第50話 本当の終わり


 先程まで空をおおい尽くしていた黒い霧は消え去って、夕暮れ時の空が広がっていた。

 真っ赤に染まった空は現実とあまりに乖離していて、逆にこの世界は平和なんじゃないかと錯覚してまうほどだ。


 銀色の双頭の邪竜がゆっくりと遺跡から這い出てくる。夕日を浴びたウロボロスはオレンジ色に輝いていた。


【やっと……やっと自由を得たぞ……!!】


 ギロリと僕を睨みつけて、その銀色の瞳を嬉しそうに細めた。


【ククク……ハハハ!! さあ! 魔物どもよ、人間を喰らい尽くせ! そして神すらも滅ぼしてしまえ!!】


 ウロボロスの言葉に、ジッとしていた魔物たちが雄叫びをあげて暴れ始める。遺跡を取り囲む魔物は、狂気に染まった赤い瞳で襲いかかってきた。


 聖獣たちは僕や大切な仲間を守るように立ちふさがる。ひっきりなしに襲ってくる魔物との戦闘で、カリンたちはかなり消耗していた。


「パーフェクトヒール!」


 金色の光が降りそそぎ、カリンたちの身体を優しく包み込んだ。まずは体力的な消耗は全体治癒魔法で回復させていく。


「カリンたちを頼む。僕はウロボロスを倒す」


 聖獣たちに仲間を守るように指示を出して、僕はウロボロスに向かって走り出した。


強制魔力解放フォストマジック、ハイヒール!」


 走りながら魔力と体力を回復させて、万全の状態にする。どんなことをしてもこの場でウロボロスを倒す。例え僕の最後の魔法陣と引き換えにしても。


【貴様……姿は変わっておるが、あの時の男か! グハハハッ! 貴様からなぶり殺してくれるわ!!】


 僕の魔法の波長を読み取ったのか、ウロボロスは僕がセシルスだと気づいたようだ。なんにしても、攻撃対象を僕に決めてくれたのはありがたい。これで戦いやすくなる。

 ウロボロスは黒い魔力の欠片を次々と放ってきた。それは蛇の形になり、僕に喰らいつこうと追いかけてくる。


 何百という欠片が放たれて、一斉に襲いかかってきた。

 一瞬にして目の前が真っ暗になる。身体中の至る所に噛みつかれて痛みに動けなくなった。


「うっ……! メガヒール!」


 だけど、痛いだけだ。

 噛まれた傷はリジェネと治癒魔法で回復できる。あのカリンに現れた黒い模様は、どんなに噛まれても発現しなかった。


【なっ……なぜ無事なのだ!?】


 初めて狼狽えたウロボロスを見た。

 僕が呪いを克服して、抵抗力がついてることを知らないから当然だ。


「あの時の僕と違う。ずっとお前を倒すために研究をしてきたんだ!」

【くっ、呪怨の黒矢カース・アロー!!】


 今度はウロボロスの魔力で作られた漆黒の矢が頭上から降りそそぐ。それをヒラリと躱しながら、ウロボロスとの距離を縮めた。


【ちょこまかと逃げおって……! ならば、これでどうだ!?】


 ウロボロスは黒い呪いの欠片を何百と放った。


「それは僕には効かない」

【そうだな、貴様には効かないようだな】


 黒い呪いの欠片は、僕を通り越して魔物と戦っているカリンたちに襲いかかった。

 そんな……! この状況で呪いを受けたら、どうなるのかわからない。完全に石化したら——命はない。


爆雷滅殺バーストキル!!!!」


 地面に両手をついて、僕の身体に流れる微弱な電気を、雷魔法に増幅して一気に放出した。

 地面に流した僕の魔力に雷魔法が光の速さで走り抜けていく。


 バチバチと激しい音を立てて、青い雷魔法が呪いの欠片を焼き焦がしていった。だけどその隙をつかれて、ウロボロスにからめ取られてしまった。


「かはっ……!」

【ハハハッ! 実にたやすいな……貴様ら人間は扱いやすい】


 銀色の鱗にジワジワと締め上げられ、息をするのもままならない。

 でも、ウロボロスに近づけた。これなら魔力の流れをスキャンできる。


【ふむ、そうだな。貴様だけくたばるのは寂しかろう。すぐに仲間も送ってやる】


 ウロボロスは黒い呪いの欠片を、また何百と放った。それは真っ直ぐに僕の大切な人たちへと向かっていく。


「さ……せるか! スキャン完了、 強制魔力復旧リターンマジック!!」


 僕とウロボロスは青い光に包まれた。

 銀色の瞳は大きく見開いている。


 なぜこの青魔法にしたのか、僕には理由があった。

  強制魔力復旧リターンマジックは滞ってる魔力流れを正常に戻したり、僕の魔法で異物とも呼べる呪いをからめ取って正しく魔力を流す魔法だ。


 銀色の鱗に触れて、その魔力をスキャンしてわかったことがある。ウロボロスもまたなにかに囚われていた。それがもとになり呪いの欠片となって、放たれていたのだ。

