第46話 ペンは木で、手紙は鳥で(4)

 二の週になってすぐ、全員がヌテンレを作り終えたらしい。

 わたしは講堂にてカフィナとラティラとともに課題曲の練習をしていて、教師からそれを聞いた。

 次は通信の魔道具、ワイムッフの作成だ。今日はまだはじまったばかりなので、これから外に移動して説明を行うという。


 ヌテンレの尻の部分で、空中・・に浮かんだ五線譜をなぞった。

 なぞる動きに合わせて光の線や音符がすぅっと消えていくのを、わたしは満足に思いながら眺める。


 ヌテンレの便利さに気づいたわたしは、さっそくいろいろな場面で使い倒していた。勝手に引き出される魔力で書くため、空中にも文字が書けるのだ。たった今したように、ペン尻が消しゴムのようになって書いた線を消すこともできる。

 いつでもどこでもメモ書きができるなら、携帯電話とそう変わらない気がしてきた。……いや、さすがにそれは言いすぎか。


 ヌテンレは土地ごとだったけれど、ワイムッフは全員が同じ場所で作るらしい。教師に案内されるまま、講堂にいた子供たちはスダの土地がある方向――西側の森へと向かった。


「わぁ……」


 そこでわたしたちを待ち構えていたのは、デジトアと、今日ヌテンレの作成を終えた子供たち……そして、半球状の光の膜に囲まれた大きな空間が二つ、その中にいる大量の鳥だった。

 片方には鳩くらいの大きさの鳥、もう片方には雀くらいの小さな鳥。

 全体的な数は小さいほうが多いということはわかるけれど、多すぎるしずっと動いているしでどれくらいいるのかはわからない。とにかくたくさんだ。


「ワイムッフの作成は工程が多いため、先に全体の流れを説明しておく。こちらに囲ってある空間を見なさい」


 言われるまでもなく、みんなの視線はそこにある。それを確認したデジトアは、大きいほうの鳥がいる空間の前に立った。


「見たことがない者はいないだろうからわかるだろうが、ひとつのワイムッフからは複数の手紙を出すことができる」


 わたしも含めた全員が頷く。最初に見たときはシルカルから飛んできたものだったので一羽のままだったが、送る側から飛び立つときはにゅっと分裂するのだ。その様子は何とも言えぬ奇妙さがあって、いまだに慣れない。


「簡潔に言うと、こちらの親鳥と呼ばれる土台用の鳥に、子鳥ことりと呼ばれる小さな鳥を飲み込ませる」


 ……え。怖い。

 わたしはそう思ったけれど、周りの子供らは何とも思っていないようだ。カフィナもラティラも、笑顔でデジトアの説明に耳を傾けている。


「子鳥の数だけ取り出すことができるが、講義では三羽ヘスベ――ああ、ヘスベの説明をしていなかったな。魔法石を何かに埋め込むこと、正確には、あるものを別のものに飲み込ませることを、ヘスベ、という。ワイムッフの場合は子鳥を魔法石にし、魔道具にした親鳥に飲み込ませる。これがヘスベだ。三羽分行う」


 具体的に言われると、余計に怖かった。

 魔法石にするということは、多分、鳥を殺してしまうということで。それをまた別の鳥に飲み込ませるなんて……。


 わかっている。今までだって、生きるため間接的にとはいえたくさんの生き物の命を奪ってきているのだ。それはマクニオスでも、日本でも変わらない。

 それでも、自分の手で、明確な意思を持ってそれを行うというのは、また違うような気がしてしまう。

 土の国の子のことを知ったときと同じように、口の中が苦くヒリヒリと痛んだ。

 わたしの身勝手な恐怖心をよそに、デジトアの説明が続いていく。


「生き物を使った魔道具作成でヘスベする場合、過程が複雑になる。実際に行うのは明日以降だが、今日のうちに流れを覚えておくようにしなさい」


 それから魔道具作成の流れを説明されたが、実のところ、ほとんど聞いていなかった。

 明日にはすぐ目の前にいる鳥を手にかけているのだと考えると、どうしても平常心ではいられなかったのだ。自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえてきて、周囲の音がひどく遠い。耳も熱い。手足の先端がじんじんと痺れてくる。頭がフラフラした。重力の向きをぐるぐるかき混ぜられているかのように思った。


 本当にヘスベしなくてはいけないのか。……嫌だ、嫌だ。

 そんな思いがふつりふつりと湧いてきては耳もとで消えていく――。


 いつの間にかわたしは二曲分の楽譜を持っていて、講義が終わったのだと気づいた。きっと、これを練習しておけば良いのだろう。

 ……顔色が悪いような気がして、頬を触る。


「そう、か……」


 今になって誰にも何も言われなかったことを不思議に思ったが、どうやらわたしの顔は笑みの形をしっかり保っていたようだ。

 もう久しく、笑顔以外の表情をしていないのかもしれない。


「……レイン様? お部屋に楽譜を置いたら、一緒に食堂へ行きましょうね」

「同じ土地のカフィナ様が羨ましいです。早く披露会を開催できるようになると良いのですけれど」


 そんなわたしに気づいた様子もなく、二人の女の子が、いつものようにわたしの合流を待っていた。

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