殺意とも違う感情に脳を潰されそうになって、陽が沈んだばかりの外に飛び出した。


 当時から市民交流センターとは廃墟になっていて、帯刀おびなたと入り浸るようになったのもこの頃だった。中学に上がって、いよいよ近隣住民にすら姿を見せなくなった両親に反抗するように在宅時間が短くなっていく帯刀おびなたが心配で、ここなら誰も来ないから補導もされないだろうと、私がガラスを割って入れるようにしてやっていた。


 帯刀は高校でも続ける事になる美術部での活動が終わると、その足でここに来て、シャーペンでノートにずっと絵を描いていた。私はその様子を見ながらどうしてやればいいのだろうと考えつつ、それを出さないよう下らない笑い話をしていた。私がいない時には長居するなと言っていたし、その日は父が殺した魔法使いが街に侵入したのもあって誰もいなかった。


 正しかったと思う。誰かが側にいたら、殴り殺してしまいそうだったから。


 その翌日、また別の魔法使いが街に侵入して、応戦した父が死んだ。後から聞いたがその魔法使いは、上等な魔法を貸し出された〝魔の八丁荒らし〟だったらしい。


 葬儀には出なかった。母は錯乱して、外に出られる状態では無かった。代わりに父の友人だった阿部さんが、葬儀を済ませてくれた。



 何を言われても行かないとしか答えず、母を置いて当ても無く外を歩き回っていた私を阿部さんは見つけると、私を責めも叱りもせず、ただこの話をした。


 クソジジイの遺した願いとは永遠じゃない。悪魔喰らいの父が死んだように限界がある。父は一人で戦い続ける事で、より早くクソジジイの願いの効力を低下させていき、最後にはただの〝患者〟になって、魔術師を引退する気だった。父はこれが正しいなんて思ってない。ただこれが、考え抜いた果てに出した父の答えだった。


 もう何も聞こえねえよ。あいつらの声なんて。


 それだけ言って帰宅した。


 母はこの日から寝込みがちになって、父が無意識にかけてしまっていた魅了が失せた事により私の母親をこなす理由を失ったのか、私を恐れるようになった。私はうに母と話さなくなっていた。


 やがて阿部さん伝いで、上貂かみはざからのドッグタグネックレスを貰った。これは父の形見でもあり、今日から私は魔術師という、監視を受ける身分になった証でもあった。以降父の魔術を預かっていた阿部さんから、指南を受けるようになった。その内に母が自殺した。もう面倒だったし、私は当時から、魔法使いを殺す気など毛頭無かった。


 葬儀には行っていない。それでも自殺した遺体を運び出すとは人目を引く手間であるのは変わらず、母が死んだ事は父が死んだ時と同じく、近隣に知られた。


 それは帯刀も同様で、私が阿部さんの教えを受けるようになってからやや疎遠になっていた帯刀とは、その騒ぎについての会話が久々の遣り取りだった。



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