第126話 ずっと向こうにある目的

 ―― 早瀬カヲル視点 ――

 

「カヲル、オレと共に来い」


 耳にピアスを付け髪を染めた男子が、真っすぐに私を見つめる。クラスメイトの月嶋つきしま拓弥たくや君だ。ここ1ヶ月くらいは口癖のように「オレについて来い」と言ってくる。最初はパーティーメンバーに誘っているだけかと思っていたけれど、どうやらそれだけでなく……交際したいとのことだ。

 

 でも私は恋人を作る気はない。興味がないというよりも余裕がないといったほうが正しい。

 

 死に物狂いでダンジョンダイブに挑戦し、へとへとになりながら家に帰っても深夜まで勉強をしなければならない。クラス昇格には学力も重要になるため気を抜くわけにはいかないからだ。それに加え、最近はユウマ達と朝の稽古までしているため肉体もメンタルもギリギリ。とてもじゃないけど恋などしている余裕はない。

 

 本当に強くなれるのだろうか、埋没してしまわないだろうか、と焦り悩み続けている日々。そんな中で事は起こった。

 

 いつも通り朝早くに登校しユウマやサクラコと剣を打ち合っていると、第二剣術部の部員に絡まれ暴力沙汰となってしまう。それだけならともかく、後から助けに入った月嶋君が第二剣術部の部員をまとめて倒してしまったのだ。第二とはいえレベル10を超える実力者達を、それも一方的に。

 

 月嶋君は授業を真面目に受けるでもなく、いつも繁華街でふらふらと遊び歩いていたのでレベルは上がっていないものと思い込んでいた。だけどその実力はユウマはもちろん、クラスで飛びぬけて強い大宮さんをも凌駕する強さだった。

 

 駆けつけた第一剣術部の副部長と流れから決闘が決まってしまったのだけど、これは恐らく仕組まれたことだろう。第二剣術部を動かしていたのもこの人だ。それでも私を守ったことによって決闘が決まってしまったのは……心苦しくもあった。

 

 


 放課後、私は月嶋君を呼び出した。いくら第二剣術部を倒せたといっても、八龍と言われている第一剣術部は強さの次元も性質も違う。一緒に頭を下げに行くなり服従するなりして、どう決闘を回避すべきか意見交換をしたかったからだ。だけど最初の一声では意外な答えが返ってくる。

 

「……あぁ、第一剣術部なんざ問題じゃねぇ」


 第一剣術部がどれほどの強さなのか認識できていないのだろうか。もしかしたら八龍の情報を全く持っていない可能性も考えられる。


「相手は八龍の一角と言われている大派閥、それも名の知れた剣士なの。レベルだって20を超えている部員もいるわ。だから――」

「オレが決闘を受けた目的は足利を倒すことじゃねぇ、そのずっと向こうにある」

「……どういう意味?」


 目的はずっと向こうにあり、決闘はもののついでだと言う月嶋君。そのときの目はいつものような気だるげなものではなく、ギラギラとした野心的な目をしていた。危険なことを考えているのだろうか。

 

「その日にはカヲルも来い。そこでオレの本当の力と目的を教えてやる。会わせたい奴らもいるしな」

「本当の力と……目的? 何を言っているのか分からないわ」

「とにかく今はまだ準備ができてねぇんだ。ま、楽しみにしててくれよな」


 私の肩をぽんぽんと叩き、話がかみ合わないままきびすを返してしまう。言っていることはさっぱり理解できなかったけど、決闘を回避するつもりがないことだけは分かった。

 

 ならば当日は私も同行し頭を下げにいく必要がある。原因となった私が誠意を込めて謝罪すれば月嶋君への暴力は最低限にしてくれるかもしれない。だけど相手は貴族様ばかり。厳しい追及は覚悟していかねばならないだろう。




 そして問題の決闘当日。待ち遠しい日はなかなかやってこないというのに、嫌だと思う日はすぐにやって来てしまう。重い感情を引きずるように待ち合わせ場所に向かって校内をとぼとぼと歩く。

 

(それにしても……静かすぎる。誰もいないわ)

 

 今歩いている通りは比較的人気ひとけの少ない場所なのだけど、それでもいつもなら何人かの生徒は歩いている時間帯だ。不思議に思いながら酷く静まり返った通りをゆっくりと歩く。しばらく進むとポケットに手をつっこんで気だるそうにしている見知った男子が見えてきた。


「来たか、カヲル」

「おはよう、月嶋君」


 決闘前だというのに防具は着ておらず制服姿のまま。私も誠意ある謝罪をするために制服を着ているのだけど……それよりも月嶋君の隣にいる男女がとても気になってしまう。

 

「この方ですか。さすがは拓弥さんが選んだだけあって品のある美しい女性ですね」

 

 一人は長い髪をそよ風に揺らして微笑む男子。冒険者学校1年においてはトップクラスの実力者でありBクラスのリーダー、周防すおう皇紀こうきだ。学年首席と幾度も争ってきた経歴は同学年の間では有名な話。だけどどうしてここにいるのだろう。


