第3話 就職先を探してます

 ……これからどうしよう。


 僕はカリンとふたりで暮らしている家に向けて一歩、また一歩と足を進めている。確実に足は前に出ているのに、さっきからあまり景色が変わっていない。


 これはあれだ、帰るのを体が拒否してるってやつだ。

 あれだけ頑張っても認められなかった自分はまるで価値がない人間のように思えてくる。こんな情けない兄貴でカリンに申し訳ない。僕はカリンを守っていかないといけないのに。


 いや、もうこうなったら仕事はなんでもいいじゃないか。ちゃんと毎日家に帰れて雇ってもらえるところがあれば、どんな所でも働くんだ。カリンの笑顔を守るためにやるしかない。

 よし、と腹を括ったところで、聞き覚えのある声が僕の名前を呼んだ。


「お! クラウスじゃねえか! こんな時間に珍しいな」

「あ、ウルセルさん!」


 僕に声をかけてきたのは『黒翼のファルコン』のギルドマスター、ウルセル・アルバートさんだ。艶のある黒髪に黒い瞳の、黒翼の語源となる容姿で、二十代半ばの若い上司だ。

 仮登録してからなにかと面倒を見てもらっている。


「うん? どうした、そんな暗い顔して。なにかあったのか?」

 ウルセルさんなら、相談に乗ってもらえるかもしれない。せめて仕事を紹介してもらえないだろうか?

「あの、実は……僕ついに魔導士団をクビになりまして、就職先を探してるんです。ウルセルさんどこか紹介してもらえませんか?」

「はあ!? なんでSランクの魔物をひとりで倒せる奴がクビになるんだよ!?」


 心底驚いたようで、声が裏返るほどの大声だった。僕は苦笑いを浮かべながら言葉をつづける。


「一応、魔物が倒せるようになったと報告はしてたんですけど……僕は『色なし』だから誰も信じてくれなくて……」

「はっ! あいつらバカだなあ、こんな逸材を手放すなんて。よし、それならこのままうちのギルドで働け!」


 ウルセルさんの大袈裟な言葉は、僕の心を軽くしてくれた。『色なし』と蔑まれてきたから、優しい言葉が心に染みわたる。しかもギルドで働いていいとまで言ってくれた。


「え、いいんですか!? あの、僕でも大丈夫ならぜひ働かせてほしいです! でも冒険者って専業になっても毎日家に帰れますか?」


 カリンは僕の三つ下で十七歳になったばかりだ。今は騎士見習いとして騎士学園に通っている。この国は十六歳で成人とみなされるけど、ひとりにするのは忍びなかった。


「ああ、カリンちゃんが心配なんだな。問題ないよ、近場の依頼をこなせばな。クラウスなら月に一、二回依頼を受ければ余裕だろ」

「え? 休みが月に一、二回じゃなくてですか?」

「今までどんな環境で働いてたんだ? まあ、Sランクの魔物討伐なら報酬が高いから、どれくらい依頼こなすかはクラウスに任せるよ」


 そうだったのか……! そういえば前にベヒーモスを倒した時は確かにたくさんもらえたっけ。魔導士団より危険度は増すけど、回数が少ないなら充分やっていけるかも!

 僕が考え込んでる間に、ウルセルさんはどんどん話を決めていく。


「じゃぁ、今までの仮登録から本登録に切り替えるぞ。ギルドで本登録の試験もやらねえとな。本登録だと職業の登録必要なんだが、クラウスは……うーん、黒でも赤でもないんだよなあ……ま、いっか。とりあえずギルドにいってから考えよう。ほら! いくぞ!」

「は……はい!」


 僕は足取り軽く、ウルセルさんの頼もしい背中を追いかけた。




「ジェリー! 大至急でクラウスの本登録をやるぞ!」


 ウルセルさんはギルドに戻るなり、美人受付嬢のジェリーさんに僕の冒険者の本登録を依頼してくれた。


「えー! 魔導士団はどうしたの!?」

「あの、それがクビになってしまいまして……」

「えええ!! それは、おめでとう!! あんなクソ魔導士団なんて辞められてラッキーよ! これからも仲間としてよろしくね!!」


 この二年間ですっかり仲良くなったジェリーさんが、大袈裟なくらい喜んでくれてる。気を遣わせちゃったみたいだけど、こう言ってもらえて嬉しかった。


 このウルセルさんが率いるギルド『黒翼のファルコン』は、完全実力主義で仮登録なら誰でもできるけど、本登録するためには実践テストを受けないといけない。採用などの規定はギルドマスターの方針によって変わってくる。

 だから僕もこの実践テストで受からないと、このギルドで冒険者としてやっていけない。ひっそりと覚悟を決めた僕に、実践テストの内容が告げられる。


「火トカゲの討伐ですか?」

「ああ、そうだ。南のアキレウス山脈に生息しているDランクの魔物だ。討伐証明を持ってくればいい。最初のランクは出発してから戻ってくるまでの時間で判定する。移動するためにスキルや魔法は使用可だが、馬車や馬を使用するのは禁止だ」


