第52話 帰ってきた団長たち

     * * *



「つ……ついた! 見ろ! やっと戻ってきたぞ!!」

「はぁ……戻ってきたっすね……」

「ようやく、ここまで……」


 私たち三人は黒い霧が立ち込めた遺跡から、ほうほうの体で逃げ出してやっとの思いでウッドヴィルに戻ってきた。

 王都を立ってから二カ月くらいしか経っていないのに、ずいぶん戻ってきていない気がした。それくらいに苦労の多い旅だった。


 国王からはクラウスをスカウトしてこいと言われていたが、もうこの際だ魔皇帝マジック・エンペラーだから無理だったと話して許してもらおう。私の評価が多少は落ちてしまうかもしれないがしかたない。ああ、もっと早くこうするべきだったのだ。


 私たちは自宅でひと晩休み、翌日に登城して国王に報告することにした。テキトンとウカリは魔導士団の寮へと戻っていき、私はしばらく留守にしていた屋敷へと戻った。一等地にあるので王城からも近く、中心部からは徒歩でも十五分ほどだ。


 二カ月ぶりだから、執事も妻も涙を浮かべて歓迎すると思っていたのだ。


「なんだ……? 屋敷の門が閉まっておるではないか! おい!誰かおらんのか!?」


 私の屋敷は門が閉められ、誰もいないのか明かりさえついていなかった。

 まったく大変な仕事をやり遂げてきたというのになんなのだ!! このように役に立たない執事などクビだな!!


 だが、これでは寝る場所もない。そうだ! 二カ月ぶりに私のかわいい女どもに会いにいくか! 路銀は尽きているが、まあ、いままで散々贔屓にしてきたのだ。ツケでも問題ないであろう。


 屋敷からは少し遠かったが、たわわなふたつの膨らみを想像しながらなんとか歩いた。




「あらぁ! フール団長、お久しぶりねぇ! 会いにきてくれたの? 嬉しいわぁ!」

「グフフフ、そうだろう! 嬉しかろう! シルビアよ、今日は空いているか?」


 さっそく贔屓にしていた高級娼館の女に出会い、私は当然ここで休めるものだと思ったが形式的に尋ねた。


「それが、ごめんなさいねぇ。予約でいっぱいで今日はお相手できないのぉ!」

「なっ、そんな予約など断ってしまえばよいではないか!」

「前金でいただいてるからそれもできないのよぉ。フール団長が倍の額で今すぐ払ってくれるなら調整できるんだけどぉ……」

「ぐぬっ……」


 いますぐ即金で倍額払えだと!? そんな大金など今は手元にないのだ!

 ええい、それなら前のように魔法で言うことを聞かせてやる!


「おい! 私の言うことを聞かなければ、ここで火炙りだぞ!?」


 そういってわかりやすくファイアボールを手のひらの上に出して、話のわからない女に向けた。


「キャー! フール団長がご乱心よっ!」


 高級娼館の女がわざとらしく大声で叫ぶと、あっという間に騎士たちに囲まれる。


「なんだ、お前らは!? 私が魔導士団の団長と知ってのことか!」

「街中で攻撃魔法の使用は、緊急時以外は何人たりとも許しません。誰であろうと捕らえよと国王陛下のご命令です」

「なんだと!? それでは国王陛下に申し伝えよ! 魔導士団の団長であるフール・テイノーが帰還したと!!」

「……お伝えいたしますが、まずは法を破られたので牢屋に入っていただきます。連れていけ」

「貴様っ! あとで必ず責任を取らせるからな! 待っておれ!」


 私が叫んでいても、まったく意に介さない屈強な騎士たちに引きずられていく。そしてあろうことか本当に牢屋に入れられてしまったのだ。


「なぜだ!? なぜ、こんなことになるのだ!? 私は魔導士団のトップなんだぞ……!」


 いくら叫んでも、騎士たちが戻ってくることはなく私は薄ら寒い牢屋で夜を過ごした。




「おい! 起きろ! いつまで寝ている!」


 背中に強い衝撃を受けて、私は飛び起きた。寒くてなかなか寝つけずにいたので、ほとんど眠っていないのだ。衝撃を受けた背中がジンジンと痛む。


「国王陛下がお呼びだ! いくぞ!!」

「それならば態度を改めるのだ! 私は魔導士団の団長であるぞ!」


 私を起こした騎士は蔑むような目で、深いため息をついただけだった。




「やあ、フール。ようやく戻ってきたんだね。それで私が頼んだ仕事はどうだ?」


 以前と同じように穏やかな微笑みを浮かべて、国王は優雅に王座に腰かけていた。私は王座へ続く真紅のカーペットの上で、膝をついてこうべを垂れている。私の後ろにはテキトンとウカリも並んで跪いていた。


「はっ、はい……大変申し訳ございません。その、クラウス・フィンレイは魔皇帝マジック・エンペラーとしての役割があると、私のスカウトには応じてもらえませんでした……」

「ああ、そうだね。それなのに君は今までなにをやっていたのかな?」


 国王陛下の言葉の意味がわからず、思わず顔を上げてしまった。

 なにを言っているのだ? 私は国王の命令通りにクラウスをなんとかスカウトしようと、走り回っていたのだぞ!?


