第138話 一方通行

 最敬礼して相手の返答を待つ。

 本当に巻き込んでいるだけなので、正直、断れれば強くは引き止められない。

 あの研究員たちだ。

 死者を蘇らせるために他人の魂を平気で使う人たちだ。

 見つかっても怒られるだけ、とは言えないだろうことは容易に想像がつく。

 ここでナオさんに断られれば、魔法陣の中に行くことは難しくなる。

 スグサさんならなとかなるかもしれないが、言い訳ができないのでできればやりたくない。

 というか、私一人が行動してて、研究員に見つかってしまえば、もう学校では過ごせなくなってしまうかもしれない。

 ……それは、嫌だなあ。

 折角楽しいのに。


 でも。

 それでも。

 寝たきりの人がたくさんいて、もしかしたらまだ動けるかもしれない人がたくさんいるこの状況について、原因やヒントがあるかもしれないないのに引き下がれない。


 おおよそ斜め四十五度。

 ナオさんの反応を待つ。

 足元にある影は動きを見せず、ただただ時間が過ぎる。

 夏場の日差しは暑く、汗が顔を伝う。



「……どうして?」

「どうして、とは」

「ここの人たちと、ヒ、ヒスイさんは、まだ会って数日、でしょ?」



 いつの間にか丁寧語が外れている。

 微かにうれしく思いながら、起こした頭の中で投げられた疑問を反芻する。



「そうですね。今日で五日目。でも日数なんて関係ないですよ」

「じゃあ、なんで?」

「……そうですね。言われるまで考えてはいませんでしたが」



 うん。

 たぶん。

 これが理由。



「気に食わないんですよ。研究員のやっていることが」



 もし。

 もし本当に、私やクザ先生が考えている通り、研究員が寝たきりに関わっているとしたら。

 また、『生きる自由を奪う』行為をしている。

 私から前の世界での人生を身勝手に奪ったように。

 療養院の人から『残りの時間』を奪っている。



「人の人生に茶々入れて来るなら、向こうが人生のうちでやっていることに茶々をいれても文句は言えないだろうと思いまして。だったら思う存分やらないと損じゃないですか」



 一言で言えば、やられたらやり返す、というだけの話。

 もちろんだが、ナオさんたちは『ヒスイ』の出自については話していない。

 だから今話した内容も、「何言ってんだコイツ」とか思われているかもしれない。

 それでもいいけど。

 聞かれたことに答えただけ。

 それで納得出来ても出来なくてもいい。

 お願いしている立場だから、ただ誠実でいたかっただけ。

 頭をあげてしまったので、再度下げるのは格好がつかない。

 そういう問題ではないが、なんとなく、ナオさんの目がある辺りを見つめる。

 ナオさんも前髪で目がほとんど隠れているので、私と二人でいたら目隠し同士。

 今日は療養院の人たちの前には出ないから布はなくてもよかったが、三つ編みして顔を隠すのも面倒だったので、結局布を巻くことにした。

 結果、お揃いの見た目となってしまった。



「……わかった」

「協力してくださるのですか」

「うん。……じじたち、何とかしてあげたいし。ヒスイさん、必死、みたいだから」

「……ありがとうございます」



 必死か。

 私は今、必死に見えるのか。

 言われて、腑に落ちた。

 「気に食わない」と言っておきながら。

 どっちが本音なのやら。



「あそこに見える魔法陣です。二人分の魔力が必要なので、入ったら即座に発動できるようにお願いします」

「わ、わかった」



 善は急げと言わんばかりに、先程までの雰囲気は一蹴して行動に移す。

 いつもは昼に来るからと言って、今日に限って昼より先に来るという可能性もなくはないのだ。

 早めに済ませてしまいたいというのは本当の本音。

 お互いに見えていない目を合わせ、同時に掛ける。

 魔法陣の中に足を入れたと同時に魔力を流し、魔法陣が起動する。

 ギルドの時と同じように、光に包まれて、景色が切り替わった。

 地下だとはわかっていたので驚きはしなかったが、まあ見事に洞窟だった。

 それも、背面は行き止まりの一方通行。

 わかりやすくて何より。

 透視の魔法が込められているから見えているが、布をずらして肉眼で見れば一寸先は真っ暗闇。

 ナオさんには見えていないかも。



「ヒスイさん……見えますか?」



 こちらを向くナオさん。

 口ぶりでは景色は見えていないようだ。



「明かりがあります。目を閉じていてください」



 周辺に人がいないことを目視で確認し、ポケットからランタンを取り出す。

 火の魔法で灯し、明かりを感じたナオさんゆっくりと目を開けた。ようだ。



「動けますか?」

「うん。大丈夫。です」

「では、後ろについてきてください。出口の魔法陣がないか確認もお願いします」



 もし見当たらなければ別の手段で脱出しなければ。

 辺りは土だし、土属性魔法を使えば何とかなるかな。

 学校には申請出していないけど、ナオさんなら内緒にしておいてくれないかな。

 なんて考えながら、整っていないけれど踏み固められた一本道を進む。

 正面からだれか来たら即終了だが、あっちこっちに行って時間を食われないのはいいことだ。

 黙々とただ導かれるように進んでいく。

 幸い、人の気配はなし。

 景色は変わらないし日の光もないので、どれくらい歩いたのか。



「……っと」

「行き止まり、ですか」



 一歩通行も何も。

 何もなかったというオチがついてしまった。

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