第21話 崇められていたたまれない
* * *
アルバート公爵邸にやってきた翌日、朝食の席でウルセルさんが今日の予定を教えてくれた。
「クラウス、ちょっと急だけど聖女様に会いにいくぞ」
「わかりました、時間は決まってるんですか?」
「朝食を食べたらすぐにいこうと思ってるんだけど、大丈夫か?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
食事を終えてウルセルさんが僕の部屋まで迎えにきてくれた。アルバート公爵様は仕事が速くて、すぐに聖女様との約束を取りつけてくれたのだ。この一族はみんなデキる人たちみたいだ。特に予定もなかったので、用意してもらった馬車で出発した。
ウルセルさんは目的地を僕に告げていない。ただ聖女様に会いにいくと言っただけだった。
「ウルセルさん、セレナさんはどこに住んでいるんですか?」
馬車は王都の中心地に向かっている。今日も街の人たちは朗らかに笑い、活気づいていた。
「んー、もう少し先だな。あと十分くらい」
どうやらウルセルさんは、僕に詳細を話したくないらしい。だけどいい加減僕だって学習するんだ。幸い会ったことのある人なら、魔力のクセで場所が把握できる。
そっと魔力感知して、居場所を探った。
「……っ!?」
「あ、魔力感知したのか? クラウス、ズルはダメだろ」
「いや! ズルとかじゃないですよね!? ていうか、なんで王都のど真ん中にセレナさんの気配があるんですか!?」
だって、ど真ん中ってアレしかないじゃないか。
「まあ、いいか。いい顔見れたしな。第三聖女セレナ様は、大聖女マリアーナ様の姪だから、王城に住んでるんだよ」
「うわあ……マジか! 僕、結構な態度だったような……」
いまさら不敬罪とか言われたらどうしよう。ガッツリ睨んだし、そもそもセレナさんとか馴れ馴れしく呼んじゃってた……!
半分魂が抜けかけた状態で、無常にも王城へ到着してしまった。
しかたなく覚悟を決めて馬車を降りると、セレナさん……いや、セレナ様が出迎えてくれたのだ。
「クラウス様! お会いしたかったです!!」
そう言って僕の家で会った時みたいに、ガシッと抱きついてきた。艶やかな黒髪が揺れて甘い花の香りがフワリと香る。
聖女様だって言ってたから、ある程度は覚悟してたよ。きっと平民がビビるくらいの暮らしなんだろうとは思ってた。
でも、まさか王族で王都のど真ん中にある王城に住んでるなんて思わないだろ? しかもこんな風に抱きつかれたら、どうしたらいいのかわからない。
「よかった……クラウス様は本当に来てくださったのですね! ちゃんと大聖女様には話してあるので、何も心配はいりません。聖竜クイリンも一緒に探しましょう!」
「あの、セレナ様……その、失礼な態度ですみませんでした」
抱きつかれながらも、ウッドヴィルでの態度を謝罪した。いくらなんでも王族にあんな態度は許されないだろう。
「なにを仰っているのですか? いままで通り……いえ、どうかセレナと呼んでください! クラウス様は
うん?
「
「…………は? いや、は? 冗談ですよね?」
「まあ、大聖女様に会ったらわかるんじゃないか?」
「え、聖女様ってセレナのことじゃないんですか? 大聖女様なんて聞いてませんけど!?」
「大聖女様も聖女様だろ? まあ、ここまできたんだからあきらめろ」
なんか、どんどん話が大きくなってないですか? これ、収拾つくんですか? あの、僕ただの平民でいいんですけど?
そうしてセレナに引きずられるように、大聖女様の謁見室に連れていかれた。
案の定というか、やはりというか。
そもそも、いくらアルバート公爵様が手配してくれたとはいえ、こうも簡単に大聖女様に会える時点で気付くべきだった。
僕の目の前には、王座からわざわざ降りてレッドカーペットの上に跪くマリアーナ大聖女様の姿がある。
もちろんこの部屋のほかの宰相や大臣の方々も、同じように平伏している。
マリアーナ大聖女様の女性にしては低めの声が、謁見室にいる者たちの耳に届く。
「今世の
イヤだ。
もう帰りたい。
これって必要なのか? 前から言ってるけど、僕はカリン呪いを解きたいだけなんだよ? この状態で僕はどうすればいいんだ!?
「あ、あの……お願いだから普通にしてください。僕は平民なんです。あの、いたたまれなくて……」
あちこちに視線を動かすと、ウルセルさんの肩が震えてるのが目に入る。くっ、楽しんでる! あとでアグリ豚の串焼き奢ってもらうからな!