 他の魔物と違う、そう確信できるほどの違和感があった。


【なんだ!? 貴様っ! ヤメロ! コレがなくなったら、守れなくなる! ヤメロ——!!】


 暴れるウロボロスはさらに僕を締め上げた。一瞬だけ意識が遠のきそうになる。なんとかこらえて、僕の魔力注ぎ続けた。


【ウガアアアァァァ!!】

《君は、ボクの声が聞こえるの?》


 ウロボロスの叫びと一緒に、どこからともなく少年のような澄んだ声が聞こえる。

 弱々しくか細い声だけど、はっきりと聞こえた。見上げれば双頭のもうひとつの銀色の瞳が僕を見つめていた。


【グウウウゥゥゥ……】

《ボクの声が聞こえたの?》

「聞こえた。悲しみと、絶望と……助けを、求めてたろ?」


 銀色の躯体がわずかに緩んだ。少しだけが息がしやすくなって、魔力をさらに込めていく。


「助けて欲しいのか?」

《ボクたちには、助けを求める資格がないから……》

「僕が聞いてるのは助けて欲しいかどうか、それだけだ!!」


 渾身の力で叫んだ。ウロボロスの動きがとまる。

 ウロボロスが諸悪の根源だと思っていた。どうしようもない悪で、倒すことこそが正義だと信じて疑わなかった。


 それは真実なのか?

 本当にそれがすべての真実なのか?

 だったらなぜ、あんな身を裂かれるような悲しみと、深い絶望を感じていた?


 どうして、それでもなお助けを求めていた?

 今ここでウロボロスを倒して、本当にすべてを終わらせられるのか?


 僕はウロボロスの答えを待った。



     * * *



 クラウスがウロボロスと戦い始めて、私たちはより凶暴さを増す魔物を延々と倒し続けていた。


「もう、全然減らない! 炎剣、紅の舞っ!」

「クソッ、キリがねえな!」


 ウルセルさんが魔剣シヴァを操り無駄の動きで魔物を切りつけながら、不満げにこぼした。その気持ちはよーくわかる。私もいい加減、限界に近い。

 サウザンアレスを出るときにクラウスにリジェネをかけてもらったけど、回復する以上に消耗が激しいのだ。


「私はクラウスからリジェネかけてもらってるので、回復薬はウルセルさんが飲んでください。私はまだいけます」

「お、名前呼びになったのか! ついに一線超えたか?」


 軽口を叩きながらも、目の前の魔物をほぼ一撃で沈めていく。ギルドマスターの実力は伊達じゃない。


「えっ!? なんですか、そのいやらしい言い方! セクハラされたってジュリーさんにチクリますよ?」

「あー、それは勘弁してくれ。一週間シカトコースだ」


 相変わらずのウルセルさんの様子に肩の力が抜けていく。ジュリーさんにお世話になっている間に、ウルセルさんとも気軽に話せるようになっていた。


 私を大切にしてくれた人たちが、笑って過ごせるような世界にしたい。

 クラウスと一緒に笑って助け合って、何気ない日常に平和だと言える日々を送りたい。


 そのために限界を超えても戦い続けると、私の剣に誓った。

 そう、だからどんな困難な状況でもあきらめない。例え呪いの欠片が何百と降ってこようとも。


「もう! どれだけ呪い好きなのよ! 炎剣、灼熱の舞!!!!」


 私は魔力を愛剣に流して、降り注ぐように落ちてくる呪いの欠片を燃やし尽くした。切先からほとばしるのは、青い炎だった。

 呪いが解けてから、なぜだか赤い炎が青い炎に変わっていた。


 理由はよくわからないけど、クラウスの使う青魔法に近づいたみたいですごく気に入っている。

 その青い炎が、上空から消え去っていった。

 チラリとクラウスを見ると、ウロボロスに巻きつかれている。心臓が鷲掴みされたような衝撃を受けた。


「ウルセルさん! すみません、ここから抜けます!」

「は? なんでって……クラウス!!」


 ウルセルさんも気付いて、一瞬で鋭い視線に変わった。


「カリンちゃんが適任だな。ウロボロスの攻撃も効かないみたいだし」

「え、すごい! ウルセルさん、気が付いてたんですね」

「まあ、こう見えてギルマスだからな」


 そう言ってニヤリと笑い、今度は玄武とタッグを組んで戦い始めた。

 一度目のウロボロスの呪いの欠片がきた時に、倒し損ねた奴に噛まれたけど全然平気だったのだ。一度かかって治ったら二度とかからない感染症みたいなものかと、勝手に解釈していた。


 頼もしい上司に後を任せて、私は愛しい人のもとへ駆けだした。


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