第3話・勇敢な幼女

 大陸歴1168年の秋、かつて1000年以上続いた戦乱の世を二十数年の間だが平和に導いた銘無しの覇王の時代は過ぎ去り、新たな戦乱の世が始まり既に二十年程の月日が流れ、失踪した覇王の家臣たちの治める国々は個々に独立しつつ未だに戦乱が続いていました。


 そんな時代のリアナ大陸の東の果ての果てにある南アメリカ位の形と大きさのエレノア半島の小さな国、エルト王国のさらに東の最果ての僻地にある封印された魔物の棲む森近くの名も無き村、良く言えば自然豊かな、悪く言えば自然しかない小さな小さな村で、後に奴隷達の女王、万魔殿ダンジョンのマスター、蒼の万魔将と呼ばれたアリシアは誕生したらしい。


 アリシアの出自に関しては数百年を経た今では広く知られているものの、名もなき小さな村時代でのアリシアは不思議な子供でした。


 生まれた日も知らず、親の名前も分からない赤子の時に小さな村の入り口に大陸共通語で『ア・リーシャ』と名前が刺繍された美しい布に包まれてポツンと捨てられており、何時の間にか村の外れに住む心優しい老夫婦に引き取られていました。


 この老夫婦は若かりし時より中睦まじく生活していたものの、子宝に遂ぞ恵まれなかった為、アリシアに惜しみない愛情を持って育てましたが……アリシアが数えで三歳の時に二人同時に流行り病のリム熱であっさりと他界する事となります。


 以降アリシアは司祭になる為の修行途中であったものの、名もない村を含めた数多くの村々の困窮に対して強い使命感を持ち、慈悲の心を以て司祭に為るを諦め、この村に住みつく事となった聖光教会シスターのアニスが作った小さな小さな孤児院に暫く身を寄せる事となりました。


 老夫婦の他界後のアリシア幼少時の数年は孤児院で育てられ、周辺の村々から間引かれ、引き取られた5名程の孤児仲間達と小さな畑を耕しつつ、貧しいながらも楽しく慎ましい生活を送っていたようです。


 幼少の時から他の人々より容姿に優れ、勤勉にして勇敢で利発なアリシアは子供達のリーダー的な存在でした。


「アニスせんせいだいじょうぶ? 」

「はあ、はあ、大丈夫ですよ皆」

「だいじょうぶじゃないよ! アニスせんせいはびょうきじゃないの? 」

「はあ、はあ、そうですね。私はリム熱に罹ってしまいました。もう、長くないかもしれません」

「そんなのやだー!」

「いんちょーせんせい、しなないでよー! 」

「みんな、ごめんなさい……私の手持ちのお金では『魔熱覚ましの白花』を買う事は出来ないの」

「まねつさましのしろはな? 」

「とても高価な薬なのよ……」


 ある日、孤児院のアニス院長がアリシアの養い親と同じ流行り病のリム熱に罹ってしまいましたが、アリシア達の暮らす名もなき小さな貧しい村では高価な薬を買うことが出来ません。


 リム熱とは魔素の濃い場所、例えば魔物が棲む森などの近くにある村や町などの中年から年配の人々が罹る病気であり、身体中に大陸共通硬貨の1リム小銅貨状の痣が薄っすらと浮き出て体内に魔石が生成される事により生命エネルギーのプラナが暴走、高熱が出て徐々に衰弱して死に至る病でした。


 この病は、あくまでも中年配から高齢の人々が罹る流行り病なので、一度完治した者や若い者には流行しない性質だったのです。


「なんと……孤児院のアニスがリム熱を……」ざわざわ…ざわざわ…

「また流行り病で大勢の村人が死ぬのか……」ざわざわ…ざわざわ…

「魔熱覚ましの白花が有れば……」ざわざわ…ざわざわ…

「しかし……魔熱覚ましの白花は帰らずの魔の棲む森の奥に生えているのだろ?」ざわざわ…ざわざわ…

「まあ、あくまでも噂だよ……ガルム長老が三十年も昔に今では入れぬ魔の棲む森の奥で見たって話らしい」ざわざわ…ざわざわ…

「今は魔の棲む森には誰も入れんしな……」ざわざわ…ピタッ…

「まのすむもりに、おくすりはあるんですか?」

「アリシア!?今の話を聞いてたのか?」

「おくすりは、まのすむもりにあるんですね?」

「うむ、隠してもしょうがない……そのような噂が有るって話だよ。なんなら、ガルム長老に聞いてみると良い」

「ありがとうございます!」


 しかし、アリシアは村人から魔物が棲む森の奥に病の特効薬の原料となる高価な薬草が生えているという噂を耳にする事となりますが……。


「ガルムおじいちゃん!」

「おうおう、なんじゃねアリシアちゃん」

「まねつさましのしろはなのおはなしをきかせてください!」

「うーん、それは誰に聞いたのかな?教えても良いが……あそこには今は誰も入れんのじゃが……」

「おしえてください!」

「ふむ、あれはじゃな三十数年前……(略)……そして凶悪なモンスターを薙ぎ倒してじゃな……森の奥で魔熱覚ましの白花を見つけ、わしは今は亡き妻の家族を救ったんじゃよ」

「もりのおくに……」

「うむ、じゃがな、森の奥は危険じゃし……今は何故か白花が咲く森の奥には見えない壁が有って誰も近寄れんのだよ」

「だれか、たすけてくれませんか?」

「うむむ、出来れば……わしがアニスを助けてやりたいのじゃが……」

「ダメですか?」

「先ほども言ったじゃろ?今は何故か知らんが魔の棲む森には目に見えぬ壁が有って誰も入れんのじゃよ……すまんなアリシアちゃん」


 『魔熱覚ましの白花』についての詳しい情報を集めてはみたものの、花のある魔の棲む森の奥は危険極まりない場所でした。


 アリシア達は親のように慕うアニス院長の為に、毎日のように大人達に薬草の採取をお願いします。


 しかしながら、小さな村の孤児院の院長やリム熱患者達の為に危険な魔が棲む森の奥に行ってくれる奇特な大人は誰一人いませんでした。


 アリシアは危険な魔の棲む森に入る事を孤児仲間達と相談しましたが皆は反対します。


 その後も弱っていくアニス院長を看病しつつ鬱々とした日々を過ごしていた孤児達でしたが、数日が経過するもアニスの病状は悪化の一途を辿りました。


 そして、いよいよアニス院長の病状が急激に悪化してきたですが……何の力も持たないアリシア達は何も出来ず神に祈るしかありません。


 アリシアは急激に弱っていくアニス院長の姿を絶望の瞳で見ていました。


 孤児仲間や村の大人を再び説得して魔物の森に入る事を相談しましたが当の本人である瀕死のアニス院長にも強く反対されます。


 しかし、勇敢では有るが故に有る意味では無謀で無鉄砲なアリシアは……村の大人や修道院の孤児仲間達の反対を押し切るように魔の棲む森の奥深くまで進んでしまうのでした。







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