「意味がわからないか? クラウス様が魔皇帝マジック・エンペラーとなられた時点で、君のスカウトは難しいと判断して引き返すべきだったと言っているんだよ」

「お言葉ですが国王陛下、私はご命令に添うようにと懸命にクラウスを追いかけていたのです!」


 ここで国王のまとう空気が変わった。肌に刺さるような冷気がもれでて、室温がぐんぐん下がっていく。吐き出す息は白く、手足からは熱が奪われ氷のようだった。


「そうか。では君は追いかけた結果、セントフォリアでクラウス様と聖女様に不敬を働き牢屋に入れられ、ヒューデントでは王女の不興をかい牢屋に入れられたのだな」

「…………っ!」


 牢屋に入れられたのが、他国であれば問題ないと思っていたのに……なぜ責められるのだ!? しかも命令に従った結果ではないか!!


「これだけではない。私が出した帰国命令も無視していたな?」

「いえ、あの、それはなんとしてもご命令を果たそうと……」


 そうだ、牢屋を出る時に聞いていたが、それよりもクラウスをスカウトして認めてもらう方が大事じゃないか! 国王の命令を聞こうとしていただけなのに、忠臣を労わる気持ちはないのか!?


「帰国命令も命令だ。もうキリがないから次にいくぞ。アラン」


 国王があのクソ生意気な騎士団長に声をかけた。若造はなにやら書類の束をいくつももってきた。いったいなんだというのだ?


「こちらがフール・テイノーの不正の証拠でございます。クラウス様に対する給金の横領、並びに不当な長時間勤務などの業務指示。さらには——」

「なっ! なんのことですか!? そんなものは事実無根だ!! 根も葉もないでたらめですぞ!!」

「では証人をここへ」


 国王陛下はふわりと微笑んで、冷気を抑えた。少しだけ暖かい空気が入り込んでくる。開かれた扉から謁見室に入ってきたのは、見覚えのない男女と昨日私を騎士に突き出したシルビアだった。


「挨拶は不要だ。さっそくだが君たちがフールから受けた被害や、会話の内容を証言してもらいたい」

「かしこまりました。私はリンダと申します。高級娼館で働いていて、二年前にこちらにいるフール様に声をかけられました。私を買いたいとおっしゃっていただきましたが、あいにく先約があるからとお断りしたのです。するとフール様が激昂されて炎魔法を放ち上半身にひどい火傷を負いました」


 ここでリンダと名乗る女は唇をかみしめて、なにかをこらえているようだった。確かに話の通じない女にファイアボールをぶつけたことがあったが、この女だったのか。だが私が買うと言ってるのに、先約を優先する方がおかしいのだ。


「彼女の話していることは事実です。私は娼館の支配人をしているマーチンと申しますが、あの時リンダを助けてくれたのはクラウス様でございました。午前中に大怪我をして、午後には駆けつけてくださったんです」

「私が被害を受けたのは、魔導士団長様なら勤務されているはずの時間でした。いつもそのような時間に娼館街でお見かけしておりました」

「陛下、これはクラウス様が以前に提出された報告書の内容と一致しております」


 私はなにも言えなかった。私が懲らしめた娼婦をクラウスが治療していただと!? 治癒魔法しか使えない役立たずが、余計なことをしおって!!


「次、シルビアといったか。ありのままを話せ」

「はい、わかりましたぁ。ええと、フール団長は、使えない部下から給金を横取りしてるから毎日私のところに通えるって言ってましたぁ。あとは、本当に毎日きてくれてお仕事は大丈夫なのって聞いたら、使えない部下にやらせているから問題ないって言ってましたぁ」


 あのバカ女ぁぁぁ!! 言っていいことと悪いことがあるだろう!!


「そうか、毎日か。時間は覚えているか?」

「はい、いつもは大体午後一番にきてましたぁ。週に二回くらいは午前中からきてましたぁ」

「陛下、こちらがその期間のフール団長の提出した書類です。筆跡鑑定の結果、クラウス様のものであると確認が取れました」


 なんてことを話しているのだ!? あのバカ女めぇぇぇ!!


「フール。これ以外にも貴様の違法で非人道的な証拠がたくさんある。覚悟はできてるな?」

「そんな! 国王陛下! 私はなにも悪いことはしていません! クラウスが悪いんです! アイツが治癒魔法しか使えなくて!!」

「黙れ、害虫の分際でわめくな」


 国王陛下は地を這うような低い声で私にそう言った。

 いままで見たこともないような、殺気を込めた瞳で私を見据えている。


「フール・テイノー。この時をもって魔導士団長の任を解く。今までの愚行の数々は許し難い。魔石発掘の鉱山にて命尽きるまで労働せよ。貴様の夫人はすでに離縁の申請があったので、これを受理し実家に帰っている。財産は全て没収し不正の穴埋めに使用する」

「そんな……バカな話が……クラウスだ、アイツのせいだ!! クラウスのせいで私は!!」

「黙れと言っただろう。貴様誰を呼び捨てにしている? 我が国の誉であるクラウス様に無礼であるぞ! 害虫の戯言ざれごとは耳障りだ。舌を抜いてから牢屋に入れろ」

「承知しました」

「そんな……そん……」

「お前は魔導士団の最大の汚点だ」


 私は目の前が真っ暗になり、体から力が抜けていく。倒れないように両腕で支えるのがやっとだった。


「副団長のテキトン・デイスとウカリ・ダーナは不正には関わっていなかったため、一生見習い魔導士として雑用と魔導士を続けることを命ずる。新しい魔導士団の団長はクラウス様育成の功績のあるタマラ・マーベリックを任命する。以上だ」



 私の魔導士団長としての、また貴族しての人生もここで終わったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る