第33話 クラウスを追いかけて

     * * *



「フール団長、やっと出られましたね……」

「はー、マジ勘弁だわ。団長さっさと仕事終わらせて、ウッドヴィル戻りたいっす」

「うむ! だが、肝心のクラウスはどこにいったのだ?」

「「……さあ?」」


 私たちがいわれのない罪でヒューデントの牢屋に入れられて、三日が過ぎていた。

 牢屋の兵士たちに聞いても、クラウスの情報は得られずなんの手がかりもない。


「ていうか、兵士たちが言ってましたけど、戻んなくていいんっすか?」

「わざわざ陛下から帰国命令まで出されるなんて、なにかあったのでしょうか?」

「ううむ……」


 確かに牢屋からでる時にウッドヴィルの国王から、このまま国に戻るよう書かれた書簡を受け取った。

 だが、なにも成果を上げずにウッドヴィルに帰ったところで、私の降格が待っているだけだ。幸い国王陛下にはクラウスをスカウト来るためなら、登城は免除すると言われているから心置きなく集中できる。

 ここはクラウスを追いかけるのが正解だろう。


「帰国命令よりもクラウスの後を追うのが重要だ。なんとか情報を得ねば……テキトンとウカリで情報を集めてくるのだ。今度はさり気なく聞いてくるのだぞ!」

「うぃーっす、サラッと聞いてきますよ」

「承知しました」


 私は先日捕まってしまった市場とは別の広場で部下たちを待っている間、考えていた。

 まったくなんでこんなことになっているのか……いままでは魔導士団のトップとして何不自由なく暮らしてきたというのに。

 なにもかもクラウスを辞めさせてからだ。


 魔導士団の治療室は相変わらず混み合っていて、騎士団から苦情が出ていた。赤魔導士を配置しようにも、治癒魔法特化型なんて価値のない魔導士は育ててなかったから応援に出してもあまり変わらなかった。

 しかたなく数で補おうとすれば、今度は魔物の討伐などほかの業務に支障がでる。

 挙句に毎日謁見室に呼び出されクラウスのスカウトはどうかと聞かれ、正直に話せば国王のあの凍えるような視線だ。


 最初からクラウスが素直に話を聞いていれば、私がこんな苦労をすることはなかったというのに……アイツは私にとって疫病神でしかない。

 クラウスからかすめ取った資金も転移の魔道具を買うために使ってほとんど残っていない。

 ただ使えない色なし魔導士を追い出しただけなのに、まったく散々な目にあっている。アイツが戻ってきたら、いままで以上に搾り取ってやらないと気が済まん。


「フール団長! わかりました!」

「アイツはセントフォリアに向かっていったみたいっす」


 やっとテキトンとウカリが情報を掴んできたようだ。もう魔道具は買えないから、ここからは歩いて進むしかない。


「そうか……ではウカリよ、魔道具はもうないゆえ、私たちに加速ブーストの魔法を頼む」

「承知しました。加速ブースト!」

「魔物とあったらオレが討伐するからな!」


 こうして私たちはクラウスの後を追ったのだ。




 セントフォリアに向けて、森の中をただひたすら歩いていた。

 道らしい道もなく、一歩足を進めるごとに体力を奪われる。途中からはリジェネをかけながら進んでいた。

 なんとか森を抜けられそうだと思ったところで、目の前に巨大な魔物が現れた。これは、Aランクのベヒーモスだ! 


