第55話 さっきのお便りご用事なあに?

 何を話すかと言うと、もちろんあの怪我人の話だ。



「どーも」

「いつになく不機嫌そうですね」



 赤髪にそう言われ、否定しない。

 自覚もある。

 くだんの研究者の意地汚いやり方にイライラしているからだ。

 適当な位置に手を差し出し、空を掴む。

 手を引けば目的の物が握られている。

 弟子はこれを「手品だ」と言っているが、手品ってなんだ。



「それは?」

「怪我人の所持品です」



 机の方から見たそうにしている殿下とその周囲の人間。

 だが、見せない。

 私様は別に意地悪しているわけではない。

 むしろ優しさに溢れているからこそこうしているのだ。

 ……っていうのは言わないとわからなそうだなぁ。



「見ることはお勧めしませんよ。あんたらでは黒幕に利用されかねない」

「……スグサ殿は、何を知っている?」

「お話ししましょう」



 ソファーに深々と座り直し、足を組む。

 スカートは履いた記憶はほぼないが、これはこれで楽だな。

 内心別のことを考えながら、私様の考察を語る。


 まず、このくすねた手紙のこと。

 この手紙には暗示……催眠と洗脳と言った方が正しいか、その類の魔法が込められている。

 それは魔術師団長や副団長だという赤髪たちが見るのもやめておいた方がいいと確信するレベルの強い物。

 当然だが私様には効かない。


 なぜそんなものを怪我人が持っていたか。

 一。怪我人は催眠の魔法をかけた張本人。

 二。怪我人が催眠の魔法をかけられていた。

 三。拾った。または何らかの方法で手に入れた。


 絞り込みは内容から推測できた。

 その内容とは、『―― 最上級(-) センリの山にて氷の破壊、または融解を行うこと。報酬は ――』と書かれている。

 雪で濡れたのか、この前後は滲んでしまって読めない。

 難度は特級の+(プラス)を上位として、下位が初級-(マイナス)だったはず。

 それは私様の時代から変わっていないらしい。

 初級、中級、上級ときて最上級ならば中の上だ。

 その上は特級があるだけだから、危険度は比較的高い。

 難度の高いものほどリスクを書面化する必要があるのに、恐らくは、センリの山の注意点がこれには書かれていなさそうだ。

 こんなもの、ギルドの依頼だとしたら大問題だ。

 となるとギルドを通していない。

 もしくは、ギルドにこれを仕組んだ奴がいる。

 そして、紙の内容と怪我人が怪我をしていた理由から、紙を持っていたのは依頼を受けたからだ。

 一人か複数人かで、依頼の通りに氷を破壊するか溶かすかしたのだろう。

 ウロロスが眠っているとも知らずに。


 ここからさらに、もし怪我人一人で任務を受けていたのなら。

 あんたたちの話に上がっていた謎の男は依頼主か、ギルドで依頼を通した奴か、またはこっそり監視してたんだろう。

 どれにしろそいつがウロロスが暴れるのを確認して、ギルドに戻り城に救援を出すように誘導した。

 もし複数人で依頼を受けていたとしたら、怪我人以外は死んでるだろうな。

 喰われたか、遭難したか、口封じか。



「ここまでで質問は?」



 一気に話したが、誰も何も口を挟まなかった。

 顔は何か言いたげなようにも見えたが。

 まあこっちが話しているんだ。

 まずはすべて話させてもらえると説明する側としても楽だったし、いいんだが。

 一番何か言いたそうに見えなかった女魔術師が小さく挙手。



「催眠の魔法とはどのようなものかわかりますか」

「≪虫に食われた指人形≫だな。何らかの目的を達成するまで利用されて、さらに記憶操作されたんだ。≪回想の香≫で眠らせたから任務の前後の記憶は普通より残ってたはずだ」



 なぜ私様があのタイミングで弟子と変わったか、今の一言で察しがついたようだ。

 王子サマは綺麗な顔を歪め、他の三人も眉を寄せたり、表情を暗くしたり、舌打ちしたり。



「じゃあその怪我人からは、聞き出せる情報はない、か……」

「でしょうね」



 ≪回想の香≫を使ったのはたまたまだったが、思わぬ収穫が得られたのは幸いだ。

 耳かき一杯程度だが。



「他になければ話を続けますよ。その催眠の魔法をかけた奴だが」

「わかるのか」

「ベローズですよ」



 座っていた奴らが一斉に立ち上がった。

 赤髪は目の前のテーブルに足をぶつけていたが、痛みがいないのか痛みを忘れるほどに驚いている。

 女魔術師でさえも目を見開いてまあまあまあ。



「そんな驚くほどか?」

「驚くだろう!」



 王子サマ直々の突っ込みとはなんとも光栄な。



「座ってくださいよ。話はまだあるんですから」

「いやいや、ベローズを拘束するのが先でしょう!」

「いいから話を聞け」

「ん゙んっ!?」



 隣に座っている赤髪が出て行こうとしたので、組んでいた上の足でこいつの足を踏みつけた。

 感謝するんだな。体を震わせるほど有難く思われるのはさすがに気持ち悪いぞ。



「あいつは泳がせろ」

「なぜですか!」

「それを今から話すんだよ。聞け」



 同情の目をしてる奴らもしっかり聞けよ。

 催眠の魔法だが、私様には効かないものの大したものだ。

 魔法そのものはベローズの魔力だが、さらに相当な魔力を込めてやがる。

 そうだな。人間の一生使う魔力二人分は使ってるな。

 そう。二人分だ。

 なぜそんな大量の魔力を、ベローズが保有している?

 ……気になるだろ。

 だから泳がせとけって言ってんだ。

 手紙は発見しただの回収しただの言えるが、あんたらじゃこの手紙見た時点で操られてる。

 これを提示しようものなら鎖みたく連なってどんどん広まるだろ。

 操られないのは私様ぐらいだろうに、どう説明する気だ? 赤髪。

 それと、ベローズが今回の黒幕だったとして、なぜこんなことをしたかだが。



「……ヒスイか」

「でしょーね」



 弟子に手柄を上げさせる。

 それはウミノオヤのベローズの功績とも言える。

 戦闘力が認められれば城から離すべきではないと賛同者も増えると考えたのかもな。

 もっと言えばベローズは弟子を研究したいはずだ。

 今回の実績をさらなる発展に活かしたい気持ちもあったかもしれん。



「子離れできてねー奴だ」



 …………キモ。言うんじゃなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る