第5話 あなたは何を置き去りにしている?
凪沙と生活し始めて、二週間が過ぎた。
懸念していたような問題は特に起きていない。
お互い仕事がないから、まずは街の中をブラブラ散策しようという話になった。
何かをするわけではなく、ただマップを見ながら各エリアを回る。
ただそれだけのはずなのに、無性に彼女と一緒にいる時間は楽しい。
気を遣う関係ではないから?
それもあるかもしれないけれど、凪沙はそう——いつでもとても自然体なのだ。
だから、こちらが彼女に気を遣う必要がなく、沈黙の時間ですら居心地が良い。
現実世界では得られなかった貴重な体験を、早速得られたわけである。
さらに二週間後——
今日は新しい情報がないかどうか確認するため、<はじまりの場所>に一人で来ている。
なぜ一人なのかというと、凪沙が「今日は一人でいたい」って言ってきたから。
別に断る理由もなかったので、こうやって自分も一人で自由行動している。
「ふぅ〜、どうしたものかな」
「どうした、暁斗? 溜息なんてついて」
しばらく椅子に座って考え事をしていたら、後ろから声を掛けられた。
「……なんだ、セイヤさんですか」
「なんだはないだろう! 浮かない顔をしている青年、何か悩み事か?」
テンション高く気さくな感じで話しかけてくれたのは、NPCのセイヤさん。
背が高くて頼りがいのある兄ちゃんという印象がある。
テスターのお助けキャラ的な位置付けのようで、こちらから話しかけなくてもこうやって自主的に声をかけてきてくれる。
以前も凪沙と一緒に訪れた際に、ネットゲーム初心者であることを伝えたら、やたら親切に接してくれるようになった。
「それがですね——」
*
「なるほど……あの美少女との距離感に悩んでいるんだな?」
「えぇ、仰る通りです」
先日までは居心地が良い感じがしたのに、二週間を過ぎたあたりから妙にお互い気を遣うようになってしまっている。
(何か出来事があってそうなったのなら、解決策も考えられるのですが)
けれど、特に言い争いや喧嘩があったわけではないため、八方塞がりな状況が続いているわけである。
「そうだなぁ。話を聴く限りでは、お互いの距離感が急速に縮まったのが原因だと俺は思うぞ。信頼度は確認してみたのか?」
「いえ……ちょっと彼女との約束で『信頼度は最後までお互い確認しないでおこう』って」
これについては、出会ったその日に凪沙から提案があったことだ。
相手への信頼度が数値として可視化されるのは、彼女との距離感を図る上で重要な指標となりえる。
けれども、彼女のある一言をきいて、彼女の提案を受け入れることに決めたのである。
「そうなのか? まぁ……それならそれで構わないが。要するに、相手のことが気に入り出したから、『相手に嫌われたくない』とか『相手のことを優先しよう』っていう意識がお互い高まってしまったんじゃないのか? だから——」
「逆に変に絡み合ってしまって、ギクシャクしてしまった……なるほど。いつも相談に乗っていただきありがとうございます」
そのように考えてみれば、今朝の出来事も辻褄が合いますね。
個人同士でのやり取りでは、相性以外の要因も大きく関係性に関与する。
相手を思いやるがゆえに、自分を蔑ろにしてしまうことが、人間関係に歪みを生じさせる。
その事実を、まさかNPCと呼ばれる存在から教わるとは……。
立場が低いからどうとか、高いからどうとか。
これまでの自分は常にそういったことを意識してきたけれど、あくまで状況の一つでしかないのかもしれない。
「暁斗は本当に理解が早いな。じゃあこれからどうするんだ?」
「今一度彼女の想いを確認してみます。その際に、私の想いも伝えてみるつもりです」
「あぁ、そいつは良いな。てめえの気持ち、大事にしろよ」
セイヤさんは私の胸を握り拳でドンドンと叩いて、ニカっと笑う。
地味に痛いけれど、有り難くその気持ちを頂くことにした。
*
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、暁斗」
家に戻ってみると、凪沙は外着を羽織っていた。
「凪沙も出かけてたの?」
「うん……ちょっとね」
歯切れが悪いが、今朝出かける前の時のような悩んでいる様子はなかった。
「今から少し話できますか?」
「もちろんいいよ。実はあたしも暁斗に相談したいことができたの」
どこか決意した表情を見せた凪沙に、私は精一杯の微笑みを向けた。
「私から先にいいですか?」
リビングにあるゆったりとしたソファーに二人とも座ったところで、改めて話を切り出す。
「……もちろんいいわよ」
「君といる時間はとても充実していて楽しい。私にとって、かけがえのない時間です。しかし、私がこの世界に来てやりたいと思ったことが、いまだにやれていないのも事実。君もそうだろう?」
「……そうね」
凪沙は感情を乱すことなく、受け答えてくれた。
「だから——悔いのない三年間にするために、まずは一年間お互いやりたいことに注力しよう! 自分がこの世界で何ができるのか色々試してみたいし、凪沙がやりたいことも見てみたい! どうかな?」
「……」
セイヤさんと話して感じたこと、思ったことのありったけを伝えてみた。
しかし、彼女は驚いた表情のまま、沈黙している。
どのくらい時間が経ったのか——さすがに沈黙が耐えきれなくなったところで、ようやく凪沙の表情が元に戻っていった。
「不思議なことって起こるのね、暁斗。実はね、あたしも暁斗と同じこと考えてた。あなたとの時間は楽しいけれど、『このままじゃあいけない』って。互いに気を遣い合うだけで終わってしまうんじゃないかって」
「凪沙……」
「だからね、暁斗。あたしはやっぱり
「勉強なら私に任せてください。相手が理解できるように噛み砕いて伝えることは得意なので」
そうです。
会社で四六時中誰にでも理解できる報告書作りに、誰よりも専念してきたんですから。
「それは心強いわ。それで、暁斗は?」
「私も以前伝えたように、
「表現することであれば、きっと私は役に立てると思うわ。これでも茶道や華道、他にもいろんな道を嗜んできたんだから」
「お互い様、ですね」
「えぇ。さてと、これからあたしは
「い、って言い切る前に行ってしまいましたね。凪沙の行動力は流石の一言。きっと私が——いや、誰がなんて言おうと、常に自分の道を歩くって決めているんだ」
私が興味を抱いた彼女の一端を垣間見た気がした。
だが、凪沙の抱えている深く根付いた孤独に私は気づいていなかった。
そのことが後に大きな騒動になろうとは、この時の私は思いもよらなかったである。
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