惰性で生きてるくせに。
懐中灯カネ
ラップじゃないんだから
「才能がないんだよ、ぐず。さっさとこんなの描くのやめて、得意なお勉強でもしてろよ」
今日も今日とて破かれる僕の描いた絵。
昨日買ったばかりの真新しいスケッチブックから丁寧に破り取って一回、二回、三回と小さく刻んでいく。それから絵は周りに見えないよう裏向きで僕の足元に捨てて、ぐりぐりと踏みつける。高峰くんの小綺麗な上靴の裏で、黒い跡をつけていく。どうせなら彼の手でくしゃくしゃにしてゴミ箱にでも放り込んで欲しかった。小さくため息をついて、焦ったような顔をしている高峰くんに尋ねてみた。
「いつもいつも、一体何のつもりです?高峰くん。こんなことがまかり通るなんてここはスラムですか?おかしいな、僕は世界一治安の良い日本の日本一治安の良い学校にいるはずなんですけどね、高峰くん」
「なんだよそれ、ややこしいな。世界一だけでいいだろ。何のつもりかってお前が一番分かってんだろうが!俺だってやりたくてやってんじゃねえよ」
「へぇ。被害者ヅラですか?高峰くん。
まるでいじめっこのセリフですね。いじめられる僕が悪いって、そうやって保身して……。裁判ならきっと、傍聴席からブーイングの嵐ですよ、高峰くん」
「はぁ?お前な、まじでやめろそう言う誤解を招く言い方するのは。いいか、悪いのは絶対にお前だ。これはもう変わりようのない事実です」
「何故です?僕がどんな絵を描いてたって言うんです?みんなの前で、言ってみてくださいよ、高峰くん」
「……誰が言うかバカ。とにかく、金輪際教室であんな絵描くなよ。これで何回目だよ?お前、絶対わざとやってんだろ」
「7回目です、高峰くん。……あ、そういえば、この前僕が言ったこと覚えてますか?7回目はラッキーボーイわたくし七原の7なので覚悟しておいてくださいって、言いましたよね。高峰くん」
「何か言ってたような気もするけど…。回数数えてるのもきもいし、また同じことするってよく堂々と言えるよな。あとラッキーボーイってくそつまらんぞ」
「だって僕、運だけは良いんですよ。7月7日の7時7分7秒に生まれたんですから」
「それまじ?てかそこで運使い果たしてんだろ」
「これだけはまじですね。ね、それで提案なんですけど、股間を蹴らせてくれませんか?高峰くん」
「……ん?聞き間違い…かな?」
「股間を、蹴らせてくれませんか?高峰くん」
「貢献をさせてくれませんか?って言ってるのかな。うん、そうだ。それしかない」
「随分お耳が遠いんですね、高峰くん。大丈夫ですよ、僕耳掃除得意なので。
いいですか、よく聞いてくださいね。股間を、蹴らせてくださいって言ったんですよ、高峰くん」
「最初から聞こえてんだよばか原!お前、ほんと何?それで俺がはいどうぞって蹴らせるとでも思ってんのか?頭おかしいだろ」
「ばか原ってなんです?韻でも踏んでラップのつもりですか?ナンセンスですよ、高峰くん」
「うるせぇな、今そこはどうでもいいだろうが。ばか原くんよ」
「まぁ、高峰くんにセンスがないのはいつものことですしね。じゃあ、君にとってどうでもよくない、君の股間を僕が蹴るということに話を戻しましょうか。高峰くん」
「だから妙な言い方すんじゃねぇ!話を戻すもクソもない、お前のいつものくだらない冗談ってことで終わらしてやるから、もう黙れよ」
「冗談じゃないです。僕は、本気です。高峰くん。蹴らせてくれないなら、僕も然るべきことをします」
「もう俺はお前が怖いよ、ばか原…。
何でそんな真っ直ぐで曇り一つない目ができんだよ。そんで然るべきことってなんだそれ、脅しか?」
「どうでしょう。写真をばら撒きます。これって脅しですか?高峰くん」
「脅しだな。完璧な脅しだ。恐喝だ」
「あと音声もばら撒きます」
「お前、性根が腐ってんだわ。よくそんなペラペラ言えるな。いいぞ、やってみろよ。こんな皆んながいる前で、できんのかよ?」
「ふふっ。できますよ、高峰くん。でも、君こそいいんですか?こんな、皆んながいる前で」
高峰くんは形の整った薄い下唇を噛み、しばらく僕を睨んだ後、小さく「来い」と言って教室を出て行った。まるで、不機嫌な子犬の唸り声のようで愛しさに笑みが溢れた。ついていくと、第二理科室の前で立ち止まった。ポケットから鍵を取り出し、手慣れた仕草で開ける。やはり彼は、一端の不良なのかと思い、その不良の彼が今自分に大人しく従っていることに優越感を覚えた。