 そしてもう一人。


「こんにちは~早瀬さん」


 にこりと微笑んでいる新田にった利沙りさだ。五教科の成績はナオトをも上回るEクラストップ。強さでも大宮さんと遜色そんしょくなく、その上、独特な剣技を持つ超ハイスペックな女子。

 

 クラス対抗戦が終わるまでは勉強以外目立ったものはなかった、というよりも実力を隠していたのだろうけど、今ではEクラスと言われて違和感しかないほどに飛びぬけた人物、というのが私の評価だ。

 

「これからはこの4人で潜るということでしょうか。腕が鳴りますね」

「まだでしょ~? まずは早瀬さんに話をして意思確認しないと」

「そうでした、これは失礼を」


 何を言っているのか話の内容が全く見えてこない。この3人全員が只者ではないということだけは分かるけど……説明を求めるように月嶋君へ視線を移す。

 

「こいつらはオレが構想しているパーティーメンバー。もちろんカヲルも含めてだ」

「……私なんて何の役にも立たないと思うけど」

「だからオレについてくれば“強さ”を与えてやるって言っただろ……と言っても信じられないのも無理はねぇ。だから見せてやろうと思ってな」


 強さを与える。第二剣術部との揉め事が起きた時もそう言っていたけれど、何を見せられるのか興味よりも警戒心が湧いてしまう。

 

皇紀こうき、準備はできているか」

「すでに人避けは発動させていますよ、拓弥さん。あれを顕現けんげんさせるのですね」

「おっ、さすがはおっ金もっち~♪」

 

 先ほどから誰も通らなかったのは人避けの魔導具を使っていたからだと言う。密会など人目に触れたくないときには便利な魔導具なのだけど、1回発動させるたびに数百万円ほどの金額が飛ぶので庶民には縁のないものだ。そんな魔導具を惜しげもなく使用するなんてさすがはお金持ち、と新田さんが揶揄やゆしている。

 

 それを誉め言葉と受け取った周防君は機嫌良さそうにウィンクして「気をしっかり持ってくださいね、本当に凄いので」と言って忠告してくる。どうやら周防君だけは月嶋君の力とやらを見たことがあるようだ。

 

 一体どんなマジックアイテムを持ち出してくるのかと身構えていると、月嶋君はただ右腕を真上に掲げて何かをつぶやき始めた。ここはマジックフィールドの外だというのにスキルなんて使えるはずが――

 

「よく見ておけよカヲル。これが……神の力・・・だ」

 

 いきなり暗くなった、いや明るくなったと言うべきか。晴れていた空はいつの間にか分厚い雲に包まれて薄暗くなっており、上空10mほどの位置に金色に縁取られた巨大な円環魔法陣が強烈な光を放ちながら浮き出てきた。複雑な文様がびっしりと描かれて目まぐるしく動いている。あまりにも異質な魔力に驚きの声もでない。

 

「世界を総べるオレの力よ! 降りてこい、戦女神《ヴァルキュリア・スクルド》!!」

 

 膨大の魔力が魔法陣に満ちると金色の光が降り注ぎ、最初に見えたのは防具に覆われたつま先、次に両足が見えてやがて全体の姿が現れる。それは人間離れした美貌の女性だった。

 

(……て、天使様?)

 

 輝く金色の長い髪、緻密な細工が施された重装備の鎧。背中からは二本の光の筋が翼のように揺らめいており、吸い込まれそうな青い瞳には神々しさすら感じる。天使様がいるとしたらこんな感じではないだろうか。

 

 ゆっくりと地面に降り立つと背中の光の筋は収束し、月嶋君の前に膝をついて頭を下げる。彼女の周りには今も後光が差しているように照らされており、その光に当てられていると力が沸き立つ感覚に襲われる。

 

「召喚主に味方する者の能力値を上昇させるスキルだそうです、素晴らしいでしょう? 活力がみなぎってきます」

戦女神ヴァルキュリアシリーズでも最上位の“スクルド”召喚とは、これはまた凄いのを出してきたわね~」


 周防君が自分の手の平を見ながら沸き立つ力に目を輝かせているが、実際に狩り効率を格段に上げるようで信じられないほどの一撃を繰り出せたと言う。逆にこの光を敵性の者が浴びると“恐怖”と“畏怖”に包まれ精神が衰弱するという恐ろしい説明も付け加える。

 

 一方で天使様を見て新田さんが「最高位クラスの召喚魔法」だと驚き喜んでいるけど……つまりはスキルでこの人を呼び出したということだろうか。

 

(こんな魔法があるだなんて。それにしても……す、凄い魔力)

 

 見た目は人間。でも明らかに人間ではないナニカ。私は魔力を感じ取る力が高い方ではないけれど、それでも体内に恐ろしいほど濃密な魔力が渦巻いているのは分かる。3人はこの超越的な存在を前にして平然と会話をしているというのに、情けなくも私一人だけ膝が震え崩れ落ちそうになってしまっている。

 

