第13話 飼い主
アオイさんだけでなくその部屋にいる人すべてに対し、私は決意を言葉にする。
正直怖い。
こんなに大きな蛇を目の当たりにして、過去に経験があったとしても早々慣れるものではないだろう。
しかも蛇は肉食だったはず。
これだけの大きさならば、どちらかと言えば小柄な私なんて一飲みにできそうだ。
いや、頭が二つあるからもしかしたら半分こにされてしまうかもしれない。
…………鳥肌立ってきた。
思わず体を震わせてしまい、真剣な表情で私を見つめて、いや、見定めていたアオイさんはクスっと笑う。
「もしもの時に備えて僕たちがいるから、安心して、話してきてほしい」
「話す、ですか?」
「そうそう。話すの。聞こえていただろう? この子たちの声が」
私を呼んでいた声。
それはこの蛇、ウロロスの声。ウーと、ロロだ。
どっちがウーでどっちがロロかはわからないけど、頭というか心というか、どちらかもしくは両方で浮かんだ言葉はおそらく名前。
スグサさんの体がそう教えてくれたのだと直感する。
魔法を解くよ、というアオイさんの一声で、ウロロスの周りに巻き付いていた黒い靄が消える。
そして、一呼吸。
蛇たちと目線を合わせ。
静かに。
ゆっくり。
一歩、また一歩と。
距離を詰める。
私はこの場の誰よりもウロロスに近くにいる。
フードを外して、言葉に悩む。
「こ。っ、こん、にちはっ……?」
…………蛇に「こんにちは」も可笑しいだろうかと、言ってから気付いた。
ウーとロロはそれぞれ三つの目を一つも逸らさず、こちらを見つめ返す。
「……すー?」
ウロロスのどちらの頭からかはわからないが、はっきりと聞こえた。
私に向けて響いていた声。
意外に思うほど、透き通ったような微かな高音。
両の頭がゆっくりと位置を下げ、私の目線に近くなる。
恐怖を感じるほどの大きな瞳は、鱗よりも明るめな、深海を思わせる藍。
「あなたは、すー?」
もう一度問われて、やることを思い出す。
不思議なところから聞こえる声に戸惑うが、会話をしよう。
「私は、ヒスイ。すー、というのは、スグサさんのこと、ですよね?」
「すーじゃ、ないの? あわせるって、いった、のに?」
「あ、あのね。スグサさんは亡くなってて……この体はスグサさんのものでね。でもこの体はあなたたちのことを覚えてて」
「すーじゃ、ない」
頭の上に、何かが、ある。
「すーじゃない!!!」
ヒュッ
二匹分の大きさを持った尻尾が、落ちてきた。
「ヒスイ!!!」
「よいしょぉー!」
殿下が叫ぶ前に、私の体は一瞬、重力を感じなくなった。
なぜなら、アオイさんに横抱きにされていたからだった。
尻尾が振り下ろされると思った瞬間に目を閉じてしまったから、どうやって一瞬でそうなったのかわからない。
いや、目を開けていたとしても、早すぎてわからなかったと思う。
「あ、アオイさん、ごめんなさい! 私うまく話せてないっ」
「いやいや、話す内容は特に指示していないし、しょうがないよ。僕から先に話はしてあったんだけど、全然聞いてくれなくてね。ヒスイちゃんの外見で話してくれれば聞く耳を持ってくれるだろうと考えていたんだけどなー……」
話す内容を間違ったかと思ったが、どうやら正解はなかったらしい。
間違いではないが正解でもなかったということだが。
どちらにしろ、ウロロスが興奮して保管庫の棚に当たり散らしてしまっているから失敗なのかもしれない。
物品や棚が心配だが、保護の魔法がかけられているから壊れることはそうそうないらしい。
棚に戻すことが一番大変のようだ。
一瞬一瞬、アオイさんは背景を変えながらいつもの口調で解説してくれた。
殿下とカミルさんは一か所に集まり、おそらくロタエさんが魔法を使って衝撃から身を守っている。
横抱きのまま私は、この事態になってしまったことに焦りを感じ始める。
―― よーしよしよし。
体の中で、声がする。
―― ちゃーんと飼い主が誰か、判断できてるな、ちびども。
「……ヒスイちゃん?」
まさか、という気持ちとともに、全身から汗が噴き出てくる。
―― しかし。私様の物をこうも雑に扱われるのは、いくらちびどもでもお仕置きが必要だな。
これは、心の声か。
それとも、体の声か。
―― 交代だ。ヒスイ。
―― このスグサ・ロッドが、ウーとロロの相手をしてやろう。
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