第67話 期待の星

「よし。クラス対抗戦ミーティングを始めんぞ」


 ホームルームが終わって放課後の時間。普通なら解散となるが今日はクラス対抗戦に向けてミーティングをやるとのこと。


 教壇の前でクラスメイトを睨みながら話すのは、クラス投票によりクラス対抗戦のリーダーに任命された磨島まじま大翔ひろと君。口調は砕けていても、短めに刈り揃えられた髪はワックスで丁寧にセットされていて姿勢も良く、上流階級の雰囲気を放っている。Eクラスでは彼と赤城君が二大リーダー格として持て囃されているのだ。

 

「知っての通り、クラス対抗戦は1週間かけてダンジョン内で行われるクラス同士の……死合いだ。上のクラスと実力差はあるだろうが、どうせ負けるなどと思ってやる気を出さない奴は俺が直々にぶっ潰す。覚悟しておけ」

 

 《オーラ》を使って威圧してくる磨島君。レベルは5か6くらいだろうか。それでもほとんどのクラスメイトよりレベルが高く、効果は覿面てきめんのようだ。放課後ということでだらけ気味だった皆の顔が一気に引き締まる。

 

「まずは今年の対抗戦の種目の説明をする。立木」


 磨島君が後ろに控えていたインテリメガネに目配せをする。副リーダーとなったのは勇者パーティーの参謀こと立木君だ。今回のクラス対抗戦は磨島君と立木君の二人が中心となり引っ張っていくことが決まっている。

 

「それでは資料を見て欲しい」


 立木君の指示の下、ミーティング前に配られた手元のプリントを一斉に見るクラスメイト達。そこにはクラス対抗戦で行う種目とその説明が書かれていた。

 

 ・指定ポイント到達

 ・指定モンスター討伐

 ・到達深度

 ・指定クエスト

 ・トータル魔石量

 

 クラス対抗戦は上記の5つの種目にクラスメイトを振り分け、点数を競っていく。クラス単位で挑む最初の試験だ。

 

「ではこれらがどんな種目なのか、概要を説明していこう」

 

 最初の「指定ポイント到達」というのはダンジョン内の指定された場所へ到達すれば点数が貰えるという種目だ。判定は試験専用のGPS端末にて計測。着順に1位から5点、2位が4点、ビリでも1点。棄権すれば0点というように点数付けがされている。

 

 指定ポイントは毎日指定され、日ごと階層が深く、難しくなっていく。Eクラスでは終盤での到達がほぼ不可能と予想されるため、指定階層が浅い初日から中盤に掛けての期間でどれだけポイントを稼げるかが勝負所となる。


「他のクラスはこの種目を隠密系スキル持ちの【シーフ】で組んでくるだろう。僕達も試験までにジョブチェンジ組を増やしたいところだが――」

 

 邪魔なモンスターといちいち戦ってたらキリがない。そのためモンスターに気づかれにくくなる《隠密》というスキルがこの種目では重要となってくる。ところがEクラスのほとんどはジョブチェンジできておらず、大きなハンデを背負って臨まなければならない。

 

 

 次に「指定モンスター討伐」の項目の説明。

 

 その名の通り指定されたモンスターを倒せとのことだが、これも日が経つにつれ指定されるモンスターが強くなっていく。1体しか現れないモンスターが指定されることは無いため、どこのクラスが最初に倒したかは問題にならない。安全かつ確実に倒していけるグループを作る必要がある。

 

 討伐した指定モンスターの魔石を端末に当てれば自動でチェックしてくれる機能があるため、点数計算も自動で行われる。

 

「より強いモンスターを倒せるよう、戦術理解度が高いグループを作って臨みたい。したがってこの種目だけは僕と磨島のほうでメンバーを決めるかもしれない」


 一般的に人数を増やせば戦闘力も増えるものだが、難敵を相手する場合や安全、確実、迅速になどという条件を求めるならば少数精鋭のほうが良いときもある。そこら辺りを考慮するなら赤城君か、磨島君の固定パーティーでいくのがベターだろう。


 

 次の項目の「到達深度」は試験期間中にどこまで潜ることができるかという種目。とにかく奥の階層へ進むほど点数が入る。帰りの時間は考えなくてよいとのことだ。

 

 7階くらいまでならメインストリートを歩いていけば敵とほぼ遭遇せずに到達できるが、そんな階層では他のクラスと差は生まれない。おそらくメインストリートを歩いていても戦闘が起こる10階以降の階層が最低ラインとなる。だからこそ――

 

