第23話 魔術師 vs 魔術師
来る。
構えた瞬間、後方から強い風に煽られる。
想定していなかった方向からの強い力にバランスを崩した。
視線が一瞬、床に向いてしまう。
倒れないように足を一歩踏み出して耐えた時。
目の前に影が差して。
視線を上げた先には黒く光る刃がすぐ目の前にあった。
やばっ。
胴体を真っ二つにしようとする勢い。
無意識に両膝の力を抜いて、上体を限りなく床に近づけて何とか躱す。
当たったらどうすんだ!
ちらっと女魔術師の表情を伺えば、こいつも至極真顔。
少しぐらい悔しそうな顔してくれよ。
かけっこの「よーい」の体勢になったことをいいことに、ドンと距離をとる。
土属性魔法のみとは、ちょっと縛りが強すぎたかな。
言い出しっぺは私様だし文句はないが。土属性指定は狙ってか?
「始めの合図はしていなかったと思うが?」
「あるとは思いませんでした」
「……終了の合図は?」
「降参か戦闘不能かと」
いやまあ普通はそうかもだけど。さすがに確認しようぜ。
「ハンデ、と言った以上、こっちが格下だという判断をされているようでしたので。少しの無茶は寛容なお心でお許しいただけますか」
にっこり、と。
いやーいい笑顔だなー。
お前、明日表情筋筋肉痛になってんじゃねーの?
はははーと乾いた笑いで返答としよう。
うん。
なめすぎたし煽りすぎたな。
真面目にやろう。
距離を開けて、今度は静かに開始とするのは双方同意。
ゆったりと会話していた雰囲気は一転、緊張感漂う雰囲気となる。
そうだ。
言うの忘れてた。
ヒスイお前、戦ってるときの身体と魔法の感覚、しっかり覚えとけよ。
―― えっ、あ、はい……?
これからはお前もこの身体で魔法を使うんだろうが。
向こうは大鎌を構える。
私様は立っているだけで一見不利だが、魔力を練る。
自画自賛だが、私様は自他ともに認める優秀な人材だ。
魔法を扱えている感覚では、今は全盛期のそれと変わらない。
私様が魔法を使うというだけで、私様に対抗できる敵は果たしているのだろうか。
土属性魔法 ≪大地の嘆き≫
土がないところで土属性魔法を使うことは、魔力の消費量が桁違いだ。
私様の魔力総量も桁違いだから気にすることではないが、土属性魔法を指定してきたということはそういうことだろう。
だとしても、だ。
土がなければ土を作ればいいだけのこと。
一度作ってしまえばそれで土は残るし、土属性魔法は使いやすくなる。
水属性魔法なら空気中の水分がある。
風属性魔法なら空気そのものがあればよい。
火属性を選ばなかったことは相性の問題か。
光や闇は相殺しあうが、その分力量差は明確に出る。
女魔術師が光か闇を持っていたとして、同じ属性同士でも反対の属性でも、優劣をつけようものなら私様に勝つとはむしろ思わないだろう。
土属性魔法は一撃必殺な魔法も少ないし、むしろ殺せないし。
水や風なら呼吸できないようにすることぐらいできたんだがなー。
ひとまずは今使った魔法、≪大地の嘆き≫で意表をついてみよう。
場所は女魔術師の後方、天井からの土砂だ。
死角から、さらには幅は狭めてまるで鉄砲水のような勢い。
当たるとは思っていないが。
「
詠唱はなし。
「≪地下からの怒号は天をも貫く≫」
土砂を迎え撃つように、床から一直線に噴き上げる水柱。
お互いがどちらも位置を変えず、なんだったら女魔術師は正面の私を見据えたまま、背後の土砂を一瞥もすることなく迎え撃った。
まるで間欠泉の水柱は一つの土砂に対して五つ。
いくら相手が私様だからと言っても過剰すぎないかと思うのだが。
やや怪訝な顔になってしまったが、女魔術師が動いたのは見逃さなかった。
辺りには水は一面に広がり、動くたびにバシャバシャと位置を知らせる音がする。
今は目の前から向かってくるので知らせるも何もないのだが。
なぜか馬鹿正直に、真正面から大鎌を振りかざす。
今さっき見た情景と同じと判断して、やや興ざめ。下がって避けよう。
…………いや。
魔力を流した土を足元に。
土を土台に体を浮かせて瞬時に上へと上がり、距離をとる。
私様がいた所を目掛けて、何かが四方八方からぶつかり合い、弾けた。
振り抜こうとした大鎌を立てながら恨めしそうにこちらを見る女魔術師。
その周りに浮遊する、土を含んだ水玉。
さっきの水魔法の水で土を操ってるのか。
水の勢いと中の土でダブルパンチってか。
やたら水が多かったのは水分量を増やして自分の支配力を上げたようだ。
私様が魔法で生成した土ではあるが、私様の魔力とは違うものだ。
向こうの魔力を含んだ水で操作されてはそこから奪い返すのは……できないことはないが、そこまでするメリットはないな。
魔法主体ではなく武器や騙し討ち主体とは……魔術師のくせに。
いかん。
にやにやしてしまうな。
魔術師でもこんな戦い方ができるのかと思うと、魔術師の新たな一面を知って嬉しくなってしまう。
魔法主体の私様では難しいだろうが、こんな行動もとってみたいものだ。
うん。いつか試そう。
「お前さん、名前は?」
そういえば聞いていなかったな、と、上から尋ねてみた。
一瞬目を見開いて、話しをしていた頃のジトっとした目に戻してから。
「ロタエと申します。ロタエ・ドゥ・キーパー」
ほう、貴族か。
『ドゥ』は王族の『ゼ』に始まり三つ目の位だ。
どのような家柄だろう。
ここまでの素材は家在りきか、それとも個人のみの努力の賜物か。
どのようにこの位置までのし上がってきたのだろう。
家の連中は皆魔術師なのか。特徴はあるのか。
楽しくなってきた。
楽しくしてくれたお礼をしなければ。
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