第14話・村のお医者さん



 アリシアは魔物の森以外では、あらゆる魔法を使う事がほぼ出来ません。


 これにはちゃんとした理由があり、リアナ大陸の世界的に見ても、真の魔法使いと呼ばれる者は非常に少なく貴重な存在とされ、アリシアが無用な厄介事に巻き込まれない為、アリシアの精神の奥に眠る師匠はアリシアには精神的にも肉体的にも大人になるまで魔法はなるべく使わせないよう、アリシアに全ての魔法や身体能力を十数分の一以下に抑制する封印を掛けていたのです。


 同時にアリシアのモンスター討伐に因るプラナ吸収でのレベルの上昇による身体能力上昇にも一定の制限を設け、他者に対する強力な認識阻害をしたのは未だ幼いアリシアがレベルと同じく上がっていた自身の巨大なプラナやマナで身体能力やネジが数本は外れた精神を使い過ぎて、その小さな身体に無理をさせない為の師匠なりの配慮でもありました。


「エルさーん、湿布の調子はどうでしょうか?」

「アリシアちゃん、何時もありがとうね。帰りに干し芋でも持って帰って。いつも高価な湿布の対価を用意出来なくてごめんね」

「いえいえ、湿布なんて森に行けば生えてる薬草で作れますから!」

「うーん……そこも問題なのよね。アリシアちゃんばかりに負担を掛けるのはちょっと……ね?」


 名もない村には特に特産品なども無く、地産地消の村の生活では数少ない現金収入を得る手段はアリシアの作る貴重な薬剤の販売と魔物素材の売却だけであったりします。


 それも、辺境の辺境に有る名もない寒村に来る商人等は録でもない人間ばかり、しかし、小さな村の住民は良くも悪くも善良で有り、あまり金銭に対する執着はなかったので騙され放題でした。


 村内では貨幣での取引はかな〜り少なく、一般的には物々交換が主流であり、しかも、誰それはあれを栽培して、誰それはこれを用意して、誰それは木を切り……等と仕事はほぼほぼ決まっているので和気あいあいと生活しており、特別にお金を使う必要がありませんでした。


 しかし、それが薬品や医療となると意味が異なります。


「エルさん、負担とか対価なんて全く気にしないで良いですよ。薬草なんて、どうせ魔物の棲む森に沢山転がってますから!」

「でもね……その魔物の棲む森に行けるのがアリシアちゃんだけなのよね。アリシアちゃんも本当に気をつけて頂戴ね。無理しちゃダメよ?」

「はーい!」

 

 魔物の棲む森ルシオンの地に行き、薬草などを持ち帰れるのはアリシア一人だけであり、アリシア以外の誰しもが無色透明な強固な壁に阻まれ、ルシオンの地の中には入れませんでした。


 そのような状況なので、名もない村の住民はアリシアの行動力に何時も驚かされる事となっています。


 実際に薬草などが豊富に採れるのは危険な魔物の棲む森で狩りを出来るアリシアだけなのでした。


 村で狩人をしているパスカルですら名もない村周辺の獣の森で狩りを行い、魔物の棲む東の森ルシオンの地には全く近付く事はせず、南西の魔物の森近くの普通の森で鳥や兎や鹿、猪などを狩ってくる位です。


 それも精々が2日に1匹程度獲れれば御の字の状態なので、毎日のようにビッグラットにジャイアントラットやホーンラビットの肉を大量に確保して来るアリシアは村の人気者でした。


 体格が人間の子供並みに大きく狂暴なホーンラビットは、冒険者でも一番下で有る木級の初心者なら大怪我をしますし、それよりも弱いのですがイノシシ並みに大きなジャイアントラットなども集団行動をするのでベテランの域に達した鉄級冒険者でも単体では噛み殺される位には狂暴です。


 この時点でアリシアが、どれだけ優れた人間なのかは容易に判断出来るのですが、ここは名もない小さな村であり、村人は村の周辺から出ないのでモンスターは危険で有る認識は有るものの、アリシアは割と自由に魔物の棲む森に入っていくのでした。


「あはははは、そうでしたね。後で美味しいホーンラビットの肉を沢山差し入れします。エルさんも体力を付けないとダメですよ?」

「ほんと、何時もありがとう。何のお礼も出来ないけど、これは私が心を込めて作った干し芋よ。さあ、召し上がれ」

「わーい♪ありがとうございます!」


 アリシアの回復魔法と特製の湿布で腰の痛みが無くなったエルは、村人からも大人気で有る特製の干し芋の袋をアリシアに渡しました。


 エルの作る特製の干し芋は作成に大変に手間暇を掛ける逸品であり、名もない小さな村で栽培される粗末な甘芋をふっくらと蒸して天日で干して時間を掛けて蜜を閉じ込め、干した甘芋を極上の甘味に変えます。


 そのお陰で実際は1袋でも凄く重いのでした。


 普通ならばこんなに早く、重い物を持てるまでに動ける事は無いと気付ける筈なのですが、あくまでも長閑な名もない村ではアリシアが治療すれば、どのような傷や病気も治ると認識されており、その異常さは誰にも分からなかったようです。


 アリシアの目の前に置かれた干し芋の重さは約ニ十キロほどであり、日本人ならば十キロの米袋二つを過ぎた年配者の女性がヒョイと持ち上げる姿を想像すれば、その異常さは伝わると思います。


「エルさーん、干し芋をこんなに貰って良いの?」


 大きな袋に詰まったエルお婆さん特製の大量の干し芋にアリシアは目を輝かせるのでした。


「私の手作りの干し芋で良ければ沢山食べてね」

「もちろん美味しく頂きます!」


 エルお婆ちゃん特製の干し芋はアリシアの大好物であり、甘芋を丁寧に処理して蒸してから天日干しされた蜜入り干し芋は甘味の少ない村の生活では数少ないアリシアの楽しみの一つでした。


 その後、オルソンの家の庭先でエル婆さんと干し芋を茶請けにハーブ茶を飲みながら話していると村の北門が急に騒がしくなります。


 それはアリシアの波乱の人生の始まり、名もない小さな村の北に有る門の向こうの小さな獣道から盗賊の集団が現れたのを、北門内の高い見張り台から自警団の男が発見した瞬間でした。






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