「盗んだんですか?高峰くん」
「貰ったんだよ。柊に」
「へぇ。どんな経緯で?」
「……一年間、ここの掃除頑張ったんだよ。あと、柊の教科だけ毎回百点取った」
前言撤回。高峰くんは絶対不良じゃない。こんなに頑張り屋さんな不良は聞いたことがない。彼は、変わってる。僕と同じで、全然違う方向に、変わってる。
「柊先生と、仲良かったんですね。高峰くん。そうまでして鍵が欲しかったんですか?」
「別に仲良かねぇよ。嫉妬すんなばか原。日当たりがよくて昼寝に最適だからいつでも入れるようにしたかったんだよ」
「確かにぽかぽか気持ちよさそうに寝てましたもんね、高峰くん。お気に入りの場所に僕を入れてよかったんですか?高峰くん」
「嫌に決まってんだろ!誰が好き好んでお前なんか入れるか。クラスメイトの奴らの前で情けない姿晒すよりマシだから、仕方なく入れてやったんだよ。陰湿野郎め」
「ひどい言い草ですね、高峰くん。君だって僕の絵、破いたじゃないですか。そもそもそれが始まりですよ?高峰くん」
「お前、あんな絵描いといてよく言えるな!」
「あんな絵、とは…?どんな絵ですか?高峰くん」
「俺の、めちゃくちゃリアルな、裸の、
しかも喘ぎまくってるエロい絵だよばか原!」
真っ赤な顔でやけになって叫ぶ高峰くんは、本当に可愛い。どんな生き物よりも、もちろん静物よりも、何よりも可愛い。自分でエロいって言っちゃう辺りが、無自覚でも、意識してるって言ってるようなものだ。第二理科室の鍵をガチャリと閉めて、高峰くんがいつも寝ている席へと移動する。カーテンがそよそよとなびいて、暖かな日差しが気持ち良い。
「座ってください、高峰くん」
「……蹴るんじゃねぇのかよ?」
訝しげに僕を見ながらも、素直に座る高峰くん。僕は相変わらず可愛いことを言う高峰くんに微笑みながら、彼の足元に座り込んだ。
「やっぱり蹴られたいんですか?高峰くん。ドMですか?」
「あほか、ドMはお前だろ。つかじゃあ何のためにここに来たんだよ」
「うーん。まぁ、蹴らせてくださいって言ったのは、今日古文を勉強したからですね。高峰くん」
「はぁ?意味わかんねぇ。それと何の関係があんだよ、ばか原」
「下一段活用って分かります?高峰くん」
「何か聞いたことあるような…?俺、柊の教科しか勉強してないから古文なんて何一つ分かんねぇよ」
「柊先生の教科って生物と化学でしょう。どうしてわざわざ柊先生の名前を出すんですか?高峰くん」
「生物と化学って言うより早いからだよ、七原。深読みすんなよな」
「……まぁいいです。いずれ分かりますもんね。高峰くん」
「だーからしつけぇな。本当に柊とは何にもねぇんだよ!……て、何で俺がこんな必死に弁解してんだ?」
「君が僕のこと好きだからじゃないんですか?高峰くん」
「お前のその妄想癖、そろそろやばいぞ。病院でちゃんと見てもらえよ、ばか原」
「ふふ、妄想癖に加えて、虚言癖もあるんですよ僕。知ってました?高峰くん」
「知ってるも何もいつも迷惑被ってるのは俺なんだわ。自覚してるだけまじでタチわりい」
「はいはい。それで、下一段活用って言うのは古文の活用のことでして、〈蹴る〉の一語しかないんですよ。〈け、け、ける、ける、けれ、けよ〉これだけ覚えればOKな、すごく楽な活用なんですね、高峰くん」
「急に話を戻すな、ばか原。そんで、それがどうしたんだよ?」
「分かりませんか?高峰くん。下一段活用ですよ。下一段活用には、〈蹴る〉の一語しかないんですよ」
「さっき聞いたよ。何が言いたいか全然わかんねぇ」
「"下"の、"一"物を、"蹴る"」
「…?……!!…クソほど低レベルな下ネタじゃねぇか!」
「面白いでしょう、高峰くん。僕これ思いついた時小一時間笑いが止まりませんでした」
「だめだ、脳が小学生で止まってるわお前。何でこんな奴の言うこと聞かなきゃいけないんだよ」
「でもこれで完璧に覚えられたんだから、下ネタも侮れませんよ。高峰くん。それでね、股間を蹴らせてくださいって言ってみたんですけど、やっぱり気が進みません」
「あぁそうかよ。お前が正気になってくれて嬉しいよ。じゃあもう帰っていいか?七原」
「えっと、だめです。高峰くん」
