第23話 見守る立場
◆鈴木裕一
「手配は済んだのですか……わかりました。では、早急に代わりの者を立てて、事態の収束に取り掛かりなさい。よろしいですね?」
ピッと相手の返事を待たずに電話してを切る。
事務所にあるテレビでは、速報番組が放送されている。
『現総理大臣である瀬田首相が、緊急入院したという情報がたった今入りました。現在、後任となる四名の——』
世間的にはそういうことになっている。
彼には我々に偽りの情報を流し、加納社長を殺害未遂した責任を取ってもらい、退場してもらった。
加納の才覚を妬んだ瀬田は、どさくさに紛れて奴を殺害しようとした。
しかし、実際には調査の結果は白。
加納が意識を取り戻したことを知り、犯人の名を公表される前にと思い先手を取ったのだが——
「あくまで我々と関わるつもりがないのだな、彰」
瀕死の加納を救った第一発見者は、あの日墓場で再会した草薙彰だったようだ。
あれからもう1週間近く経つが、網にかかる様子もなく。
加納に近付くことさえせず、特に主だった動きはない。
『続いて、次のニュースです。FateGate社会長の草薙彰氏が記者会見を開き、今期限りで退任する旨を公表しました』
「なんだと!?」
リアルタイムな名前が聞こえ、テレビにかぶりつく。
『退任する理由は明確に述べていませんが——』
そんなことはあいつの表情を見てればわかる。
今まで見せたことがないくらい、晴れやかな笑みを浮かべている。
もう我々の世界に戻るつもりはないのだろう。
あいつ自身を縛っていた呪縛から解放された、ということだ。
「完全に、出遅れたな」
どうせ加納も退任するだろう。
余計な邪魔をする奴はもういなくなってせいせいする反面、手応えのある相手がいなくなる寂しさも感じる。
だが、一度こちら側についたからには簡単には抜け出せない。
私も所詮一つの歯車に過ぎず、システムにとって都合が悪くなればバグとして排除される。
ピラミッド組織の上にのし上がれば上がるほど、そのシステムの恐ろしさが身にしみて理解するようになる。
上るだけ上りつめても、上には上がいて。
歯車に適さないと判断されれば、すぐになんらかの制裁が入る。
今回のように。
「だが、俺が生きている間は、誠の分までお前の生き様を——選択を見届けてやるよ」
◆加納恭介
私の暗殺未遂事件が起きてから、1ヶ月が過ぎようとしている。
三日間昏睡状態が続いていたが、諦めが悪いのか意識が目覚める。
起きたときに最初に目に止まったのは、次女の凪沙の泣き顔だった。
まさか子どもたちの中で、一番疎遠になっていた子が、今は私の側にいてくれているとは。
その事実は、生きていて良かったと実感させるには十分だった。
意識が戻ったのをきっかけに、早速警察の事情が始まる。
事の真相を正直に話そうかと迷ったが、どうやら世間ではその情報は流れていないらしい。
(ということは、彼はそういう選択をしたのか……)
迷った末に、襲撃者については見知らぬ男の仕業として処理してもらった。
そして、私の命を繋ぎ止めてくれた人物こそ、草薙誠の倅である草薙彰だったと看護師から教えてもらう。
彼の適切な応急処置がなければ、私は今頃あの世だったらしい。
さらに、その応急処置を彼に伝えたのが、なんと娘の凪沙だったというのだ。
なんの縁かわからない。
けれど、あいつを見捨てた罪とあいつが死んでからずっとあがき続けてきたご褒美を、同時にもらった気がした。
しかし、意外だったのは、凪沙から彼の話題を私に振ってくることは一度もない。
おそらく勘付いている。
けれど、話題にもしないのは、まだ私の容態が良くなっていないからだろうと思うことにした。
私の不在で浮き足立っていた会社には、すぐに代役と指示を出しておいた。
VSP絡みの案件については、私が不在であることを理由にプロジェクトは凍結状態になっている。
このままフェードアウトするのもいいと思ったが、それは今すぐではない。
もうすぐ退院の日が迫ってきたとき、凪沙から「会って欲しい人がいる」というお願いがあった。
ついにこの時が来たと思った。
あえて、その人物は誰なのか訊かずに、約束の日である退院日が訪れる。
「お父様、おはようございます」
「……おはよう、凪沙」
約束の時間ピッタリに、凪沙が病室に入ってくる。
娘はこれまでのようなラフな格好ではなく、おめかしもして、声を聞かなければ凪沙とわからない様子だ。
ドックンっと、らしくもなく緊張している自分がいる。
娘の容姿が死んだ妻にそっくりというのもあるが、これからのことを考えた途端これだ。
「お父様、早速ですが紹介したい人がいます」
「ご無沙汰しております、加納社長。本日はご退院おめでとうございます」
スッと病室に入ってきたのは——案の定、草薙彰だった。
彼が差し出してくれた花束を受け取ると、凪沙の隣に自然と並んだ。
「ありがとう、草薙君。君には言葉では表せないくらいの恩がある。是非とも返したいと思っていたのだが……まさか、上の娘たちの縁談を立て続けに断られ、一番ないと思った四女と縁ができるとは」
「はい。他の娘さんたちには失礼ですが、断り続けて良かったです」
彼が凪沙の方を見ながらそう言うと、娘はカァ〜と紅潮して、下を向きモゾモゾしている。
「私は君にはすべて託している。だが、その上であえて私から言わせて欲しい——娘の……凪沙のことをよろしくお願いします」
ベッドから体を起こし、誠意を込めてお辞儀する。
「……加納さん、私は彼女を幸せにすることはしません。私は彼女と幸せであり続けます。改めてこれからよろしくお願いいたします、お義父さん」
今まで、彼は紳士なだけの男だと、ビジネスだけの男だと思っていた。
自分で考えているようで、いつも社会貢献という甘い言葉に惑わされている愚か者だと。
しかし、今の彼から感じるのは凪沙への愛情だけではなく、私への思いやり。
そして、彼自身がここに来るまで考え続けてきて——凪沙と話し合ってきたことが伝わってくる。
そんな彼が、最愛の娘と幸せであり続けることを誓ってくれた。
こんなに嬉しいことはない。
(誠、私はお前を——お前だけを見殺しにしてしまった。その分、私たちの息子を最期の日まで見届けるぞ)
大学時代に知り合ってから、二人でこの国の行く末を案じて、何度も議論した。
時々口論になることもあったが、口論が終われば一緒に食事をして、共に笑い合った。
好敵手と呼ぶのに相応しく、あいつとやり合う時間を今思えば楽しかったのだと思う。
そんな男の倅と、まさか自分の娘とで縁が結ばれるという。まさに、この瞬間に生きて立ち会えたことに幸せを感じ、不覚にもツ〜っと涙が溢れた。
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