第60話 絶対バレない
試験の日。
この世界では、基礎学校を受験する生徒には保護者が同伴するそう。
私の保護者は殿下だ。
だが殿下も生徒だし、むしろ殿下の子供的な立ち位置になって騒ぎになりそうなのでナシ。
次の候補はクザ先生。
仮にも医術師見習いとして師匠と仰いでいるが、クザ先生もこの学校の先生なのでナシ。
カミルさんは治療期間を終えて仕事に復帰しているため、またついてきてもらうのは気が引ける。
となるとアオイさんかロタエさんだったのだが、二人が話し合って、結果アオイさんに同行してもらった。
受付を済ませて案内された場所は、殿下が連れてこようとしてくれていた訓練室①。
中には数人の生徒がいて、一人だけじゃないんだと安心したような、緊張したような。
広いスペースに整列された椅子がセッティングされていて、各々で固まって座っている。
いつものローブとは違って私服のアオイさんだが、魔術師団長というのは顔も広いようで、部屋に入った途端に静かだった部屋はざわつき始めた。
「ねぇ、あの人……」
「アオイ・ベイト様!?」
「魔術師団の団長じゃないか!」
かなり有名なようだ。男性にしてはすらっと細身で、背もある方だしモデルみたいだものね。
表情も柔らかいし。団長だし。
さすがに試験前だからか近づいてくる人はおらず、遠巻きに決して小さくはない声が聞こえている。
本人は全然気にせずどこに座ろうかと辺りを見回している。
声にも気付いてそうだけど。
室内には教壇っぽいものがあるがあり、そちらに向かうように椅子が十何脚と置かれている。
いても数人かと思っていたのだが、他国から引っ越してきた人たちや、長く家庭教師を雇っていて、実技は学校でという家庭も何組かいるようだ。
煌びやかな服装の人たちが多く、貴族的な人たちなのだろうとすぐわかる。
両親とも来ている人も、片親だけでも豪華な服だ。
試験の後はパーティーでもやるのかな。
どこに座るか。
提案された場所は扉から一番遠く、ただし前の方の席。
教壇っぽいものから話す人からは意外と死角になる場所だ。
前だから他の受験生も近くにはいない。
壁沿いに進み、なるべく人を避けるようにして移動する。
しかし、視線は刺すように届き、声は鼓膜を震わせる。
「一緒にいる人は誰なの?」
「ご兄弟がいるなんて話は聞いたことがないけれど……」
「辛気臭い上に怪しい恰好をしているな」
怪しい恰好に思われるかもしれないと思っていました。
宣言通りの前髪編み込みで片目を隠し、長すぎる後ろ髪も緩めに三つ編みしている。
裾が足首近くまであるローブを着て、フードも被っている。
顔どころか体型も頭も見えない格好だ。
本当はローブは着なくてもよかったんだけど、しばらく被っていたらすっかりこれがないと落ち着かない体になってしまった。
あったかいし、フードも好き。
角にアオイさん、とその後ろの椅子に腰を落ち着けた。
「緊張してる?」
周りには聞こえないように、口元に手を当てている。ので、同じようにした。
「少し」
「実技の方は僕が保証するよ。筆記の方は、最悪、頼りになる人がいるから」
「ああ、なるほどー」
「満点以外取れないよ」
もちろんやらないけども。
なんなら頭の中で「ぜってー助けてやらねー」と言っているけども。
アオイさんも本気ではないだろう。
アオイさんと話しながら、周囲には目を向けないようにして過ごしていた頃、書類の束を小脇に抱えた見覚えのある白い髪の人が入ってきた。
あの人は、殿下の弟さんが試合したときに駆け付けた先生だ。
「あーどうも、皆さん。この学院で講師をしているヒイラギと申します。これから試験の概要を説明しますので、ご着席ください」
あまりやる気のなさそうな脱力顔。
声も低めで間延びしそうな言い方だ。
貴族らしい人たちはどういう反応をしているのかと思ったが、そこは見ないでおいた。
試験前に変に気を散らしたくないし。
ガタガタと物を動かす音がしなくなって、ヒイラギ先生が読んでいた書類から目を話した。
「はい、どーもです。じゃあ説明しますねー」
これから試験を受ける十数人は、別室で筆記試験を受ける。
終わったら今の部屋に戻ってきて、休憩を挟んでから魔力測定と実技の試験。
終わった人はまた今の部屋に戻ってきて、最後に連絡事項を聞いて終了。
アオイさんたちはこの部屋でずっと待機していることになる。
「貴族たちはこういう時も情報交換を怠らないものなんだよ。僕はゆっくりするつもりだけど」
「交流のために着飾ってるんですね」
「あとは見栄だね」
「……まあ、貴族ですから、周囲の目を気にしますよね」
ちょっと芸能人みたいだなと思った。
着飾るのも仕事の内というか、期待の目とかもあるだろうし。
もちろんそういう意味での「見栄」と言ったわけではないだろうけど。
「じゃあ、いってらっしゃい。頑張ってね」
「行ってきます。頑張ります」
扉から遠い位置にいた私は、他の生徒たちについて行って最後に教室を出た。
後ろから黄色い声が知っている名前が聞こえて、ゆっくりは出来なさそうだな、と思った。
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