スッと無言で立ち上がり出て行こうとする高峰くん。「高峰くん、写真」というと今度は闘争心剥き出しの子犬のような顔で僕を睨み舌打ちをした。
「なぁ七原、男2人で、こんな誰も来ない空き教室で、しかも授業中に、いったい何しようって言うんだ?場合によっては奇声を発して逃げるぞ」
「想像通りですよ!高峰くん」
高峰くんは言葉を失ったようで、しばらく視線をゆらゆら彷徨わせ、その過程で僕の下半身の方を一瞥した。何を想像したのか、容易に想像できる。
「あれ、奇声を発して逃げるのでは? まぁそんなこと、させないんですけどね、高峰くん」
「俺、まじで嫌だ。人を脅して、こんなの、最低だぞ、見損なったぞ!」
「え、だって、高峰くんが可哀想だからですよ」
「…なに?」
「ずっと勃ってるから。多分、僕の絵を見た時からですよね?高峰くん」
高峰くんは何も言わない。突っ立ったまま、耳まで赤く染めて、泣きそうな顔で俯いている。気づかれてないと思っていたんだろう、可哀想に、まるでお漏らしがバレた子犬そのままだ。なんて可愛くて愛おしい。
「どうしろってんだよ、俺に…」
「君は、何もしなくてもいいんですよ。さっきのところにもう一度座ってもらえますか?高峰くん」
「…お前ずっと気付いてたのに知らんぷりしてたのかよ」
「知らんぷりって可愛いですね。じゃあ教室で言ってもよかったんですか?高峰くん、高峰くんの高峰くんが勃起してますよ!って?高峰くん」
「あ"ー!高峰くん高峰くんうるせぇ!もっと他に言いようがあるだろうが!」
「さぁ?僕には分かんないですね。高峰くん」
高峰くんのズボンのベルトに手をかけ外そうとしたけど、ゆるゆるすぎて少し力を込めただけで太ももまでずり落ちてしまった。
「うわっちょっ、いきなりすぎんだろうが!」
「いやだって、これは高峰くんが悪いですよ。現代に腰パンなんてしてる人いるんですね、高峰くん」
「腰パンじゃねぇ!大きいの買いすぎたんだよ、ばか原」
「君仮にも不良ですよね?高峰くん。
…まぁいいです、手間が省けましたし」
「手間って何だよ…」
「ふふ、大丈夫ですよ、高峰くん。ひどいことはしません。目瞑って、気持ちいいことでも考えててください。すぐに終わりますから。ね、高峰くん」
「すぐじゃないかもしれねぇだろ…」
高峰くんはうわ言のようにそう呟いて、僕の言う通りまつ毛の長い綺麗な目を伏せた。何となく、今キスしたら怒らなさそうな気もするけど、それでいいんだろうか。でもうかうかしてるとこの自称不良のポンコツ美少年は誰かにとられてしまいそうだ。そんなこと、させないけどね。絶対に、させないけど、ね。
「お前まじで何してんの?!俺言っただろうが、イクから顔どけろって、言ったよな?!……聞いてんのかばか原!」
「え、はい。聞いてますよ、高峰くん。あったかくて満たされます。僕の絵を見て興奮した高峰くんが、僕に顔射するって、高峰くんの頭の中全部僕みたいで、すっごく満たされます。」
「おいやめろ顔射とか言うな生々しいだろ。お前本当に変態だな、顔洗いに行くぞばか原!」
「…生々しいもの出したくせに」
「なんか言ったかばか原!」
「いえ、何でもありませんよ。ところで高峰くん」
「何だよ!」
「やっぱり早漏でしたね」
「…お前はいつもいつも俺をばかにしやがって…!お前のが絶対ばかなのに…」
「だって、"高峰くんをばかにする七原"
を略してばか原ですよね?それは当然ですよ、高峰くん」
「んなわけねぇだろ!何が当然ですよ、だ。お前の方が早漏だろ、どうせ。」
「そう思いますか?高峰くん。」
「絶対そうだ。そうに決まってる」
「じゃあ今度確かめてみますか?高峰くん」
「あぁ、確かめる。確かめるに決まって……。あ、ちょっと待て」
スマホの録音機能を使いしっかりと高峰くんの言質をとった。スマホを持ちニヤついてる僕を見てようやく自分の失言に気付いたらしい。
「待ちません。誘ったのは君ですからね。高峰くん」
「……俺はばかだ…」
「ばか峰くんですね。あ、"たか"と "ばか"って"なな" と"ばか" より気持ちよく韻踏めるじゃないですか。高峰くん」
「踏んどけ勝手に」
「嫌ですよ。ラップじゃないんですから、高峰くん」
「うっせぇばか原」
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