第11話 起床

「ヒスイちゃん!」

「っ! はっ、あ、れ?」



 名前を呼ばれて目を覚ました。

 動悸がして、息が上がっている。

 目の前にはアオイさんが心配そうな顔でこちらを見ている。

 体を起こして、あたりを見回して場所を確認。

 ここは自分の部屋の寝室だ。

 大丈夫、知っている場所だ。



「魘されていました。大丈夫ですか?」



 ロタエさんがアオイさんのすぐ後ろから顔を出し、水の入ったコップを差し出してくれる。

 先日、ロタエさんからもらった回想の香。

 もらった当初は使うか迷っていたのだが、試しに一つだけ、使うことにした。

 アオイさんに使うことを告げて、時間を合わせて部屋に来てもらう。

 そして、効果の通り夢を見た。

 コップを受け取り、呼吸を落ち着ける。



「大丈夫……じゃないかもしれません」

「そんなにひどい内容だったのかい?」

「そう、ですね……いくつか見たんですが、おそらくは前の世界の私の家と、あと……この世界での、戦っていた時の夢でした」



 二人がそろって目を見開き、私は夢の内容を思い出して、体が震えだす。

 戦っている相手の悲鳴が何層もの声で響き渡り、耳に張り付いていると言っていいのか、今でもすぐ近くで聞こえるような錯覚を覚える。

 研究員か、その関連の人物か。

 私とともに実験で蘇ったのだろう、何人かに指示を出していた。

 火の魔法と、風の魔法。

 火の魔法は一歩遅れて発動された風の魔法に絡めとられて。

 悲鳴のする方向へ一直線に、また広い範囲にわたって一面を火の海にしていた。


 人を殺した殺戮人形と言われていたことに対して、実感は今までなかったが。

 それを覆す、確かな光景だった。



「そうか……。可能性を考えていなかったわけではないけど、スグサ・ロッドの体になってからの記憶も対象になっていたんだね……」

「すみません。もう少し慎重になるべきでした」

「ごめんよ。辛いものを見せてしまった」



 二人に謝られて、はっとする。

 この二人は何も覚えていない私のためを思って、行動に移してくれたのに。

 香を使うと決めたのは私自身なのに。

 私は慌てて首を振った。



「あ、謝らないでください。私がやりたくてやったんです。可能性も知っていましたし。それに、この世界に来る前の記憶もおそらく見れましたし。戦いの記憶は、すぐ終わったんですし」



 そうだ。

 戦っていた時の夢はすぐに終わった。

 本当に一部だけで、なぜそこだけ見たのかはわからないし、もしかしたらまた見るかもしれないけど。

 前の世界での記憶が見れたのは確かだ。



「私は働いていました。それでたぶん、一人暮らし、かな。女で、仕事終わりに疲れて帰ってきて。すごく眠くて……寝ちゃったんだと思います」

「そんな突然に?」

「もしかしたら、私が召喚される直前だったのかもしれません」



 少しだけ、違和感を感じる様子だった。

 確かに疲れてはいたけど、ひどい眠気に襲われて、抗えないような。

 あの時の私の体はどうなってしまったのだろう。

 魂がこちらに召喚されたというのだから、体はあちらに残っているのだろうか。


 と、考えていると。




 ドン、と。




 爆発音が響いた。

 地響きとともに部屋の揺れが強くなる。

 部屋に置いてある机や花瓶、窓がガタガタと揺れる。



「わぷ」

「団長!」



 ロタエさんがベッドで体を起こしたままの私を抱きしめる。



イル上級魔法ゼヴェニィ ≪女神の抱擁≫」



 私とロタエさんごとアオイさんが抱きしめて、光属性の上級魔法を唱える。

 暖かい光に包まれ、振動も、物音も聞こえなくなった。

 黙ったまま少しの間そのままに。

 光り越しに物が揺れ動かないことを確認して、魔法が解かれた。



「二人とも無事?」

「問題ありません。ヒスイさんは?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「よかったよ。少し様子を見に行ってくる。ロタエはヒスイちゃんについていて。何かあれば連絡する」

「お気をつけて」



 アオイさんはいつもと変わらない表情で、しかし普段の声色よりも低い声で告げて、部屋を出た。

 ただ事ではない。

 その言葉の通り、ただならぬ雰囲気を感じる。

 部屋の外も頻繁に人が通っているのがわかる。

 そして、揺れを感じた頃から、私にも異変が起きていた。



 ―― 呼んでる。


 

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