第172話 行方不明者
人の声も影もない静かな場所に導かれる。
研究に必要な部屋なのだろうが、どうにも人気がなさすぎる。
物がぞんざいに置かれ整理がなっていない。
まるで使わなくなったものを適当に置いているような。
「……ん」
あ、喋っちった。
≪目移らせ≫の効果が切れた。
辺りを見回しながら歩いていると、魔力を感じた。
人間……にしてはなにやら異質だ。
何とも言い表せないが、普通ではない。
何かを混ぜたような、歪な感じ。
普通の人間の魔力ならば対応できたが、そうではなかったので気になってしまった。
バラファイを見れば壁に留まっている。
待ちの姿勢。
なんて物わかりの良い奴だ。
一人爪先の向きを変える。
魔力のする方へ。
整っていないからこそわかりやすい。
人気がないからこそ、少しの魔力でも明確に察する。
ゴミ山の間をすり抜けて、たどり着いた先は一つの麻袋。
決して小さくはないそれは魔力を発している。
そして、微かに動いている。
周囲に何も気配がなことを確認して、開ける。
空け口から見えたのは、この建物に来てから何度も見る白。の、毛。
そして耳。
中を覗き込めば顔がある。
たぶん男。
頬がコケてる。
意識はない。
そして何より、透けてる。
なんか……見覚えが……。
―― ……え?
「ん? どうした」
―― ちょ、ちょっと、顔を見せてください。
珍しく慌てたような弟子の声。
≪嘘つきな鏡≫を使っていたら表情が変わっていたかもしれないと思うほど、声に感情が乗っている。
何か思い当たることがあるのだろうか。
その答えを得たいがために、袋に詰められた奴の顔を見る。
―― うそ……。
「知り合いか?」
―― ……お城、の。機能訓練に来ていた、負傷兵の、ルタさんです……。
ルタ。
と言えば。
家から姿を消して、王子サマが探していると言った奴か。
見た目にけがはないものの『心の怪我』だとかを患っているという。
それが、こいつか。
―― なんで、こんなところに……。
「さあてな。まあ、碌な理由ではないだろうさ。こんな姿だし」
ルタという奴はただの人間だった。
いや、人間でしかない。
死んだ奴が生き還って普通に生活しているなんてことは、現状はまだ行われていない。
それは王子サマたちを見ればわかる。
出なければどんな可能性があるのか。
この獣の耳が物語っている。
頭から生えている耳。
これは人間ではありえない三角形。
それも頭。
目の上方に生えたもの。
人間ならばあるはずの所には……ない。
耳の形が違うだけで人間と呼ぶかそうでないかは、判断する奴次第だろうか。
別に耳の形が違ったところで人間を定義するわけでもない。
耳があっても聞こえない、それでも人間だ。
では、耳という機能が備わっているが形が違う。
それは人間か?
……こいつがどう思うか。それに合わせるか。
≪虚空≫
麻袋から出して収納する。
普通に運ぶには重いし、怠いし、面倒だし。
この中は息できるからいいだろう。
―― 連れて行ってくれるんですか?
「んぁ? ああ、そうだな。一応息はあるし、ここがやっている研究についても何か知れるかもしれん」
瀕死なようだが、死んだらそこまで。
一応生きているなら連れて行ってやる。
コイツを調べれば、ここで何が行われていたのかおおよその察しが付く。
研究結果が一番の研究資料だ。
≪虚空≫の中に入れて行けば重くないし、怠くないし、面倒くさくない。
うん。
一応周囲を見ると、同じような麻袋が何十個もあるのがすぐにわかる。
大小あるが、魔力を感じるものはない。
中身は見ないでおく。
同じ袋がこうもまとまっておいてあると、同じようなモノが入っているだろうと考えてしまう。
それなのに魔力を感じないということは……そういうことだ。
空になった麻袋の中身に魔法で作った人形を詰め込む。
魔法の名前は≪一人遊びの優れた相手≫。
人形を作り出すだけの魔法だが、今みたいに木偶を詰めるだけなら有用。
髪の毛を媒体にしたから私の手を離れても魔力がある限りは残る。
「いいな。行くぞ」
―― はい。ありがとうございます。
なんの礼だか。
≪目移らせ≫を使って、手ぶらで元の場所に戻る。
暇なのかふわふわと自由飛行をしていたバラファイは、私様を見つけると一直線に跳んできて、顔に纏わり付いてきた。
本気で止めろ。
鱗粉でくしゃみが出そうだ。
それを言うこともくしゃみをすることもできないことを分かっての仕打ちだろう。
待ちくたびれたことによる抗議だろう。
しょーがねーじゃん、と顔を思いっきり顰めてやった。
あいつ、あとで覚えてろよ。
怒り任せに羽を動かし、先へ進んでいく。
入り組んだ先にあるのは、『業者用出入口』と書かれた大小の扉。
例の如く、扉の横のスイッチに魔力を流すことで、開閉される仕組みの様。
幸い、今は誰もいない。
バラファイが魔力を流し、小さいほうの扉が開かれる。
素早く外に出た。
見渡す限りの緑色の草原。
後ろを向けばどっかの城ばりにでかく、入り組んだ建物。
土地の中央、かつ一番高い塔には立派な鐘がついている。
ご丁寧に時計もある。この明るさと時計の時間は……ふむ。昼か。
……ん? 昼?
―― ……どれくらい、寝てしまってたんでしょうか……。
……さあてなあ。一日以上は経ってるかもしれんな。
試合開始が昼だったのだからなあ。まさか当日ということはないだろう。
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