第267話 自分の主義

「っ!?」



 発声による衝撃波。

 見れても意味のない音の攻撃。

 頭を揺らすほどの音が判断を鈍らせる。

 目の前に迫る、黒く、大きい影。



「……あ」



 目は閉じなかった。

 閉じなかったのに。

 見えていたはずなのに。

 「逃げろ」という指令出すことができなかった。

 景色を見ているだけ。

 まさかビー・フォーさんが迫ってきていても、それだけ・・・・としか判断できなかった。

 見切りの効果で、振り上げたこぶしが迫ってくるのがわかる。

 それと同時に、口が動くのが見える。



ったぁ!!」

「ヤラセナイ」



 っ。



「イオラさんっ!」

「クッ……」



 両腕を揃え、拳を一心に受け止める。

 私が避けられなかったから。

 イオラさんの身体とビー・フォーさんの拳がぶつかった瞬間、またも衝撃波が部屋全体に巻き起こる。

 一陣の風とも取れるそれが、威力を物語る。



「ほう! 儂の渾身の一撃を全身とはいえ受け止めるか!! 貴様、見どころあるぞ!」

「チッ……ウル、サイ……ッ」



 力比べ。

 耐えてはいるが、イオラさんは段々体勢を崩してきている。

 そう長くは持たない。

 狙うは、頭部。



「≪隔絶された水槽≫」

「っ!?」

「ハッ……、馬鹿力ガ」



 頭の身を水槽で囲う。

 突然息が途絶え、泡を吹いて視界を途切れさせた。

 死からも抜けたのだろう、イオラさんは力比べから抜け出し、荒れた息を整える。



「っ、避けて!」



 細かい泡を吹きながら、気配を追ってきた。



「なっ、なっ」

「命知ラズカ……」



 なんだそれ……。

 頭は水槽で囲まれたまま、目を閉じたまま、呼吸を塞がれたまま。

 頭が真四角状態のまま、蹴ってきた。

 足の方が射程が長いし、おおよその気配で狙うことができる。

 冷静だ。



「……っ」



 耐えられなくなって、≪水槽≫を消す。



「あぁ……? なんだ、貴様。なぜやめた?」



 イオラさんも真顔のまま、私を見る。

 ビー・フォーさんと同じことを思って、問いたいのだろう。



「私は……殺せませんから」



 正直に言えば、「わけのわからないことを」と顔で語られる。



「私は殺しません。今はこういう状況だから危険な状態にはさせてしまいますが、絶対に殺しません」

「な、にを、甘えたことを!! これは戦いだ! 殺し合いだ! 自分の主義・主張を貫くための! 戦争だ!!! 儂を殺さずにどうにかできるとでも思っておるのか!!」



 「不愉快だ!」と地団駄を踏む。

 衝撃が体を揺らすが、心は揺るがない。

 イオラさんに目を配る。

 伝わるかはわからないが、手を出さないでほしいと。

 今だけ。

 少しだけ。

 一対一で。



「『自分の主義・主張』を貫くための戦い。その通りです。だから、私は『殺さない』主義を貫くために、あなたを殺しません」

「やって……みろおおおおおおおおおお!!!!」



   ≪イズ身体強化サーズ

   ≪アム身体強化サーズ



 怒りのままにより早くなったビー・フォーさんの拳を見切る。

 上から振り下ろされる。

 胴体の下に潜り込むように躱してしゃがむ。

 後ろへ転がり、両足をビー・フォーさんの骨盤へ添える。



「ふっ」



 両足を突き上げた。

 その頃には腕は床を抉ろうと体が前屈みになっていて。

 つまりそれは、体重を前方へのせていて。

 骨盤を蹴り上げたことで、ビー・フォーさんの身体は背中から倒れるようにバランスを崩す。



「ぬんっ!!!」



 片腕一本を軸に、倒れた胴体を両足を先について踏ん張る、ブリッジ。



「柔らかいな」



 思わず声が漏れた。

 ブリッジの体勢で着いた足を、ばねのように弾いて振り下ろされる。

 体を捻って起き上がる。

 間一髪で足が降ってきた。

 床が抉れる。

 突き刺さった爪先だけで体を起こした。

 右手で左腕を捕まれ、つるし上げられる。



「ぐ」

「捕まえたぞ!!」



 痛い。

 けど、まだ大丈夫。

 右足で頭部を目掛けて蹴る。



「ふん!」



 左手で掴まれる。

 掴まれると思った。

 予想通り。

 両手を塞いだ。



「引きちぎってやる」



 左手と右足を捕まれ、真横に引き伸ばされる。

 痛い痛い痛い。



「う……っあ」


 いっそのこと一思いにやってくれと思うぐらい、じっくりと伸ばされる。

 嫌な性格してる……。

 意識が飛びそうになるけれど。

 右手で隠し持っていた武器を、腕に刺した。



「ぬ?」

「……っ、≪奪え≫」

「ぬ、ぬぬぬぅぅぅううううう!!?」



 武器。針。特性は『吸収』。

 闇属性や、スグサさんが常日頃からやっていること。

 針の端についた鈴が鳴る。

 私の腕を掴むビー・フォーさんの自慢の腕が、みるみるやせ細り、骨と皮だけになっていく。



「はぁ!!!」

「うわっ」



 何を感じ取ったか、直上に投げ飛ばされた。

 腕がやせ細ったおかげで刺した穴が緩み、針は握られたまま。

 そして反射的に対応できない私を、イオラさんが搔っ攫うように空中で抱き留める。

 ビー・フォーさんと距離を開けて着地。

 すぐに下ろされた。



「ぬ……ふ、くそ……!」



 痛みが、あるのだろうか。

 玉のような汗が垂れて、ビー・フォーさんの足元が湿る。

 私を掴んでいた右腕は垂らされ、肘から指先にかけて骨と皮だけになっている。

 出血はない。血管は浮き出ている。

 肘から肩や他の胴体の部分は筋肉隆々だというのに。



「何をした!!?」



 怒声が飛んで来た。

 髪が後ろへ流された。

 血走った目が私を捕らえる。

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