第124話 まだ見えぬ実力

 入り口にいた剣道着の女生徒が闘技場の中央に立ち、声を張り上げる。

 

「決闘のルールを説明する。最初に正々堂々と戦うこと。己の技術をぶつけ今後の糧とせよ。次に不殺であること。これを破った者は極大のペナルティを負わせる。次に――」


 決闘のルールは以下の通りだ。


・正々堂々と戦うこと

・不殺であること。

・降参はあり。

・戦闘続行ができないとみなされた場合は、負けとなる。


 これらは一般的なルールなので注目すべきところは特にない。強いて言えば“不殺”を破った場合、立場のある足利であろうと強制的に退学になってしまうため、殺される心配はほぼないと言っていいだろう。後方にはプリーストの先生も控えているので腕の一本くらいなら治してくれるのも心強い。

 

「それでは決闘を始めるが、双方準備はよろしいか」

「待ってください。もしかして……その格好で戦うと?」

 

 顔面以外は全て金属プレートで覆っている足利が、開始直前になっても制服姿のままでいる月嶋君を見て顔をしかめる。足利の腰に差している武器は刃を潰したものではなく、モンスターをも屠る殺傷能力の高い日本刀であるのにもかかわらずだ。

 

 肉体強化がされていても痛覚を遮断しているわけではないので、斬られれば痛みで動きが大きく鈍るし、手首を斬り落とされれば悶絶し気を失うことだってある。ダンエクのようにHPが0になるまでは、まるで無傷かのように動けるのと訳が違う。それゆえに防具は重要になるのだが――

 

「あぁ? 防具なんざいらねーよ。これだけで十分だ」


 そう言って月嶋君が取り出したのは30cmほどの小さな金属製のワンド。兼ねてより召喚使いの可能性が高いと予想していたのでワンドを使うことに驚きはないし、魔法使いなら魔力を阻害する金属防具を付けないことも理解できる。しかしそこで新たな問題が発生する。

 

 こちらの世界では“魔術士は決闘に向かない”というのが常識のようで、観客席で見下ろしていた面々が眉を寄せて不快感を示す。


「1対1の決闘、しかもこの限られた空間で魔術士とは……いやはや。とても正気とは思えませんねェ」

「けっ、期待外れだぜ。俺ぁ帰るわ」

 

 もじゃもじゃの長身の男――“武器研究部”部長、宝来ほうらいつかさというらしい――が首を振って失望した表情を浮かべ、館花にいたっては席から立って帰ろうとする。

 

 闘技場1番は4つある闘技場の中では一番大きいとはいえ、レベル20に達する者達が戦う場としてはさして広いとは言えず、必然的に接近戦を強いられる。そんな状況で魔術士ができることといえば詠唱スピードの早い魔法弾しかない――とでも考えているのだろう。

 

 館花は去る前に相良と楠を横目でそっと見る。動く気配がないことに何か思うことがあったのか、次にカヲル達のいる方へ声をかける。

 

「おいっ、1年。というか周防すおう! テメェは第一剣術部うちに入るんじゃなかったのかよ。何であの野郎とつるんでんだ。何か知ってんのか?」

「これは館花様。私は何も存じておりません。ですからそれを知るためにこの場まで参ったのです。ただ一つ言えることは……拓哉たくやさんは只者ではない、ということだけです」

「なんだと? どういうことだ」


 後ろにいるカヲルも何か心当たりがあるのか考える素振りを見せている。恐らく“力”の一部を見せてもらったのだろう。館花は要領を得ない周防の回答に苛立ちながらも、先ほどまで座っていた席に戻ってドカリと座り込んだ。

 

「だが魔術士がどうやって剣士に勝つってんだ。魔術部、お前はどう考える」

「……対剣士だとしてもやりようはあります。しかしながら魔術への深い理解と、多くの対人経験を積んでいなければ対応は難しいと思われます」

「だよねェ。そう言われてますます期待できなくなったけど」


 第一魔術部・部長の一色いっしきが月嶋君をまじまじと見つめながら館花の質問に応える。剣士の対応には知識と経験が必要、といっても1年Eクラスの生徒がダンジョンに入れるようになってからまだ3ヵ月程度しかなく、ますます期待できないと宝来が嘆く。

 

(プレイヤー同士であっても、この広さで戦うなら剣士のほうが有利なのは間違いない。だけど……)

 

 戦うエリアは約30m四方ほど。剣士の攻撃射程は狭いとはいえ、速攻できるしスキルも全て速射型。防御が弱く、攻撃にもワンテンポ遅れる魔術士が不利になるのは言うまでもない。だけど足利はプレイヤーではないので、やりようはいくらでもある。