そこでマリアーナ大聖女様はそっと顔を上げた。
「なにより我が国の第三聖女をお救いいただいたこと、心から御礼申しあげます。それにしても……クラウス様は謙虚な方なのですね。ますます好感が持てますわ。皆のもの、面をあげよ。クラウス様がお困りである」
鶴の一声で、みんな立ち上がり通常運転に戻っていく。ようやく肩の力が抜けた。……いったいなんの罰ゲームだよ。
「それではクラウス様、今後の話をしてもよろしいですか?」
黒髪を結い上げ、真っ直ぐと背筋を伸ばした姿は、女王の貫禄が十分だ。セレナと同じ色の瞳は、鋭く僕を見据えていた。
「はい、もちろんです」
「それでは、セレナ、ウルセル・アルバートもこちらへ」
僕たちはマリアーナ大聖女様の後に続いた。
* * *
お兄ちゃんがセントフォリアに旅立ってから、私はウルセルさんの家でお世話になっていた。その代わりにギルドの受付をさせてもらって、ジェリーさんがギルドを運営できるように手伝っている。
いつもと変わらない穏やかな午後の時間だった。
「おい! クラウス・フィンレイはここか!?」
突然、お兄ちゃんを呼び捨てにして偉そうな魔導師が黒翼のギルドの受付にやってきた。これは敵認定していいのかな? お兄ちゃんの敵は私の敵だ。敵意を隠すことなく対応する。
「どちら様ですか?」
「なんだ!? お前は私を知らんのか! 生意気な受付担当だな! いいからクラウスを出せ!!」
……キレてもいいかな? 悪いけど、私はお兄ちゃんみたいに穏やかじゃないのよね。思いっきりお母さんの血を濃く受け継いだのか、喧嘩っ早さには自信がある。
「名乗りもされない方に教えることはありません!」
「なんだと!? いいからクラウス・フィンレイを出せ!! 自宅にいってもいつもおらんのだ! ここで匿っているんだろう!?」
自宅? そういえば、このダミ声……お兄ちゃんと揉めていた、元上司!? なるほどね、あの後もほとぼりが覚めた頃にきてたのね。
「お引き取りください。礼儀や常識のない方にはなにも話せません!」
「なんだとぉぉ!? 生意気な小娘がっ!!」
そう言って、私の左腕を力任せにつかみあげた。呪いによって黒く染まった部分に激痛が走る。
「っ!」
わずかに顔を歪ませて、痛みをこらえた。魔導士のくせに力が強い。騎士学園で鍛えた私の身体なら、ほとんどダメージなんて感じないはずなのに。それとも呪いにかかった部分は弱ってしまったのか。
「このまま腕を折られたくなければ、クラウ——」
元上司の声が唐突にやんだ。
「あら、フール団長、ウチのかわいい受付嬢になにをしているのかしら?」
その場が一瞬で凍りつきそうな、いや、実際に極寒の空気が私の背後から流れてきて元上司の手を凍らせはじめていた。
「ジェリーさん!」
「カリンちゃん、対応を代わるわ」
「お、お、お前は……『氷の魔女』!?」
「あら、懐かしい呼び方ね。ところで、どのようなご用件かしら?」
『氷の魔女』……え、『氷の魔女』!?
騎士学園でも聞いたことがある。魔導士団で五本の指に入る天才黒魔導士だ。彼女が扱う氷魔法は、すべてを凍てつかせたという。六年前にあっさり寿退団したと聞いていた。
ジェリーさんがそうだったんだ……! あとでこっそりサインもらおう。
「ぐぅ、クラウス・フィンレイを探している。ここのギルドに所属しているはずだ。違うか?」
私の時とはまったく違う態度で、用件を伝える。最初からそうしてくれればよかったのに。それでもあの時の元上司だとわかったら教えないけど。
「ええ、そうよ。確かにクラウスはこのギルドに所属しているわ。でも今はいないの」
「なんだと!? どこへいったのだ!?」
ジェリーさんはうっとりするほど妖艶な微笑みを浮かべて、言い放った。
「うふふ、セントフォリアにいったわ。おそらく首都のマルティノにいるはずよ」
「なぁにぃぃぃ!?」
元上司は顎が外れたのかってくらい大口を開けて驚いている。予想外の出来事だったらしい。
そのままブツブツ言いながら、フラフラとギルドから去っていった。
「ジェリーさん、お兄ちゃんのこと言ってもよかったんですか? あんな奴に情報漏らすのも嫌だったんですけど」
「ふふふ、カリンちゃん。教えたところでどうにもできないから、わざと話したのよ? クラウスにした仕打ちはちゃんと覚えているわ」
ジェリーさんの笑顔が黒かった。笑顔なのにこんなに恐ろしいのは初めてのことだ。そうか、こういうやり方もあるのね。
……こっそり師匠と呼ばせてもらおう。穏やかすぎるお兄ちゃんには、きっとこれくらい黒い笑顔のサポートが必要だ。
うん、剣の修行に加えて、お兄ちゃんに降りかかる火の粉を払う術を身につけよう。
お兄ちゃんは心配性だから内緒にしたまま、私はジェリーさんをお手本に新たなスキルを手にいれた。
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