします。何度もすみません」


「畏まりました。少々お待ちください」


 とりあえずサンドイッチを齧りながら、あ、ハムとレタスだ、今日ここまでを思い出す。


 えっと、異世界転移してお姫様とプチバトルして、お話を聞いて、寝る。なんだかなあ。


「お待たせいたしました」


 2分も経たないうちにメリッタさんが戻ってきた。高速移動でもしたのかな。わざと異世界要素をわたしに見せないようにしている、訳じゃないんだろうなあ。


 小さな木箱のフタをスライドさせると、紙巻煙草が出てきた。さすがにフィルターは付いてないようだ。ちょっとだけ安心する。理不尽だけど。


「お灯けします」


 細巻を咥えてみたわたしに、メリッタさんが声をかけてきた。


 これは来るか。『着火』とか『ティンダー』とか『プチファイヤ』とか、アレだ。来るか!?


 シュッ!


 マッチを擦ったメリッタさんが、わたしのタバコに火を灯した。


「うむ」


 胸いっぱいに煙を吸い込み、吐き出す。何年振りだろう、久しぶりだ。ああ、タバコの煙だ。普通に。


「どうもありがとうございます。今日はもういいです。明日、そうですね、フォルナに迷惑をかけない頃に起こしてもらえますか?」


「畏まりました。良い夜を」



 とりあえず残ったサンドイッチを口に放り込み、ワインで呑み込んだ。あまりの出来事の連発でお腹は減った気がしなかったけど、腹を満たすことは悪いことじゃない。


 さてはて、どうするか、というところで気づいた。


 ここが異世界だと仮定するならば、そうだ、伝統的な確認方法があった。


 タバコをもみ消してから、窓に近づき、えいやとカーテンを開け放つ。月が大きいとか、月が3個あるとか、定番だろ。わたしは詳しいから知っているのだ。


 空には1個、青白い、普通の月が、綺麗に浮かんでいた。


「月が綺麗ですね……」


 後ろから男性の声が聞こえたわけじゃない。単なる独り言だ。


 流石に星座とかは違って見えるけど、生憎わたしには異世界の星座と地球の南半球の星座の違いもわからない。


 ここでおっちゃん(弟、文雄)とか、ねーちゃん(妹、文音)だったら、『潮汐力がー』とか『日照量がー』とかウンチクが出てくるかもしれないけど、わたしにはわからん。



 椅子に座り、テーブルの上で殻になっていたグラスに手酌でワインを注ぐ、ついでにタバコに火をつけてから、おもむろにワイングラスを揺らしてみせた。


 ハイヒールを履いて、黒のチャイナドレスを着こなし、タバコを咥えて、ワイングラスを持つ。どこの悪の女大幹部だろうか。異世界だけど猫とかいないかな。


 なんかこうこの状況、『中世異世界風どっきりトラベル』とか言われてもおかしくないなって、ふと思って、鼻を鳴らしてしまった。なにをいまさらだ。



 とりあえずだ。フォルナもメリッタさんも悪い人とは思えない。商売柄、強弱と善悪には鼻が利く方だという自負はある。危険はあっても、彼女たちが原因で悪いことにはならないんだろうな、っていうそんな妙な確信が何故かあった。



 だから今日の所は、寝る。



 さて着替えは、とクローゼットを覗けば何もなかった。しかたない、ハイヒールは脱いで、今日はこのまま横になろう。


 問題は、天井のガラス細工っぽい明りだが、これをどうするのかだ。

 松明ではもちろんない。かといってオイルランプって感じでもない。暖かで優し気な明かりはいいのだけど、どうやって消すんだ、これ。


 まさか、電気か!? 壁にスイッチらしきものは見当たらなかった。



 今更メリッタさんを探すのも気が引けたので、わたしはチャイナドレスを纏ったまま、ベッドに入り込んで、そのまま寝ることにした。


 武術家にとって、食事も排泄も休息も、そして睡眠も戦いの内。


 だからわたしは当たり前のように寝た。それはもうぐっすりと。



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