 マジックフィールド外での魔力使用。召喚魔法という未知なるスキル。それらは私のダンジョン知識と常識から大きく逸脱するものばかりだけど、今このときに聞いておきたいことは別にある。足に力をぐっと入れて何とかこらえ、声が裏返らないよう月嶋君に問いかける。

 

「……どうして、今になってこの力を見せてくれたのかしら」

「あぁ、これまでは弱体化によるスキル制限がかかっていたからな。ようやく解除できたのが数日前のことだ。今のスクルドはこの世界の人間が束になっても勝てやしねぇ無敵の存在なんだぜ」

「例の“絶対防御スキル”ですね」


 世界の誰も倒しえない無敵の存在……絶対防御スキル。それはどういうものなのか。スクルドは優雅に立ち上がるものの、目を合わせず一言も発しない。

 

「一度試しにスクルドさんにスキルを撃ち込ませていただきましたが……私程度の攻撃ではダメージはおろか傷一つ与えることはできませんでした。最強フロアボスと呼ばれている“狂王リッチ”の大魔法でも防御を突破することは無理でしょうね」

「スクルドの防御力は召喚魔法の中でも最高クラスだし~、大抵の攻撃は無効化してしまうのよね」


 ついさっきまで第一剣術部の許しを請うべくどうやって月嶋君を説得しようか、それ以前に頭を下げたところで許してもらえるだろうかと不安でいっぱいだったのだけど、こんな常識外の力を使えるとなれば話は変わる。


 恐ろしいほどの魔力が込められた重装備、能力上昇と呪い、絶対防御スキル。持っている力はそれだけではないだろう。この存在を前にすれば第一剣術部をわけもなく倒してしまうことくらい容易に想像できる。でもそれは子供の喧嘩に銃を持ち出すようなもの。これほどの力を何の目的に使用するつもりなのか聞かねばならない。


「そんな……強力な召喚魔法を使ってまで、月嶋君は何をするつもりなの? 第一剣術部との決闘には明らかに過剰すぎる力だと思うけど」


 私の質問に月嶋君は魔力を込めた拳をぐっと握って撃ちだす構えをする。その口から出てきたのは思いもしない答えだった。


「第一剣術部を倒すだけならスクルドの成長を待つ必要なんかねぇ、この拳だけで十分事足りる。オレの狙いは別の奴だ」

「……別の?」

「拓弥さんや利沙さんと同じようにその人も神の力を持つようですよ、カヲルさん」


 スクルド召喚のような特別で強力な異能――神の力。信じがたいことに新田さんにもその力が宿っているという。入学してしばらくそんな存在は二人だけしかいないと考えていたのだけど、他にも何人かいなければ説明できないことがいくつも起こったという。

 

「利沙に問い詰めてみれば……案の定そいつと組んでいたというわけだ。情報を言えないよう“契約”して縛られているともな。今日の決闘はそいつをおびき出し徹底的に叩くための……餌だ」

「出てくることは確定よ、冒険者学校の秩序を壊されるのが我慢ならないみたい。無理もないけどね~」

「クック……だろうな。精神攻撃は多少の対策くらいしてくるとは思うがその程度は織り込み済み。オレとスクルドでボコボコにしてから対策アイテムを剥ぎ取ってやれば、強引に精神支配まで持っていける。それでジ・エンドだ」


 第一剣術部を倒し、次に出てくるであろう八龍まで倒そうとすれば必ず問題の人物が出てくるという。八龍による秩序体制を守りたいというなら貴族様なのだろうか。

 

 本当はもっと早くその人物に仕掛けたかったものの正体が掴めず、また容易に手出しできないほど強いというのでそれも叶わなかった。しかし力をつけて迎え撃つ準備が完全に整った今なら負ける要素はゼロ。完膚なきまでに叩き潰し従属させてやると自信を見せる。


「そいつの処理が終わったら……利沙、分かっているな」

「ええ、そのあかつきには互いに裏切らないよう契約を身に刻みましょう……あの人は確かに強いけど組んでいても大人しすぎてつまらないもの。せっかくならもっと暴れられるパートナーがいいわ」


 燃えるような野心を覗かせる月嶋君とは対照的に、てつくような暗い眼差まなざしをしている新田さんを見て思わずギョッとしてしまう。それに契約魔法を身に刻むだなんて……


「と、いうことだカヲル。今日の戦いを見てオレ達についてくるか決めろ。利沙、皇紀、これが終わったら手始めにこの冒険者学校の支配に移る。八龍を片っ端から従えていくぞ」

「拓弥さんの強さを知らずに飛び込んでくるとは一体どんな間抜け面をしているのでしょうか。捕まえてさらし首にしてやりましょう」

「ふふっ、楽しみね~」


 決闘の開始時刻までもう間もなく。今頃、闘技場には様々な思惑を持った者たちが集まっていることだろう。

 

(どうすれば……状況を整理して考えないと……)


 想像を超えた強大な力。思ってもみなかった決闘受諾の理由。それらを整理しようにも頭がいっぱいとなり、私はその場で立ち尽くすことしかできなかった。

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