「おい! 敵だ! ベヒーモスだ! テキトン、ウカリ!」

「おお! やっと魔法がぶっ放せるな!」


 私は実戦が久しぶりだったので、勘を取り戻すためにまずはテキトンとウカリに任せた。すでに加速ブーストとリジェネも魔法はかけているので、テキトンが攻撃魔法を放つ。


 すかさずウカリがフォローに入った。うっかりミスが多いものの、圧倒的な知識量で副団長に選ばれている。だからこそ、こういう時のウカリの指示にはみんな素直に従うのだ。


「テキトン副団長! アイツには雷属性の魔法が有効です!」

「わかった! ライジングバーン!!」


 雷属性の上級魔法だ。あんなやる気のなさそうな態度ではあるが、あれでも副団長をやるだけの実力はあるのだ。

 少々魔力の使い方が大雑把だが、まあ、敵を倒せれば問題ない。


 ベヒーモスに雷魔法が落ちる。バリバリを耳障りな音をたてて、魔物に直撃した。

 眩い光が走り、一瞬だけ静寂に包まれる。

 Aランクの魔物なら、上級魔法でかなりダメージを与えたはずだ。これなら私の出番もないと思った時だ。


「ギャアアオオオオオォォォ!!」


 ベヒーモスは雄叫びをあげて、暴走し始めた。


「おい、ウカリ! どうなっている!?」

「ああっ! すみません、うっかり弱点ではなくて狂暴化バーサクする方の属性を伝えてしまいました!」

「なぁぁにぃぃぃ!?」

「マジかよ! 思いっきり雷魔法打っちゃったじゃん!」


 こんなタイミングでウカリのうっかりミスが発動したのか!! そうであった、コイツは圧倒的な知識量はあるが、いざという時にミスが多くて組める団員が限られていたのだ。

 テキトンではそのミスに気が付かない、いや、気付こうとすらしないで魔法を放ってしまう。


 まずい状況だ。ベヒーモスは錯乱状態になって、周りの木々をなぎ倒して手当たり次第に魔法を放っている。暴走状態だからパワーも魔力ももとの倍になり、Sランク相当になっている。

 そんな手におえそうにない魔物と、バチッと目が合った。


「ひっ!!」


 ユラリとベヒーモスの体が揺れて、あり得ないほどの魔力がその口腔に集まっている。息を吸い込んだら、命の危機を感じて喉がヒュッとなった。


 これを食らったら死ぬ。

 本当に骨すら残らず消し飛んでしまう!!


「バカモノっ!! 逃げるぞ!!!!」


 私は一目散に逃げ出した。




「はぁ……はぁ……はぁ……」

「団長っ……もう、大丈夫みたいっす……」

「はぁぁ……なんとか逃げることができましたね……」


 ギリギリでベヒーモスの攻撃を交わして、なんとか逃げ延びることができた。本当に死ぬかと思った。


「ウカリもテキトンも、次はしっかりやるのだぞ!」

「了解っす……てか、ここどこだ?」

「すみません、気を付けます……ここは、どこでしょうね?」


 テキトンの問いに私も答えられなかった。

 無我夢中で走ってきたのだ。国境を越えたのかさえわからない。


「なにか使える魔道具はないか?」

「ええと……」


 ウカリが魔道具の管理をしていたので、声をかける。だが、収納袋から出てくるのは食料ばかりでロクな道具は入ってなかった。


「まさか……魔道具はひとつも持っておらんのか……?」

「すみません……うっかり、買うの忘れてました」

「マジかよ……じゃぁ、テキトーに進むしかないっすね」

「なんということだ……! 荷物の準備や整理もできんのか!?」

「……申し訳ありません」


 しょんぼりと謝るウカリに、気の済むまで罵声を浴びせた。テキトンは興味がない様子で、近くの木の根元に腰を下ろして休んでいる。どうにもならん奴らで頭が痛くなってくる。ひとまず、近くの街を目指して出発したのだった。




 あれから何日経っただろうか。すでに十日は過ぎたように感じる。しかし進めど進めど森から出ることができなかった。途中何度か魔物に遭遇したが、さほど強い敵ではなかったため私とテキトンの魔法で倒してきた。


「テキトン、本当にこっちの方角でよいのか?」


 今はテキトンが先頭にたって森の中を進んでいる。


「んー、多分大丈夫じゃないっすか?」

「テキトン本当に大丈夫なのですか? 魔力感知してますが、どんどん敵が強くなってきていますよ?」


 ウカリも不安な様子だ。

 ここまでは私の見込んだ副団長たちだと思って任せてきたが、どうにも怪しい。


「テキトン、先頭を代われ。まったく、お前達では役に立たんな! それでも副団長か!?」

「はぁ!? 団長が頼りないから、オレたちだって必死にやってんすよ!? 役たたずってなんすか!?」

「そうですよ! そもそも団長はほとんど何もしてないじゃないですか! 魔物との戦闘もほとんどボクたちで、団長こそなにをしてたんですか!?」


 ここ数日の部下たちの不出来に耐えかねて叱責したにもかかわらず、生意気にもふたりで反論してきた。役に立たんくせに文句ばかり一人前だ。


「もういい! 私が先頭を歩く! お前らは私の指示に従えばいいのだ! 黙ってついてこい!!」


 ギスギスした空気のまま、私はズンズンと先へ進んだ。食料もずいぶん減ってきているし、早いところ街に出てゆっくりと休みたいのだ。それから三時間ほど歩き続けて、少し開けた場所にでた。

今までと違う景色に心が浮き立つ。


「ほら! 見てみろ! やっと街に近づいたぞ!」


 そうしてぽっかりと開いた空間に出ると、その中心に古びた遺跡があった。

 街ではなかったが、やっと屋根のある建物を見つけて私は安堵した。結界を張れば少しはゆっくり休めるだろう。



 そんな軽い気持ちで遺跡に足を踏み入れた。

 それが私にとって、また世界にとって大きな過ちになると知らずに。


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