 

 そんなことは露知らず、眼下では足利が顔を赤くして怒りをあらわにしている。

 

「期待した私が愚かでした。八龍の皆様方にはお前の血であがなうことにしましょう……」

「それでは決闘――始めっ!」


 立会人が上げていた腕を振り下ろし決闘の開始が宣告される。重武装した足利は身を屈めて抜刀の構え――から、その場ですぐに刀を抜いて居合切りを放つ。開幕と同時に撃ち込まれた魔法弾ファイアーアローを斬ったのだ。

 

 月嶋君は旋回するように走りながら魔法弾を次々と放ち、左手ではマニュアル発動した魔法陣を描くと即発動させる。あれは中級ジョブ【ウィザード】が覚える《ファストキャスト》か。魔法詠唱とクールタイムを短縮するスキルだ。

 

 スキル効果により魔法弾の打ち込む速度が目に見えて増えていく。ここまでは魔術士の戦い方としては定石といってもいい。しかしさすがは第一剣術部の副部長。全ての魔法弾を躱し、あるいは叩き斬って無効化させている。


「小細工ばかりですね。もっと面白いものを見せてくれませんか。この程度ではお呼びした皆様方を楽しませることはできません」

「クックック……なら少しだけ見せてやるか」


 首をこきりと鳴らした後、手を床に向けて魔力を一気に流し込む。すると直径3mほどの円環魔法陣が浮かび上がり、朱色に光り出した。あの魔法陣は――


「赤くたぎる激情の炎よ、オレに従い顕現しやがれぇっ! 《イグニス》!!」


 最初に炎が垂直に噴き出し、うねるように何かの形になったかと思えばそこに現れたのは――身長1.5mほどの二足で立つトカゲだ。盛り上がるほどの筋肉質で、口からは炎がちょろちょろと吹き出し、興奮しているのか太い尻尾を床に何度も叩きつけている。

 

 イグニスは上級ジョブ【サマナー】が覚える召喚獣だ。あれをオート発動したということは、やはり召喚をメインとしたスキル構成と考えていいだろう。一方で突如現れた召喚獣に観戦者達の目が見開かれる。


「なにっ、モンスターだと!?」

「……あれは魔法で呼び出したようですね。やはり他国のエージェントでしょうか」

 

 イグニスをモンスターだと勘違いした館花が脇に立て掛けていた剣へ手を伸ばすが、魔力の流れを見た一色は魔法によるものだと推測する。だが他国のエージェントを疑うということはどういう理由なのか。

 

「エージェントではないねェ。ボクが調べたところ、月嶋拓弥は生まれも育ちも日本だった。孤児院にいた記録を見つけたから間違いなく一般人だョ」

「ならどうしてあんなスキルを覚えている。レベルだってどうみても20前後はあるぞ」

 

(孤児……ね。そういうことになるのか)

 

 俺みたいに誰かの体に入るプレイヤーはその人物の過去を背負って成り代わるが、月嶋君やリサの場合は元の世界の体のまま、こちらの世界に飛ばされてきた。その場合は身寄りがない孤児育ちということになっているようだ。偽造された過去があるというのもそれはそれで興味深い。

 

 あれは何のスキルなのか。レベルがおかしいのでエージェントでないなら何なのか。などと議論になりそうだったが、状況が動き出したため会話が中断する。

 

 足利が月嶋君のいるところまでひとっ飛びし居合切りのモーションに入るものの、イグニスが割り込み、風切り音を立てながら太い尻尾を振り回す。足利は紙一重でかわすが反対側に移動していた月嶋君の回し蹴りを喰らってしまい、ゴンッという衝撃音と共にの字になって数mほど吹っ飛ばされる。


「ぐっ……蹴りだと……!?」

「何を驚く。魔術士でも肉体強化はするんだぜ」

 

 足利が蹴りを避けられなかった理由はいくつかある。モンスターが庇うように動いたこと。魔術士は近接戦をしないという先入観があったこと。それ以上に2対1になったということが一番の大きな理由だろう。

 

 1対1の決闘では剣士に分があっても、2対1となれば話は変わる。ディフェンス能力の高い召喚獣を呼び出せたなら、それなりに詠唱の長い高位魔法を使うチャンスも生まれるし、月嶋君のように近接も魔術も両方できるのなら挟撃や連続攻撃など戦術の幅も広がることになる。

 

