6:ふれんちとーすと


まぁ、確かに俺は猫ではあるのだから別に問題は何もないのだが。

でも、腹の毛がきゅうとなる感覚はあまり好ましくない。

だから、俺はどちらかと言えばしろにはこの家に居て俺と人間がするように話しかけて欲しい。

しろはのそのそと部屋から出ると先程俺が駆けあがって来た階段を下りて行く。

俺もしろに続いて階段を下りる。顔を上げると「くぁ」としろが眠そうに欠伸をしていた。そんなしろを見ていたら俺も眠くないのに自然と欠伸が出て来た。


「なんだ、お前にも欠伸が移っちまったか」

「にー」


初めて知った。

どうやら欠伸というやつは移るものらしい。

俺はしろの顔を見上げて大きく口を開くと、小さく笑うしろの足にすり寄った。

しろの家は玄関の扉も、どの部屋の扉も、いつも少しだけ開けてある。

その理由はしろがズボラなのもあるのだろうが、俺がいつでもどの部屋にも入れるようにするためだ。

だから、俺はいつからか、一日のどこかには必ずしろの家に来るのが日課になっていた。

しろはいつも食べ物を出してくれる部屋へと入ると、戸棚に入っている袋を乱暴に取りだした。

そこには、いつもしろがくれる“ぱん”という食べ物が入っているのだと、俺は知っている。


「キジトラ、今日は学校サボるからフレンチトーストな」

「にー?」


ふれんちとーすと?

それはいつもくれる“ぱん”とは違うのだろうか。

俺が首をかしげると、そんな俺にしろは機嫌の良さそうな顔で俺の頭を撫でた。


「うめぇぞ」

「にゃあ、にゃあ」


どうやら、いつものぱんとは違うものらしい。

俺はしろがいつもくれる赤いやつや黄色いのをつけたぱんも美味しいと思うのだが、それよりも美味いという事だろうか。

それはとても大歓迎だ。


俺がまだ見ぬふれんちとーすとに尻尾をピンと垂直に立てると、次の瞬間しろの持っていた四角いモノがうるさく鳴り響いた。

俺はその突然の大音量に驚くと垂直に立っていた尻尾の毛がブワっと逆立つのを感じた。


「ったく、んだよ……こんな時間に」

「にぃ?」


しろは鳴り響くモノに途端に不機嫌になると、四角いのを見て更に眉間に皺を寄せた。

しかし、すぐにそれを耳に当てると「なんだよ」とソレに向かって話しかけた。

こういう光景は俺もよく外で見た事がある。

人間と言う奴は本当に面白いもので、あの四角いものに向かってよく話しかけている。どうやらその場に居ない人間と話す為のモノらしいが、俺から見れば滑稽極まりない。


そうやって俺がぼんやりとシロを眺めていると、シロの機嫌は更に悪くなっていった。


「んな事テメェらだけで片付けろ。はぁ?高宮が出て来た?……うぜぇな、場所は?」

「にゃあ?」


俺は話の内容にとても嫌な予感がした。

どうしてだ。

しろは今日は“学校”には行かないから俺にふれんちとーすとを作ってくれると言ったではないか。

それではまるで、今から出かけてしまうみたいだ。

俺は不安になってスルスルとしろの足元にすり寄るよると、ピンと尻尾を立てたままスリスリと体をしろの足に絡ませた。

そんな俺の行動にシロは少しばかり表情を緩めると、俺の頭を撫でた。


「わかった……すぐ行く。それまで死んでもアイツの好きなようにはさせんなよ」

「にぃぃ」


わかった。わかってたよ。

どうせしろは今日は“学校”へ行くんだろ。

知ってるよ、知っている。


俺はピッと音を立てて耳から四角いやつを離したしろに向かってジッと目を見てやった。

言葉は通じなくともわかるだろう。俺はいま腹を立てているのだ。

しろはふれんちとーすとを作ると言ったのに、作らない。


「にー!」

「悪かった。本当に悪かった。フレンチトーストはまた絶対に作ってやるから」

「にー!」

「ほんと、お前人間の言葉がわかってみてぇなリアクション取るな」


わかっている!

と、人間の言葉で話せたらどれらけいいだろうか。俺はピンと立てた尻尾をブワッと逆立出たまましろから離れた。

しろはまだ人間の若者だ。

俺は猫の大人だ。

こういうのを人間は“大人げない”と言う。

そうだ、俺は今とても大人げない。

まだしろは人間の子供なのに。


けれど、どうしてもふれんちとーすとが食べたかったんだ。


「にぃ」


俺は腹の毛がしゅんとする気持ちになると、チラリとしろを見て重い足取りでその部屋を後にした。

そのまま、玄関までまっすぐ歩いて、少しだけ開いた玄関の隙間に体を滑り込ませる。

すると。


「明日!明日、作ってやるからまた来い!悪かったな!キジトラ!」

「みゃあ」


背中の方からしろの叫び声が聞こえる。

俺は腹の毛がしゅんとなる気持ちが少しだけ軽くなるのを感じると、ちらりとしろを振り返りもう一度鳴いた。


俺も大人げなくてごめんな、しろ。

そう言って鳴いたが、きっとしろには伝わってないだろう。

けれど、しろは分かるとでも言いたげな顔で「じゃあな」と俺に手を上げた。

これだから、俺はしろが好きだ。

しろはどこまでも俺を人間のように扱ってくれる。

適当にあしらわない。


他の人間は俺の事を猫だから適当にあしらう。

「また今度ね」なんて言ってこなかった今度がどれほどあろうか。


しかし、しろは違う。

しろは「明日」と言ったら必ず明日はきっとそのふれんちとーすとを食べさせてくれる。

猫なんかに向かって申し訳なさそうに代替案なんか示してくる。

またな、と声をかけてくれる。

まぁ、外では一切の他人のふりだが。


俺は尻尾をピンと立てたまましろの家の玄関の戸を手で閉めると、「くあ」とまたしても眠くもないのに欠伸がでてきた。そしたら、玄関の向こうからも「くぁ」というしろの欠伸をする声が聞こえた。


今度は俺の欠伸がしろに移ったんだと思うと俺は嬉しくなって「にゃあ」と鳴いた。


さて、どうしたものか。

さて、しろからふれんちとーすとを貰い損ねて小腹が減った。


俺は久々にあそこへ行ってみるかと尻尾を揺らすと、道路を挟んだ、たくさんの人間の集まる“駅前”へと足を向けた。



久しぶりに、野良ネコのようにゴミを漁ってみるのもいいかもしれない。

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