「この種目は、たとえ僕らのクラスの最高レベルを送ったとしても勝てないだろう。点数配分は大きいが、ここは参加賞だけ狙っていく」


 到達深度は上位クラスの独壇場となるのは間違いない。Aクラスには高レベルが揃い踏み、Dクラスでさえ刈谷のようにレベル10を上回る生徒もいる。Eクラスとしては参加賞だけ狙って主力を他の種目に回す、という作戦は妥当だ。


 そしてこの種目には、1位の半分の階層以下しか到達できないクラスは失格となる厳しいルールもある。Aクラスのレベルから考えても8階くらいまでは辿り着かないと参加賞すら厳しい。


 ならばいっその事、誰も登録しなければいいと考えてしまうが、参加者のいない種目を作ることは認められないため、誰かに貧乏くじを引いてもらう必要がある。その辺り立木君はどう考えているのか。

 

 

 4つ目の「指定クエスト」は指定されたモノを取ってこいという種目。

 

 冒険者ギルドでも似たようなクエストが出されている。あれと同じで「ダンジョン産鉱石を取ってこい」「特定モンスターのドロップ品を持ってこい」というような内容だ。この種目をクリアしていくには戦闘能力だけではなく、ダンジョン知識もそれなりに求められる。ただ、端末の使用も認められているので、そのときに調べたり教え合えばいいだろう。

 

 

 最後の「トータル魔石量」は、クラス対抗戦の期間中にクラスが獲得した総魔石量で勝負する種目だ。全種目の中で一番点数配分が大きく、最終的に1位を取れば他の種目の倍ほどの点数が入ることになる。Eクラスとしても最重要種目と言える。


 魔石は最終的に集めた量と質で順位が決められ、買い取り価格が高いほど、また多く集めれば集めるほど評価が高くなる。しかし、Eクラスは他クラスよりも弱いモンスターしか狩れないため必然的に質より量で勝負せざるを得ない。

 

「この種目は他の4つの種目で得た魔石もカウントされる。つまり、どの種目に配属されても余った時間で魔石を集めてもらうことになる。そして」


 これとは別に、一番格の高い魔石を持ってきたクラスにはボーナスが加算される特別ルールもある。だがEクラスがそんな強いモンスターを倒せるわけもなく、このボーナスは最初から無いものとして扱うそうだ。

 


「立木、ご苦労。ではメンバーの振り分けだが、最初に希望を聞いておこう」


 磨島君の合図により小さな用紙が配られる。これに名前と5つの種目の中でやりたいものを書いて提出せよとのことだが……さて、どれにしよう。普通にトータル魔石量あたりでモブらしくしておくのが一番いい気がする。逆に着順を競う指定ポイントのような忙しい種目は遠慮したいものだ。

 

「でもさ、到達深度ってなんだろ。やりたいヤツなんているの?」

 

 クラスメイトが、当然の疑問を口にしてきた。到達深度は先ほど立木君も「捨てている」と言っていたように、Eクラスでは勝ち目が無い種目。参加賞の得点だけは取りにいくようだが、それが貰える階層に行くにもリスクが伴う。

 

「やっぱり、使えない人がやるべきだよねー。他のクラスについていけば参加賞くらい貰えるでしょ」

「使えないヤツって……久我かブタオのどっちかじゃん」

「でも、あれ? 久我のレベルが6になってるぞ」


 何やら不穏な空気になってきた。俺と久我さんが槍玉に挙げられているが、久我さんは《フェイク》の表示を変えて早速レベル6にしてきた模様。そんないきなりレベル6とかにして大丈夫なのだろうか。バレても知らないぞ。

 

「マジで? 計測してなかっただけかよ。ということはブタオに決定じゃん」

「クラスのためだと思って頼むぜ、ブタオ」

「ちょっと! みんな待っ」


 サツキが何か声を上げようとしたもののリサがすぐに手を引っ張って制止させた。そしてこちらを見て頷く。もしかして俺に到達深度をやれということだろうか。

 

 ゲームのときもクラス対抗戦というイベントは用意されていて種目も選べたが、その中でも到達深度は最難関種目だった。勝てばヒロインの好感度が上がるなどの特典はあれど、この序盤で上位クラスの最高位戦力と競うなど、ほぼ無理ゲー。刈谷イベントと同じく2週目専用イベントと評されていたほどだ。

 

 もちろんリサは勝てと言ってるわけではないだろう。では何が狙いなのか。さっぱり分からん。

 

「成海ぃ、やってくれるか? Eクラスの未来がかかっているんだ」

「えっ、未来?」


 どうしたもんかと考えていると磨島君が俺の肩をポンと叩いてきた。Eクラスの未来とか言ってるけど、どうみても厄介事を押し付けてるよね? まるでヤバイところに出向させられる社畜の気分だぜ。