 戦況は目まぐるしく動く。イグニスはダメージから回復していない足利に向けて口から指向性のある火炎を吐き、真っ白だった闘技場内をオレンジ色の光に染め上げる。咄嗟とっさに転がるように避けるがそこにも月嶋君の魔法弾が飛んできており、衝撃音が鳴り響く。

 

 2、3発は当たったようだがフルプレートメイルの防御力は伊達ではないようで、すぐに立って刀を構える。

 

「ぐっ……き、貴様ッ! モンスターの力を借りるなど、どこまで見下げた奴なのだ!」

「クック……面白いことを言うやつだな。せっかくお前に合わせて戦ってやっているのに」


 想定していた戦いを全くできずに動揺する足利は、月嶋君を卑怯だと非難するが、召喚獣と連携して畳みかけるような戦いをするのは召喚士の基本的な戦術だ。

 

 とはいえ。先ほど月嶋君が言ったように「足利に合わせて」戦っているのは何のためか。やろうと思えばプレイヤースキルで圧倒できるだろうに、まだそんなスキルは何一つ見せていない。情報流出を気にしている? それなら最初からこんな決闘など受けなければいいわけで。もしかしてここにいる誰かの目を気にしているのだろうか。

 

「失せよぉぉっ、モンスタァー!」

 

 苛立つ足利は障害となる召喚獣を先に倒そうと決めたのか、イグニスに向かって走り出し刀を振るうが、当然月嶋君もただ見ているなんてことはしない。挟むようにして死角に回るとワンドを振って魔法弾を連続で撃ち込む。

 

 その動きに気づいていた足利は急停止して躱すものの、すぐ後ろに迫っていたイグニスのパンチを受けてつんのめ・・・・ってしまい、大きくバランスを崩す。

 

「イグニスッ!」

「グァーーァァア゛!!」

 

 召喚主の声に反応したイグニスが空気を震わすような雄叫びと共に魔力を増大させる。太い尻尾が瞬時に巨大化し、ミスリル合金製の床タイルを巻き上げながら燃え盛る光の鞭となって襲いかかる。イグニスの最大火力スキル《フレイムテイル》だ。

 

 足利は腕をクロスし身をかがめて耐えようとするものの、車がぶつかったような衝撃音とともに壁まで吹っ飛んで叩きつけられてしまった。いくらフルプレートメイルを着込んでいても大ダメージは免れまい。これは勝負あったか。

 

 

 息を呑んで静まり返る第一剣術部。それとは裏腹に、八龍や周防達は初めて見る召喚士の戦いに前のめりになり目の色を変えている。あれほどのモンスターを呼び出し使役することができるのなら、魔術士単独でも状況を問わず戦えるのではないか。対人戦において最強候補になりうるのでは。などと話しているが、そう単純なものではない。


 召喚獣を呼び出すには短いものでも数秒、長いものでは十秒以上の詠唱時間が必要となる。剣士と向かい合った状況でその時間を稼ぐことは至難の業。

 

 足利としては余裕など見せず召喚獣を呼び出す時間なんて与えなければ勝機はあったのかもしれない。仮に召喚させてしまっても多対一の経験があれば冷静に立ち回ることはできたはずだが、狩りでも部活動でもそんな練習はしてこなかったのだろう。慣れていないのが一目瞭然だった。

 

 

 月嶋君は首の関節をコキリと鳴らし気を失っている足利を見て、つまらなそうにつぶやく。

 

「予想以上に弱ぇ。ま、現地人なんざこんなものか……だが。オレに喧嘩を売った代償は高く付くぜ」

「し、失格だ! モンスターなんぞの力を借りて恥ずかしくはないのかっ!」

 

 そこに立会人を務める女生徒が「お前は失格だ」と声を荒げ、奥で見ていた第一剣術部の部員達も怒声を上げてなだれ込んできた。足利に勝てばこうなることは想定していたので驚きはない。むしろここまでは想定通り。

 

 俺が動くべきなのかを聞くためキララちゃんを見ると、相良に小声で話しかけていた。

 

「(相良様。情報を集めるためにはもう少し泳がせたほうがよろしいかと)」

「(一理ある。が、どうなんだ。成海)」

「(まだ実力の片鱗しか見せていないのは確かです。第一剣術部が相手となれば力の一部を使うでしょうが……止めるなら早いほうがいいですよ)」


 プレイヤーなら強力なプレイヤースキルをいくつも持っているはずだけど、そんなものは1つも見せていない。しかし第一剣術部の全員と戦うとなれば何らかのスキルは使わざるを得ないだろう。そのときのスキルや立ち回りを見ればプレイヤーだったときのジョブや戦術スタイルを推測することは可能ではある。

