2
「『アステリズム』を『空』から連れ出す、か」
いつもの中庭、昼下がり。
ウッドテーブルに本を広げる九官鳥が、ふうんと相槌を打つ。俺とアルパカは日向に寝転がり、思う存分猫に埋もれている。日差しと猫の体温でぬくもる。
「その『アステリズム』は」
「『星』保有しているものの総称としてる。お前も『アステリズム』だな」
「ついに俺も二つ名が」
むふむふと笑うと、隣のアルパカが「きらくだなあ」とのんびり呟くのが聞こえた。
正確には、総称らしいので、二つ名というより識別名である。
『空』から戻ってきたときに、バディと副隊長に『空』の彼とのやり取りをすべて伝えていた。
彼を『空』から連れ出すつもりだと言うと、アルパカはぎょっとする顔をして、副隊長は至極困惑していたが、九官鳥はなんだか予想通りのような様子であった。
おそらく「また突拍子も無いこと言い出すんだろうな」という意味の予想通りだったかもしれないが。
「寂しそうだから、連れていく、か」
「また甘いこと言いやがって、て思ってそうだな」
「またなど、今更過ぎる。
俺が手段を考えることになるんだろうとは思ってる」
「そこはどうしても相談にはなると思うが。
俺ができることは最大限対応する」
「当然だ」
そう言いながら、考えてくれる方向だったことに内心嬉しい。
「たいちょは」
腹の上にいる猫の背中を撫でながら、アルパカがぽつりと切り出す。
「ひとりでさみしいひとを、ひとりにしたく、ないんだな
【くま】のときも」
そうだった、とアルパカは言う。
俺の拉致に加担した【クマ】を、どうしても俺は連れて帰ると押し通した。
それらの動機の根源を、今の自分は自覚している。
「ひとりはな。
いま、俺はひとりではないから」
頭を傾けてアルパカを見ると、彼もまたころんとこちらを振り向く。
「そうだね」と返すアルパカと俺の間を、ゆっくりと茶トラが横切ったのでよく見えなかったが、彼の声はなんだか嬉しそうな響きをしていた。
「『空』の課題は分かった。
『禁忌』の方は調整できそうなのか」
本に視線を落としたまま、九官鳥が確認する。
俺は下から彼を見上げ、答えた。
「ああ、そっちの方は。
以前から材料は集めていてな。正面切ってぶつかるには足りないが、偵察と機密情報の回収あるいは隠滅なら行動可能にできる」
「十分だ。そもそもそんな派手に動きたくない」
「だろうな、お前は」
『禁忌』の『オブジェクト』が存在する疑惑のある国への潜入。
先の下士官への相談はそれだった。
あの国へ侵攻する目的はもともとあり、これまでずっとそのきっかけとなる物証を集めていたところだった。
あくまでも同盟国。それなりの理由が必要だ。
「『禁忌』が出てきたら、どうにかしないといけないよな」
「まあ、そうだな」
紅茶にはスコーンを用意する、くらいの自然な肯定が返ってきた。
「嬉しそうだな」
ふと、本から顔を上げた九官鳥が、俺を見下ろして嗤っていた。
どうやら嬉しそうな顔をしていたらしい。
「ああ。やっと、約束の手掛かりが掴めそうだしな」
かの国の機密は固く、同盟国でも技術交流は少ない。そのため、これまで探そうにも探せず、手をこまねいていた。
その情報を、今回は大義をもって奪いに行けるのだ。
俺と同じ黒い目、小さな手。
もう一人、約束をした子がいる。
頭上に差し掛かる木陰の光が、きらきらと瞬いていた。
(『星群』のゆるふわではない追憶)
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