第5話:竜騎士になる条件
リンドブルム王国、〝空中都市エラ〟最上部、王城――カーネリアの私室。
「えっと……カーネリア……様?」
借りてきた猫のように、その広い部屋の隅の椅子に座るクオーツが恐る恐る、部屋の主へと声を掛けた。
クオーツは粗末な服ではなく、竜人族独特のゆったりとしたローブを着ており、身なりもさっぱりしていた。
「だから、様はいらないってば」
そう砕けた口調で答えたカーネリアも、鉱山で会った時の動きやすい服装ではなく、ゆったりとしたローブを着ている。頭部にはティアラが乗せてあり、あの出会った時の活動的な様子とはまるで違うお淑やかな雰囲気だった。
「いやだってカーネリアがまさか……リンドブルムのお姫様だなんて」
「だって聞かれなかったもの」
「そんな状況じゃなかったじゃん……」
「まあねえ。でも、助かったのは事実よ。それに竜水晶の欠片のおかげでお母様の病状が良くなったし。感謝してる」
カーネリアがそう言ってニコリと微笑んだ。クオーツがどういう顔をしたら良いか分からず、目線を彷徨わせた。
「あ、いや、でも……僕がその騎士って……」
騎士、という言葉には特別な意味が含まれている。冒険者と人気を二分する騎士は皆の憧れの的だが、冒険者以上になることが難しい職種だった。
実力はさることながら、身分、地位、財力の全てが必須であり、何より自身を騎士と認めてくれる主が必要だった。主は騎士よりも高い身分であるべきなので、そもそも主となれる者は少ない。
もちろん、一人の主が複数の騎士を仕えさせることは出来る。だが、当然そういう主ほど、騎士の選定には厳しい。
クオーツは孤児であり、身分も地位も、ましてや財力など一切ない。そんな彼が主に認められ、騎士として叙任することなど、通常であれば万に一つもない。
だが――彼は成り行きとはいえ、カーネリアによって騎士と認められてしまった。
「だってあの場では、ああでも言わないと、ザエロ達があんたを王城に連れていくことを絶対に許さなかったもの」
「それはまあ……そうだね」
あの後、色々すったもんだがあった。だが結果として、騎士として認めるかはさておき、恩人なのは本当らしいので一応客人として迎える、という事になったのだった。
「ふふふ……この城に客人として迎え入れられた人間は、歴史を見ても五人も居ないわ。誇りなさい」
「うーん……嬉しいやらなんやら……」
つい、先日まであの辛く暗い坑道内にいたことを考えれば、ここは居心地は多少悪いものの、天国だった。
だけどもやはり、どうにも色々なことが一度に起きすぎて理解が追い付かない。
なんてクオーツが考えていると、扉が乱暴に開いた。
「おい、どういうことだカーネリア!!」
「ゼクス様……女性の私室、しかも王女であらせられるカーネリア様の部屋にノックも許可も無しに入るのは――」
侍女がその扉を開け放った者に、苦言を呈するものの、
「うるせえ、黙ってろ!」
そう一喝したのは、長い銀髪の青年だった。どことなくザエロと似た雰囲気があるが、より粗暴な顔付きで、クオーツは一目見て、あんまり良い奴ではないという第一印象を抱いた。
「ゼクス……私の侍女を脅すのは止めてもらえます?」
「カーネリア! てめえ、人間を騎士にしたって本当か!?」
ずかずかと入ってきたゼクスが、ぎろりとカーネリアを睨んだ。
「本当です。まだ保留中ですけどね。お父様は〝九竜会議〟で不在ですし、お母様はまだ良くありませんから」
「お前、頭おかしくなったのか!? それにそのクソみたいな口調やめろ! 昔通りに話せよ!」
「……ゼクス。私と貴方、そして貴方の双子の兄であるザエロは幼馴染みではあるけども、今は立場が違います。私は王女で、貴方は騎士。弁えなさい」
カーネリアの冷たい声によって、ゼクスを後ずさった。
言葉に籠もった圧が、そうさせたのだ
「ちっ……ふざけんなよ……クソ……ん? ああん!?」
そこでようやく、ゼクスがクオーツの存在に気付いたのだった。
「まさか……てめえが!」
「あー、えっと。クオーツ……です」
一応挨拶はしておこうとクオーツが会釈した瞬間に、ゼクスが地面を蹴りつつ抜刀。
「はあ……ほんと喧嘩っ早い兄弟ね……」
カーネリアの呆れた声と共に、迫る刃をクオーツは上半身を反らして躱し、右手でゼクスの腕を掴んだ。
「……クオーツ」
「分かってるよ」
クオーツはカーネリアの声に頷きながら、掴んだゼクスの身体を床へと投げる。スキルを使って剣を折っても良かったが、ここでやると破片が飛び散って掃除が大変だろうと思っての行動だった。
