第20話 答え合わせ

 ◆草薙彰


「ご無沙汰しております、鈴木さん」


「あぁ……そうだな。VSP検証前に会って以来だから、3週間振りかな」


 声を掛けた時は動揺されていたが、今は落ち着きを取り戻している。


(父と私を間違えたからか、口調が昔に戻っていますね)


 父が生前まだ首相になる前、私がまだ小学生だった頃、よく鈴木さんは草薙家に遊びに来てくれていた。


 鈴木さんは父とは大学時代からの親友で、現在企業家としてとある有名企業を経営している。

 そんな彼に憧れて、先生として慕い、いろいろ教えを乞いていたのを思い出した。


「……もう動いていいのかね?」


 私が参拝を終えるまで待って、声を掛けてきた。


「はい。こちらに戻ってからの3日間は満足に動けませんでしたが、今は完治しています。それよりも、今日はわざわざ父のためにお越しいただきありがとうございます」


「たまたまだよ。ここに来たのはあいつの葬式以来だからな……それよりも、俺に何か話したいことがあるんじゃないのか?」


 図星だった。

 向こうからアクションがあるかと思っていたが……特になかったので、今日直接会いに行こうと思っていたくらいだ。


「……さすが、鈴木さんです。手短にいくつか答え合わせをしたいと考えています。構いませんか?」


「……」


 無言の頷きを了承と受け取り、話し始めることにした。


「単刀直入に、仮想世界における黒幕と、VSPの本当の目的について——それぞれ私なりの推測をお伝えします」


「……いいだろう、話してみなさい」


「ありがとうございます。まず、前者について。私は仮想世界で貴重な体験と、繋がりを得ることができました。その集大成である私たちが創った集落が、あるテスターたちの策略で相手の手に落ちます」


「その話はレポートで報告を受けたが……災難だったな」


「はい……ただ、彼らのアプローチを、に途中で気づきました。それを仕掛けた人物は——あなたです、鈴木代表。いえ、オリジナルのあなたをベースに作ったセイヤさん、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


「よく、彼が——俺がそうだってわかったな。いつからだ?」


 いつの間にか、鈴木さんがセイヤさんとダブって見える。


「わかったのは、本当に最後の方です。<バンピィ>が襲われる直前に入手した情報で、確信したくらいですから」


「だが、鈴木=セイヤだということがわかったとしても、俺はNPCとしてしか参戦していなかった。そんな俺が黒幕なのはおかしくないか?」


「はい。通常NPCというキャラクターは、本来指示された命令に沿ってしか行動しません。けれど、あなたは違った。明らかに私に接触する機会が多かったし、マップにも載っていない非公式エリアでテスターと会っていることが確認されています」


「……」


 この情報は、レイアスさんに依頼して仕入れたものだ。


「最初は、私や凪沙のことをあまりよく思っていない存在——それこそ、ローラさんではないかと疑っておりました。しかし、彼女は私たちの人となりを知りません。にもかかわらず、<バンピィ>に次々とテスターを送り込んでいくやり方は、まるで私たちのことをよく熟知しているようでした」


 そう、<バンピィ>立ち上げ当初は、特に『やりたいことをやる』という想いに賛同してくれる仲間が集まってくれることを、とても喜んでいましたから。


「それなら一番怪しいのは途中で離反したサンドレスじゃないのか?」


「確かに彼のことはずっと疑っていました。明らかに私たちと一緒に過ごす時間を避けていましたから。けれど、彼は策士には向きません、すぐに表情や態度に出てしまいますから。そのこともよく知っている人物が、あえて私たちとの接触を避けさせていたとしたら?」


「……だが、それはすべて憶測だ。証拠は一切ないぞ?」


「はい、決定的な物的証拠はありません。なので、仮に黒幕があなただと判明したところで、何も意味はありません。けれど、最後にすべてがあなたに繋がった瞬間思い出したきっかけは——セイヤさん、あなたと最後に交わした会話でした」



 〜〜〜


「お、アキトじゃないか!? いつの間に来たんだ?」


「つい先ほどです」


「いやぁ〜。最近めっきり来なくなったから、心配してたんだぞ」


「申し訳ございません。早速ですが、セイヤさんにお聞きしたいことが」


「……なんだ?」


「ここ最近、この<はじまりの場所>に訪れる人はいますか?」


「テスターの奴らか。あいつらはお前と同様で最近来なくなったぞ」


 〜〜〜



「……別に何もおかしくないんじゃないのか?」


「はい、おかしいことはありません。ただ、あなたが『いつの間に来たんだ?』という台詞。これは、直前までの私の動向や位置を把握していなければ、できない発言です」


「!?」


 セイヤさんの眉毛がピクッと動く。


「それとこれが決定打です。『テスターの奴らか』という発言。ただのNPCが私たちのことを『テスター』とは呼びません。彼らにはそういった認識はありませんから」


「……なるほどな。当たり前すぎて、そんなヘマをしていたことにも気付かなかったなんて——失態だな」


 天を仰ぎ見るセイヤさんは、悔しさそうに見えるが、どこか嬉しそうにも見える。


「以上のことを踏まえると、あなたはローラさんに操られているふりをしていた。そして、実はあなたがローラさんの思考を巧みに操作して、私たちを貶める計画を裏で操っていた。そう考えれば、VSPの裏の目的も自ずと見えてきます。人間の思考を巧みに操作し、管理・監視する社会の構築。つまり、完全なるディストピアの創造です」