 

 しかしプレイヤーはこの世界の人々が考えるような常識的範疇にいない。仮に最上級ジョブの召喚獣を呼び出した場合、目にしただけでこの場にいる全員が危険な状況に陥ることだってありうる。そんなものを召喚するとは思えないが月嶋君が何を考えているのか分からない以上、被害も予想できないのだ。ならば生徒会長の権限を利用してでも早めに止めた方が無難だろう。止められればだが。


「(あれでも実力を出していないとはな。月嶋が止まるとは思えないが、まずは私が行くとしよう)」


 眼下では殺気立った部員の数人が《オーラ》を放って次々に剣を抜いており、イグニスも召喚主を守るように前に立って唸り声を上げている。このまま見ているだけなら間もなく戦闘に突入するだろう。そこへ相良が威厳のある大きな声を上げて割り込む。

 

「そこまでだ。立会人に代わり生徒会長である私がこの決闘を差配する。勝者は月嶋。見事であった」

「しかし相良様! こやつはこの神聖な闘技場にモンスターを呼び寄せ、さらには貴族である我々を――」


 勝者である月嶋君を称える相良に部員達が一斉に食って掛かる。そんな裁定を受け入れるつもりはない。足利が負けたことは絶対に認められない。などと言って誰一人として剣をしまわないが、正直第一剣術部はどうでもいい。問題は月嶋君に止まる気があるかだ。


「ごちゃごちゃとうるせぇ。こいつらを始末した後はそこで高みの見物をしてるお前らの番だ。この場にいる奴は誰一人逃がすつもりはねぇから覚悟しておけよ」


 あろうことか八龍にまで喧嘩を売ってきたか。それを受けて館花や一色あたりは逆上し飛びかかっていく――と思いきや、鋭い目つきで見返しているだけ。いたって冷静なその様子に少しだけ安堵する。

 

(しかし思っていた通り、悪い方向へ事が進んでいくな)


 月嶋君は八龍とも戦うつもりでいるようだが、学校の秩序を壊してまで何を狙っているのか皆目見当がつかない。

 

 八龍の怖さは個や派閥としての強さだけではない。国政にも影響を与えるほどの大貴族の嫡男嫡女ばかりで、やろうと思えば日本を代表するような武装集団、暗殺組織をも動かすことも可能だ。そんなのと対立すれば必ず周囲を巻き込む。

 

 たとえ一時的に退けられたとしても貴族システムを採用する日本で貴族と敵対すれば平穏とは程遠い生活を余儀なくされる。だからこそ俺はゲーム知識というとんでもないチートを持ちながらも、できるだけ目立たないようにしていたわけだが……その状況になってもかまわないほどの何か・・がこの場にあるのだろうか。

 

 すでにゲームストーリーからは大きく逸れてしまっているが、それでも八龍さえ存続するならまだ望みはある。天摩さんや久我さんを救うためにも、迫りくる厄災から多くの人達を守るためにも、そしてカヲルが無事ヒロインとなって夢を掴み取るためにも、これ以上好き勝手に壊させるわけにはいかない。

 

 ――と奮い立とうとするものの、すぐ向こうで顔を紅潮させ恍惚の表情になっている世良さんが視界に入り、げんなりしてしまう……はぁ。

 

「(成海はまだ行くな。私が奴の実力を引き出してみせるから対策に役立ててもらいたい)」

「(さ、相良様……それならわたくしも――)」

「(くすのきは我らでも止められぬときの保険だ。そのときはお前が外部に連絡し指揮を取れ)」


 そう言うと相良は金色に光る生徒会長バッジをキララちゃんに託し、革製のグローブを手早く付けて戦闘の準備を急ぐ。身を挺してまで俺に情報を集めさせるとは見上げた根性である。

 

「(分かりました会長。だけど危なくなれば勝手に割り込ませていただきます)」

「(……よろしく頼む)」

 

 白いローブに身を包んだ相良は軽く頷いてから観客席から飛び降りる。そして月嶋君と第一剣術部の双方を眼鏡越しの鋭い目で睥睨へいげいして静かに怒気を放つ。

 

「私の指示に従わぬなら容赦はせんぞ」

 

 戦闘モードの生徒会長を見て顔色を悪くする第一剣術部の部員達。ゲームでは暗愚かつ無能という散々な評価であった相良だが、少なくとも聡明な人物ではあるようだ。なら強さの方はどうなのか。遠慮なくその戦いを見させてもらおう。

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