第25話 大聖女様の通達
いよいよ、出発の日になった。
朝から少し曇り空ではあったが、心地よい風が吹いている。
「それでは、いってきます」
「クラウス様、どうかお気をつけてくださいませ。何かあった際は、転移の魔道具をお使いください。この城に戻れるようになっています」
マリアーナ様は非常にコスパの悪い転移の魔道具をポンと用意してくれた。至れり尽くせりで本当にありがたい。
「ウルセルはしっかりクラウス様にお仕えするのだぞ。なにがあっても支えになるよう——」
「わかってるよ、任せろ。何年もクラウスを見てるんだ、大丈夫だよ」
ウルセルさんは、やっぱりルドルフ様に念を押されていた。セレナは穏やかな微笑みを浮かべて、最後にマリアーナ様にポツポツと挨拶をしていた。
「ありがとうごいざいます。四聖獣も正気に戻して、必ず聖竜の鱗を手に入れて戻ります」
そう言って、僕とウルセルさん、セレナの三人で旅立った。
「クラウス様、まずは西の国ヒューデント王国でよろしいですか? ここで聖竜らしきものの目撃情報があったのです」
「それなら白虎の守人のモスリン家がいるな。そこに向かおう。おそらく公爵家から俺たちが旅に出ると、知らせが届いてるはずだ」
セントフォリアの王城を背にして、これから向かう先の打ち合わせをする。僕たちがモリス師匠の家で訓練に明け暮れていたので、情報収集もセレナにお願いしていた。
「それでは、ヒューデントにいきましょう。よろしくお願いします」
「クラウス様、ひとつお願いがございます」
セレナが珍しく険しい顔で僕を見つめていた。なにかやらかしてしまったか?
「なんでしょう?」
「私とクラウス様は仲間ではないのですか?」
「えっ、仲間……あ、そうですね、もう旅の仲間です」
「それならば! ウルセル様のように、私にも気軽にお話ししてほしいのです! うすーい壁があるみたいで、悲しいです!」
つまりは、ウルセルさんみたく砕けた話し方をしてほしいのか。確かに長旅になるのに他人行儀なのも疲れるか。
「うん、わかった。じゃぁ、セレナも同じにして。ウルセルさんは今までと同じでいいですか? ていうか、いまさら変えられないですけど」
「ん? ああ、俺はなんでもいいぞ。気にしてないから」
「ふぁ? クラウス様と同じ……? え、えええ! いえ! 私はいいのです!!」
ウルセルさんは相変わらずで、ここまでくると安心感すら感じる。セレナは真っ赤な顔をブンブン振りながら、僕からのお願いを拒否した。
「……では、僕もこのまま」
「いやあ! わ、わかりまし……わかったから! クラウス様、お願いだから普通に話して……」
名前を呼び捨てにするのだけは無理と言われたので、そこはセレナに譲った。王都マルティノの中心部にある広場を抜けようとしたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だから! クラウス・フィンレイという人物を探しておるのだ!! アルバート公爵家にいっても門前払いでなにも聞けんのだから、お前に尋ねているのであろう!!」
なにやら書簡を見せながら、街を警護する兵士に大声で詰め寄っている。よく見たら、フール団長だけでなくテキトン副団長とウカリ副団長も一緒だ。
「え、なんであの人がここにいるんだ?」
「クラウスを探してるみたいだな?」
その時、テキトン副団長と目が合った。覇気のない動作でフール団長になにか話している。フール団長は僕を見つけると、いままでに見たことのない速さで駆け寄ってきて両手で掴まれた。
わざわざ魔法を使って
「クラウス様ー!! ようやく、ようやく見つけましたぞ!! さあ、このまま私と一緒にウッドヴィルに戻りましょう!! 転移の魔道具もあるので一瞬で帰れますぞ!!」
「なにを言ってるんですか? 帰りませんよ?」
「そんなこと言うなよ、クラウス。面倒くせえけど、わざわざ迎えにきたんだぜ?」
「そうですよ、これは国王命令なんです。さあ、クラウス、戻りましょう」
テキトン副団長とウカリ副団長もフール団長と同じことを言ってくる。というか、この三人がここにいて魔導士団は大丈夫なんだろうか?
「お前さあ、色なしなんだから素直に命令に従えよ!」
「私たちも命令でしかたなくやってきたのですよ、わかってください」
「クラウス様! お願いです! 私とウッドヴィルに戻ってください!!」
いい加減にしろと返そうとした時だ。
僕の背後から怒気を孕んだ低い声が聞こえてきた。
「貴方たち、クラウス様のなんなのですか?」
「む、お前こそなんなのだ!? 私はクラウス様と話をしておるのだ邪魔をするな!!」
「……私はセントフォリア第三聖女、セレナ・ディル・フォリアです。邪魔をしているのは貴方の方です。私たちはこれから使命の旅に出るのです!」
セレナの覇気は広場を駆け巡り、さっきまでの広場の喧騒が嘘のように静まり返った。
「せ、聖女……? セントフォリアの聖女様!?」
フール団長を始め、テキトン副団長とウカリ副団長も青ざめている。隣国の貴族でも頭が上がらないほど、セントフォリアの聖女様は偉大な存在なのだ。
「しかも先ほどから後ろのふたりはクラウス様を呼び捨てにして……私ですらまだそんな風にお呼びできないのに、勘違いもはなはだしいわ!!」
うん? そこがセレナの怒るポイントなのか? ほかに怒るところあるよね?
「クラウス様は、今はウッドヴィルには戻りません!! 下がりなさい!!」
「おい、コイツら
そこでウルセルさんがサラッと近くの兵士に指示を出す。さすがにアルバート公爵家だと知れているらしく、兵士は敬礼をして指示に従った。
フール団長たちはなにやら叫んでいたけど、あの人たちなら大丈夫だろう。こう見ると、やっぱりウルセルさんは大貴族の一員で間違いないと思う。
「おい……いまアルバート公爵家の方が言ったの……」
「
「この前大聖女様からお達しがあった、
「あ、あの方が降臨された
「うおおお!
「
「きゃあああ! 素敵いいい!!」
「我らの救世主!!
「
「こっち向いてー!!
ウルセルさんの一言を拾った広場の人たちが、突然猛烈に僕を崇めはじめた。
…………は?
なに、大聖女様がお達しを出した?
マ・ジ・か————!!!!
なんて取り返しのつかないことをしてくれたんだ!? 僕はひっそりと普通に暮らしたいんだよ!? カリンの呪いを解いたら、もとのこぢんまりした家に戻るんだよ!?
……え、戻れる、よな?
ウルセルさんがニヤニヤしながら僕を見ている。知っててわざと口に出したな。クソッ、またハメられたっ!
爽やかな笑顔を浮かべて、トドメを刺しにくる。
「クラウス、そのうちカリンちゃんもこっちに呼ぼうな」
完全に僕を囲いに入ってる!!
カリンがくるなら戻らなくても、まあ、いいか……と考えてしまったけど、決して口に出したらダメなのはわかった。
そして大歓声から逃げるようにマルティの街を後にした。
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