 

 でもまぁどうせ誰かがやるのだし、それならば引き受けてクラスメイトの好感度を稼いでおくのも悪くないかもしれない。

 

 それに一人でやれるなら気が楽というのもある。端末を階層入り口にあるロッカーにでも預けておいて、余った時間は自由に行動させてもらいましょうかね。あれ? そう考えると美味しい気がしてきたぞ。



 みんなのためならば、といった感じに見せかけて了承すると、磨島君は「お前こそ期待の星だ」と機嫌良く肩を叩いてきた。到達深度はクラスのリーダーとしても悩みの種だったのだろう。それが解決して気分よく進行してくれるならこちらとしても引き受け甲斐があったってもんだ。


「成海以外はその用紙に希望種目を書いて俺か立木に渡してくれ。今日はこれにて解散する!」


 各種目のグループは各個人の希望と戦力バランスをみて決めていくのだろう。今後はグループごとに集まって作戦会議なりダンジョンダイブするとのこと。ボッチ種目に参加する俺には関係無さそうだけど。


「サンキュー、ブタオ」

「参加賞だけは死んでも取って来いよ!」

「これで足手まといの処理は片付いたな」


 ふぅ、クラスの役に立つというのも気分がいいもんだぜ。ふんふんと妹譲りの鼻唄を歌いながら帰りの支度をしていると――

 

「ちょっと」


 不機嫌そうでありながらも、聞き取りやすく透き通った声色。そしてこの呼び方は幼馴染のカヲルだな。何か用だろうか。


「あんな安請け合いして……大丈夫なの?」


 安請け合いとは到達深度に決めたこと言っているのか。参加賞くらいは余裕で取って来られるのでその点は心配無用だ。


「大丈夫だ。他のクラスについていって参加賞だけは必ず取ってくるさ」

「……もし戦闘にでもなったら、死ぬのよ?」


 それで何かあれば華乃が悲しむと柳眉を下げる。確かに俺のレベルがデータベースの表示上通りなら、参加賞を取ってくるだけでも危険が伴う、か。

 

 ブタオ視点でのカヲルはそっけないようにみえても、本来は面倒見の良い女の子。気苦労が絶えない性格とも言うが、心配させてしまったのは悪い気がするな。

 

「今度7階まで行くことになってるの。それで日曜日に――」

「カヲル。クラス対抗戦は俺と組もうぜ」


 何か言おうとしていたカヲルの言葉は、しっとりとした低めの声により遮られる。見れば金髪ロン毛が髪をかき上げながら近づいてきた。


「どの種目でもいいぞ……って、セクハラでもされてたのか? 何かされたら俺を頼れよ。ワンパンでぶっ飛ばしてやるから」

「……そんなんじゃないわ」

 

 こちらを訝しむように睨んでくる月嶋君。というか“また”ってなんだよ。俺は高校入学以降、セクハラなんてしたことはないはずだぞ。たぶん。

 

 一方のカヲルは、表情からして機嫌が急降下しているようにみえる。この分だと月嶋君は全く攻略が進んでいないようだ。とはいえ、ダンエクのヒロインは大抵チョロイン属性が付与されているため、この後も同じとは限らない。しかし――


 とうとう俺の目の前でも隠すことなく口説くようになってきたな。ブタオマインドが酷くささくれ立ってしまうじゃないか。カヲルとは無理に近づかず距離を置いていたので、この強烈な恋心も少しは落ち着いてきたと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 

 見ていてもモヤモヤとして気分が悪くなりそうなのでもう帰ってしまおうかと逡巡していると、背後からリサとサツキがとても親しげに話しかけてきた。


「お疲れ様~。でも期待の星って……ふふっ」

「もうっ、みんなソウタに押し付けて。酷いよねっ」


 最近協定を結んだことで、ダンジョン内外問わずとても仲良くしてもらっている。そんな彼女達に話しかけてもらえただけで気まずい空気が浄化され、活力が漲ってくる。ありがたいことだね。

 

「ねぇねぇ、日曜日は空いてるかな~。買い物に付き合ってほしいのだけど~」

「あれっ、早瀬さんと月嶋君? 何か話してたのかなっ」


 サツキが俺の近くに立っていたカヲルと月嶋君に気づき、顔を見比べる。


「……別に。私はもう帰るから」

「おいっ待てよ、カヲル」


 きびすを返すカヲルと、後を追う月嶋君。そんな二人の後ろ姿を見ていると再びモヤモヤとしてしまうのだった。

 

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