 ディストピアとは、人々が描いている幸せや自由とは正反対の社会。

 希望がなく、徹底管理された社会。


 管理というのは、プライベートがまったく保証されないレベルでの管理になり、思考や思想、行動の自由というのも一切ない。


 現実世界では自然という人間の認知を超えた影響が大きい。

 その点、仮想世界であれば完全に現状を掌握できる。


 だからこそのVSP、バーチャル化社会計画が推進された、とも言える。


「……不穏分子の排除は、時間はかかるが簡単だ。まずは、排除したい対象を1箇所まとめる。その方が監視しやすいからな。そして、ある程度規模が大きくなったところで、集団内で内部分裂を起こさせる。そうすれば、こちらは何も手を下さなくても、漁夫の利を得やすくなる」


「『仮に叛逆してきたら、大義名分を掲げて逆賊を討って、正義を示す』ということでしょうか?」


 これまで世界中の歴史上幾多の場面で、同じようなことが行われてきている。

 日本で言えば、明治維新や第2次世界大戦が典型的な例である。


「……」


「それで、私の推測に採点をいただけますでしょうか?」


「ふぅ、もちろんどちらも満点だよ。それよりもだ、俺にも教えて欲しいことがあるんだが?」


「<バンピィ>の最後の出来事でしょうか?」


「そうだ。あの時、確かにお前や他の奴らはシグナルロストしていた……けれど、なぜかお前たちは最後まで生き残っていた」


「それは——」



 〜〜〜


「作戦の成否の鍵は、ゲイルさんの発明品にかかっています」


「「「???」」」


 そう告げたとき、皆はよくわからない顔をしていた。


「作戦はこうです。以前ゲイルさんが発明した『機械をハイジャックする装置』で無慈悲なる番犬ピットブルのうち一体を気づかれないように捕獲します。そして、彼らの特性を暴き、機械ならではの弱点である忠実性を突きます」


 そして、見つかった弱点は——


「敵意がある敵や、逃げるものを追う特性?」


「はい、そうです。つまり、対峙しようとしても、逃げようとしても殲滅するまで徹底的に追いかけてくる。まさに、殺戮部隊ってわけです」


「暁斗、そんなの相手にどう対処するの? さすがのあたしも、何十体も同時に空いてできないわよ?」


「もちろんそんな危険な真似はしません。命乞いは機械相手に通用しない。かといって、戦って逃げ切ることも困難。だったらどうするか? 答えは簡単——戦わなければいいんです」


 あ、また皆フリーズしてしまいましたね。


「要するに、具体的には敵意などの意識を向けられると、自動的に反応する機能を逆手に取る。つまり——」



 〜〜〜


無慈悲なる番犬ピットブル自体を無視して、素通りしてきたってわけか……かなりの賭けだな」


「いいえ。いざとなれば、『機械をハイジャックする装置』を使えば、その場をやり過ごすことは簡単ですから」


「なるほどな。だが、それを使えば、雲隠れはできなくなるってことか」


「そうです。ただ、相手が機械であるなら、勝算は十分にありましたから」


 もちろん失敗する可能性はあった。

 だけど、皆が私のことを信じてくれたおかげで、無慈悲なる番犬ピットブルをやり過ごすことができたのだ。


 もちろん目の前の対象に対して、完璧に意識を向けないことは人間には不可能だ。

 だから、<無心ムシン>という技術スキルは使ってはいる。


「じゃあ、シグナルロストした件はどうなんだ? それも何らかの装置を使ったのか?」


「はい、時計に対して『電波無力化装置』を使いました」


 聞かれたことを正直に答えたはずなのに、セイヤさんは溜息を吐いた。

 仮想世界で何度も見た光景で、なんかとても嬉しい。


『電波無効化装置』も、ゲイルさんが鉱物を使って一から開発したもの。

 技術スキルを使っても、時計はまったく<解析カイセキ>はできなかった。


「ったくよ〜。お前はいつも想定外のことしか起こさないな、よ」


「それほどでもないです」


 今回の件は、当然自分の一人だけの力では成し遂げることはできなかったことは間違いない。

 凪沙や他の皆のおかげで最後まで生き残り、最後のその瞬間まで楽しくも、ご機嫌な日常を過ごすことができたのだから。



「そっか——やはり、お前を参加させるんじゃなかったよ、


「私はのおかげで、これから大事にしたいことが見つかりました。ありがとうございます」


 仮想世界でのやりとりが、今度はまだ父が生きていた頃の鈴木さんとのやりとりに一瞬だけ変わった——が、すぐさま鈴木さんはスッと表情を元に戻す。


「一つだけ、お前に忠告しておく。この世界では、仮想世界の時のように甘くはないぞ?」


「存じています。ではきっと難しいでしょう。だからこそ、私はもうあなた方の思惑に乗るつもりはありません。もちろん、反抗するつもりもありませんよ? 関心があることには力が宿りますから」


 脅しに対しても屈しない。

 かといって、敵対もしない。

 それでは、いつまで経っても相手の想定内だから。


 しばらく互いを見つめ合いながら、沈黙が続く。

 すると、先に鈴木さんの方が折れて、私に背を向ける。

 その背中は、私に対する決別の意志のような感じさせる男の背中だった。


「……一つ、今のお前に必要な情報を教えよう。今頃、加納社長は粛清されているはずだ。我々の計画をとしてな」


「(まさか、凪沙も!?)」


 凪沙の笑顔が脳裏によぎる。

 次の瞬間には、私は日本産業社の本社に向けて駆け出していたのであった。



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