 なるほど最低限Dランクの魔物が討伐できる実力が必要なのか。その他に個々の能力や無駄のない行動でランクが決められるってことだ。


「わかりました。ちなみにランクが高いとどんなメリットがありますか?」

「受けられる依頼の幅が増えるから、報酬もかなり変わってくるな。最初から稼ぎたいならサッといって、サッと帰ってこい」


 チラリと討伐依頼が貼られているボードを見る。このギルドで最低のDランクの依頼で銀貨五枚から金貨一枚。Sランクの依頼では金貨百枚から上は上限がない。

 これはスピードも重要だ。サクッといって帰ってこよう。


「わかりました。ではいってきます」


 僕はすぐにスピードを上げるため三種類の魔法を自分にかけた。


「リジェネ」

「限界突破(リミッターブレイク)」

「神秘覚醒(アラウズ)」


 限界突破(リミッターブレイク)は肉体の限界を超えて力を発揮する魔法だ。ただ、この魔法だけだと身体がボロボロになるので、自動回復魔法のリジェネも外せない。

 神秘覚醒(アラウズ)は肉体年齢を若返らせる魔法だ。人間の肉体年齢は十七歳がピークだからその年齢に合わせる。


 これで準備完了だ。ここから最短でクリアだ!!


「気をつけてなー……って、もういなかったか」


 ウルセルさんの言葉は途中までしか聞こえなかった。




 全力疾走で直線的に目的地を目指す。

 街を出たあとの障害物は飛び越えるか、なぎ倒すか、破壊するかしてひたすら突き進んだ。そのまま魔力感知で討伐対象の居場所を探る。


 魔法の研究をしているうちに精度も高くなったらしく、知ってる人や討伐したことのある魔物なら、国内であれば居場所を把握できた。火トカゲは前に討伐したことがあるから、その時の気配を追った。


「……見つけた!」


 目的地まではおよそ四十分だ。森や平原を走り抜けて、アキレウス山脈を駆けあがり、火トカゲを目指す。だけど山に入ったところで、数十匹の火トカゲの気配が突然消えてしまった。その後に残っているのは数人の人間の魔力だ。


「えっ!? 消えた? 誰かに討伐されたのか?」


 これじゃクリアできないと思った矢先、強大な魔力の気配が生まれた。まるで、数十匹の火トカゲが一匹に集約されたような——。


「違う、これは魔石進化だ。仲間の魔石を喰って進化したんだ!」


 魔物は討伐すると体の中の魔力が結晶化して魔石に変わる。そうなると体は消滅して魔石だけが残るのだが、これを他の魔物が一定の量を超えて体内に取り込むと進化して上位種になるのだ。

 進化した魔物はランクも上がり。ほとんどの冒険者は太刀打ちできなくて殺されてしまう。


「これは、ヤバいな」


 さらにスピードを上げて木々の間をすり抜けるようにスルスルと登っていく。

 数分後、視界に入ってきたのは体長十メートルはある、漆黒の炎を吐き出すブラックサラマンダーだった。背中では黒炎が燃えさかり近づくのもままならない、限りなくSランクに近いAランクの魔物だ。

 三人の冒険者は既に倒れていて、白いハーフマントの女性冒険者が結界をはって攻撃を防いでいた。


「ちょっとヤバい状況だな、サクッと倒すか」


 魔物の気を引くために、手のひらに魔力集める。ブラックサラマンダーは突然の強い魔力の出現に、女性への攻撃をやめてキョロキョロと辺りを探りはじめた。近寄ってくる僕を見つけて、思い切り黒炎を吐き出してくる。

 右に大きく飛んで黒炎を避け、少しずつ女性から向きを変えるように攻撃を右へ右へと避けていった。 


「そろそろいいか」


 黒炎を吐き出したタイミングで、魔力を極力抑えて高く跳躍した。ブラックサラマンダーは視界から消えた僕を探している。

 そのまま黒炎が燃えさかる巨体に着地して、そっと背中に手を触れ一気に魔力を解放した。

 ちなみにリジェネが効いてるから僕は無傷だ。


「極氷血(ブラッドダウン)!!」


 流し込んだ僕の魔力が、ブラックサラマンダーのありとあらゆる熱を急激に奪っていく。次の瞬間には黒炎が吐き出せなくなり、白い息に変わって全身が凍りいた。いくつもの氷柱が、黒い巨体から突き出ている。


「よし、完全に仕留めた。サクッと討伐証明を回収して戻ろう」


 まずは先程やられたであろう冒険者一行に回復魔法をかけた。


「エクストラヒール」


 金色の光が女性と倒れている冒険者たちを優しく包み込む。白いマントの女性は黒髪に琥珀色の瞳をしていて印象的だ。僕が突然現れたからだろう、口をパクパクさせてかなり驚いている。

 魔石化するまでに討伐証明や素材を回収すれば手元に残るので、先に証明部位の尻尾を切り取りって黒髪の女性の元に近寄って声をかけた。


「驚かせてすみません。皆さんには治癒魔法かけたので、もう大丈夫だと思います。あの、実は今試験中で、討伐証明が必要なんですがもらってもいいですか?」


 黒髪の女性はコクンと頷いて、胸元で光るペンダントを見てさらに驚いている様子だ。なんだかよくわからないけど、怪我人は治療したし試験は討伐証明さえもらえれば僕は問題ない。女性も冒険者のようだし、仲間もすぐに目を覚ますだろう。


「それでは急いでるので、これで失礼します」


 そう言って僕は頭を下げて王都へと舞い戻った。


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