第40・5話
分かっていたんだ。いつかこうなることは。
将成は健の姿を見掛けた瞬間に、察してしまった。
文化祭が始まる前、将成の体は不調を訴えていた。健には「行くな」と釘を刺されてしまったけれど、将成は聞く耳を持たなかった。
これは「戦争」だ。
将成にとっての「戦い」だった。
やっと自分に自信を持ち始めた海音を、ひとり置いていくことはできない。
今は海音を裏切るわけにはいかないのだ。
文化祭『シンデレラ』公演当日、将成の体調はなんとか
そして本番。事態は急変したのである。
前半戦はなんとかなった。しかし後半戦……将成の体調は悪化していった。治まらない動悸、息切れ――とにかく悲惨だった。将成はどうにかしてこの状況を打破できないか必死になって考える。だが、一向に思いつかない。
思い付くどころか焦ってばかりでいけない。
(……だめだ……何も、思い付かないや……)
海音も将成の様子に気付いたのか目を見開いて彼を見ていた。
彼を不安にさせてはいけないと頭では分かっていても、今の将成には行動に移すことが出来なかった。この時ばかりは自分を恨んだ。
『……王子様⁉ これは、まさか呪いが?』
不意に、台本に書かれていないセリフが将成の耳に届いた。いや、このセリフは聞き覚えがあった……というよりも見覚えがあった。
(この、セリフ……第一稿の時の……?)
あまり読んだことはなかったけれど勉強熱心で真面目な海音なら、例え変わると知っていてもその台本を読み込んだことだろう。変わらない可能性も、少なからずあったのだから。
海音は第一稿のセリフを続ける。将成は少ない記憶の欠片を集め、海音のアドリブにかろうじて付いていく。だが将成の気力はもう限界に近かった。
『……私は貴方を助けたいの!』
その最後のセリフを聞いた瞬間、将成は海音に口を塞がれた。
瞬間、舞台上が暗闇と化した。暗闇が視界を覆った時、将成の目の端に映ったのは健の怒った表情だった。
結果として『シンデレラ』は成功した。けれど、将成としては失敗を意味した。
将成は誰にもバレないと思っていた音楽室に逃げ込んだ。はずだったのだが、海音にすぐにバレてしまった。落ち込んでいることも見抜かれていた。将成は海音に励まされ、自分がどれだけ弱かったのかを思い出した。悔し涙が止まらなかった。
音楽室の扉が開かれる。その瞬間、ああ、もう終わりなんだと将成は悟った。
将成にとっての終わりとは、学校生活の終わりを意味した。発作を彼の目の前で起こしてしまったことが、全てだった。
それからすぐに入院の手続きが行われた。将成はそれを素直に受け止めた。入院する未来は見えていたのだ。無理が祟った。もう、戻ることが出来ないかもしれない。そう思うと、海音に申し訳ない。
会えない。
会いたくない。
将成が次に目を覚ました時には外は冬となっていた。
雪の映える季節となった。
将成は、もう海音に会わないと、心に決めていた。
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