第4話

『昨日はありがとう御座いました、けんちー☆さん』

 翌日、ネトゲのエリアの一つで、ブブ子さんと出会った。リアルの人間離れした顔とは違い、ゲームの彼女はシンプルかつ平凡な人間だ。

『此方こそ、すいません。(汗)嫌な思いさせちゃいましたよね?』

 入力して、送信。するとすぐに返事が来る。

『いいえ、けんちー☆さんが優しく接して下さったので嬉しかったです!』

 顔は兎に角、中身はいい人なんだよなあ。

『あの、けんちー☆さん。次はいつ会えますか?』

「え」

 驚きの発言に、思わず画面を凝視した。もう会う事は無いと思っていたのに、まさか彼女のほうからお誘いが来るとは。

『オフ会ですか?』

 尋ねてみれば

『けんちー☆さんと、二人で……』

 あっさりと返された。

『優しくしてくれたの、けんちー☆さんだけなので。良かったら、またお話ししたいなって思って』

 ブブ子さんは、人外丸出しの外見で、人並みに友達を作れずにいた。けど。

 明日明後日直ぐに会えるほど暇じゃないですよね、ブブ子さんも。そう打とうとした。

 驚きすぎて手が滑った。

『明日』

『明日ですか! けんちー☆さん、そんなに気遣って下さるなんて、嬉しいです!』

 うわあ。今更、会うのやめませんか、なんて言えない。

 やっぱりけんちー☆さんは優しくて素敵です、と褒めちぎられ、明日また会う事を取り消せなくなってしまった。


 次の日も居酒屋で待ち合わせた。昼飯を注文しようと上げた手を、ブブ子さんに引き止められる。

「私、お昼ご飯を作ってきたんです」

 それじゃあ、まるでデートだ。

 確かに恋人がほしいとも結婚したいとも考えたが、こんな、昆虫みたいな女性と? 青い肌で複眼の彼女が作る昼食って何なんだ。

 魔界の産物かのような邪悪な食べ物を想像して、怯んだ。

 手を引かれて公園を歩く。

 ベンチに座らされた。ブブ子さんが手提げから弁当箱を取り出す。

 蓋を開けたら、得体の知れない何かが襲い掛かってくるかもしれない。

「はい、どうぞ」

 彼女が弁当箱を開けた。

 玉子焼き、ミートボール、おにぎり、金平ゴボウ。どれも普通……いや、美味そうだった。

 そういえばブブ子さん、昨日オレンジジュースを飲んでたもんな。食べるものも普通なのか。

「けんちーさんが喜んで下さるように、一生懸命作ってきました」

 柔らかに微笑む彼女。風で、辺りの木がざわめく。

 人外丸出しの外見でも、ちゃんとした女の子なんだな。恥ずかしそうな、照れたような表情を浮かべるブブ子さんに、そう思った。

 おにぎりを一つ手にする。女の子らしく、桜でんぶが混ぜられたピンク色の球体は、口に入れたら甘かった。嫌な甘さじゃない。

「美味いですね」

 お世辞じゃなく言う。隣に腰掛けた青肌の彼女が、複眼をきらきらと輝かせた。

「ほ、本当ですか!?」

 リアクションもまるで普通の女の子だ。

 いや、きっと普通の女性なんだ。外見で損をしているだけの。

 ブブ子さんは弁当を食べている間、いい温泉に浸っているようなとろけた顔でこちらをずっと見ていた。俺が弁当箱の蓋を閉めたそのとき、彼女が切り出す。

「次は映画でも見に行きませんか?」

「え、映画、ですか?」

 戸惑いがちにブブ子さんが発した単語を繰り返す。彼女は肩から提げている小さなかばんに弁当箱をしまいこみ、一枚の紙切れを引っ張り出した。

「私、化物端から出た事、実はあまりないんです。それどころか、男の人とお出かけするのも初めてで」

 紙を広げてみればとことん丸っこい字体で『男の人とお出かけするときの定番』と見出しが書かれており、その下にもやはり丸い字で内容が書かれていた。

 一・女の子は手料理を振舞う。

 二・映画館やお化け屋敷などの暗い場所でさりげなく手を繋ぐ。

「手を繋ぐんですか」

「はい!」

 嫌にはっきりと肯定された。

「男の人との出かけ方が分からなかったので、インターネットで調べたんです」

「ネットでって」

 言葉が出ない。おそらく、人間の友達がいないのだろう彼女は、俺と会うときにどうするべきかを調べたのだ。

 デートの定番だとは知らずに、メモして、実行して。

「手って、いつ繋げばいいんでしょうね?」

 何だよ、可愛いじゃないか。

 余りにも真剣に尋ねてくる彼女を、いじらしいと思ってしまった。

 そして、逆に思う。オフ会の動機がいじましい俺は、ブブ子さんの青い手で触れてもらえるほどの価値はあるのだろうか。

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