13.不吉なる芸術街


 頼んでもないのに辛気臭くなろうとする空気が鬱陶うっとうしくて、テレビを観ながら話題を変える。


「妙な事が続いたもんだな。謎の彫刻から始まって、変態ビジネスの勧誘に、違法魔術使用者と来たもんだ。こっちとしては文化祭を目前に控えてるけれど、学校は予定通り開催するのかね」


 テレビに映る情報番組では、この街ではない深夜の路上で〝患者〟の五十代男性が、少年の集団に暴行され殺害されたというトピックが流れている。


 〝患者〟とは魔法使いに魔法をかけられた事が原因で、心身に異常を来してしまった人を指す言葉だ。さっき廊下でれ違った、頭がマグカップになっていた男性が当てはまる。あのマグカップとはコスプレではなく魔法使いに魔法にかけられて、頭の形を変えられてしまったのだ。


 私の鉄紺てつこんのインナーカラーも呼びやすいからあたかもそのように呼んでいるだけで、〝患者〟の症状の一つだ。既に故人だが父方の祖父が〝患者〟であり、その症状を受け継いでしまった父と私はこのように髪色が変質している。髪や目、肌の色などが変わってしまうのは軽度な症状であり、外見からの差別や偏見もまだ大人しい。だが、死亡したと報じられている男性〝患者〟の容姿は、目が六つで、腕は三本だったそうで。


 犯罪者でも無い、既に被害者であるに過ぎなかったその人は、見た目が気持ち悪いからという理由で非行少年達に目を付けられ、金品を渡せとの脅しに抵抗した果てに、殴り殺されたらしい。


 そんな出来事は芸能人の不倫や炎上、スポーツ情報に挟まって、毎日のように流れて行く。何故って魔法を解く方法は、その魔法の持ち主である魔法使いに自分の意志で魔法を解かせるか、その魔法使いを殺すしか無いから。だが基本的に魔法使いとは一度かけた魔法はそのままで放置し忘れて行くので、矢張やはり殺害しか手段が無い。


 つまり魔法が解ける人間とはほぼ魔術師に限定されていて、どれだけ科学技術の発展により魔法が霞み始めたとしても、矢張り魔法使いとは手に負えない存在なのだ。


 鉄村は、伸びをしながら口を開く。


「んーどうだろうなあ。八高やつこうの文化祭と言えばこの辺りでも有名なイベントだし……。寧ろ学校側はこの状況を喜んで、開催するんじゃねえか? この八高が建つ、〝不吉なる芸術街〟に相応しい! ってよ」


 私は呆れ顔になった。


「……幾ら抱える美術館の数と、違法魔術絡みの犯罪発生率が全国一位の街だからって、その辺はしっかりして欲しいもんだが」


 おまけに国立にも劣らない規模の市立美術館を持ち、優れた芸術家も輩出する反面、魔法使いが最も出没する地域としても名高い奇妙な危険地帯である。


 こんな調子なものだからいつからか、〝不吉なる芸術街〟なんて呼ばれるようになった。今日も朝から事件が頻発する中、大成を夢見る新たな芸術家がやって来ている事だろう。


 情報番組のトピックが、今度は昨日の昼に、田舎町で違法魔術使用者の犯罪グループが逮捕されたという内容に移る。


 ……躍起になってぶよぶよマンを捕まえた自分が、何だか馬鹿みたいだ。


 私一人が誰かを助けてる内に、どこかでは当たり前のように、間違ってる奴らが誰かを殺傷してる。


 つい、表情が曇った。


 すると突然、鉄村は大きな声で言う。


「よーし、折角せっかくサボるんなら何か食うか!」


 鉄村は、驚いて肩をすくめる私の横でスマホを取り出すとこの店のアプリを立ち上げ、フードメニューを閲覧し出す。知り合って間も無い頃はネカフェに入った事も無かったくせに、頻繁に利用する私に付いて来る内に私より店のサービスを使いこなすようになった。


 つーかこいつ、今私の顔を盗み見て気を遣ったな。


 それで不機嫌になった私は、熱心にメニューを眺める鉄村を見上げる。


「……まだ昼ごはんには早過はやすぎるだろ」


 それが彼なりの優しさだと分かっているのに、何でか素直に受け取れない。



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