つまり、それぐらいの余裕が彼にはあった。
「がはっ!」
絨毯が敷いてあったのでゼクスは大したダメージは受けていない。だがそのまま上に乗られ首元へと、さっきの衝撃で落とした剣をクオーツによって突きつけられていた。
「てめえ……猿の分際で!」
「はあ……ザエロと違って、あんたはほんと昔から変わらないわね……」
カーネリアがそう言いながらクオーツへと視線を送った。クオーツは頷くと、ゼクスの上からどいて、剣を手放した。
「これで分かったかしら? 彼は私の騎士に相応しい力を持っています」
「……ふざけんな。リンドブルムの王女が人間の騎士を叙任したなんて末代まで笑われるぞ!」
立ち上がったゼクスがクオーツを睨む。その目には憎悪の炎が滾っていた。
「それを決めるのは貴方ではなく、未来の国民ですよ。そして彼はちゃんと騎士の条件を満たしています」
「はあ? そんなわけあるか。人間共の猿まね騎士の条件と同じとか言うなよ?」
「違います。ちゃんと、竜騎士としての条件です。ああ、でも最後の一つがそういえばまだでしたね」
「条件?」
クオーツが首を傾げると、カーネリアが答えた。
「この国では、騎士、つまり竜騎士になるにはいくつもの試練を越えないといけません。一つ、古竜の住まう土地に行き、古竜を狩ること。二つ、国または王族に貢献すること。三つ――
「はん、どれも人間には不可能な試練だ!」
ゼクスが鼻で笑った。
「一つ目、サグマール鉱山で、彼は水晶竜ガジャラを単独で狩りました。二つ目、更に竜水晶の欠片を持ち帰り、この国の王妃の病を癒やすことに貢献した。ああ、私の命を二度救った、というのもありますね」
「嘘だ……ありえん! 水晶竜ガジャラは古竜の中でも飛びきり凶暴な奴だぞ!? それを人間が一人で倒すなんて不可能だ!」
「クオーツ、見せてあげなさい」
「あ、うん」
クオーツが胸元からペンダントを取り出した。そこには赤く輝く水晶がぶら下がっていた。それは、カーネリアがあの竜水晶の間でついでに拾っていた物だ。
「まさか……ガジャラの角水晶か」
ゼクスが呆然とそれを見つめた。彼には分かる。あの水晶から異常な力が発せられているのを。それは、ただの人間が身に付けて良い物では決してない。
もし遊び半分で関係ない者があれを身に付けたら、水晶に未だ宿るガジャラの力に発狂してしまうだろう。
「あれを無関係のただの人間が身に付けて無事なはずがないでしょう? 自分を屈服したと認めているからこそ、ああして身に付けていても、問題ないのです」
「ありえん……そんなバカな」
「なので、クオーツは二つの条件を満たしています。そして最後の条件――竜騎士との決闘がまだですが、これに関してはザエロが今、何やら調整しています」
そんなカーネリアの言葉を聞いて、ゼクスが再び剣を抜いた。
「……上等だ。俺が受けてやるよ、その決闘」
「へ?」
「はあ……まあそうなるとは思っていましたけど……」
カーネリアがため息をついた。半ば予想できた展開ではあった。
「えっと……決闘?」
「ああ。俺と一対一で決闘を行う。武器防具、魔術は全て自由だ。もちろん――受けるよな?」
「……受ける」
クオーツはそう言い切った。それは半ば雰囲気に飲まれ、断り切れない空気にされてしまったからでもある。
だけども、その言葉は何よりクオーツ自身の強い意思の現れだった。
正直、何が何だか良く分からない。
だけどここで受けなければ、男ではない。そうクオーツは思ったのだ。
自分が騎士になるとかどうとかは正直まだピンと来ていないし、何かの冗談だとまだ思っている部分がある。だけども、売られた喧嘩は――買うのが男だ。
冒険者でも騎士でも、きっとそうに違いない。
「良い度胸だ。ならば決闘は明日だ。せいぜい……最後の夜を楽しむことだな」
そう言って、ゼクスが足早に去っていった。
「……カッコよかったよ?」
困ったような表情を浮かべるクオーツを見て、カーネリアは笑いながらそう言ったのだった。
「楽しんでるな……」
「そりゃあもう。でも、本気を出したゼクスは強いわよ。なんせ兄のザエロと共に、お父様に仕える騎士達の中でも筆頭騎士と呼ばれているぐらいなのだから」
「……頑張るよ」
そう答えるクオーツを見て、カーネリアは微笑んだのだった。
こうして、クオーツとゼクスの決闘は、あっという間に王城どころか街中に知れ渡ったのだった。
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