第43話 ペンは木で、手紙は鳥で(1)
イェレキが魔道具になると、アクゥギというらしい。キーボードでも竪琴でも、形が何であれ、アクゥギ。
イェレキと、アクゥギ。……へぇ。
「三人とも、イェレキとは大きく形の異なるアクゥギでも上手く弾けている。このまま練習に励みなさい」
今しがた、わたしたちは課題曲の合格をもらった。三人というのは、わたしとカフィナと、そしてラティラである。
アクゥギを得たあの日から、何かとラティラが話しかけてくる――というより、一緒にいるようになった。特に断る理由はなかったので、三人で向かい合って練習し、同時に合格を勝ち取ったというわけだ。
ちなみに最初にアクゥギを取得したラティラが課題曲を終えていなかったのは、ほかの子供たちの演奏を見学していたかららしい。もう見学しなくても良いのかと聞くと「それよりも大事なことを見つけました」と返ってきたが、真意はよくわからない。
九の月の課題曲は――アクゥギに慣れさせるためなのだろう――随分と簡単な曲だった。
困ったことといえば、楽譜がイェレキの奏法譜であるということだ。楽譜はこの形式しかないらしく、わたしはいちいち頭のなかで五線譜に置き換えながら音を取っていく。
とかく、この作業がなかなかに面倒だった。教師にも言われた通り、イェレキの弦の並びとピアノのそれは大きく異なるのだ。数をこなせば慣れるのだろうけれど今は手間がかかって仕方がない。練習時間のほとんどをこの置き換えに費やしたと言っても良い。
さて、合格すると、ラティラは教壇に立っている教師のところへ行ってしまった。カフィナは課題曲を弾き続けている。
……わたしはどうしよう。シルカルには曲を作ることを勧められていたし、作曲でもするかな。
ピアノでの作曲は慣れている。筆記具を持ってきていないが、簡単な旋律であれば覚えていられるだろう。そう思いながら鍵盤に指を滑らせる。
そういえば、ラティラはカフィナの両親のことも知っていて、「お二人とも素晴らしい音楽師でいらっしゃいますから、知っていて当然です」という言葉にはカフィナがいたく感激していた。そこまで有名だというのに、わたしは知らなかったわけだけれど。
何となくカフィナとラティラは相性が良いように見えたので、わたしは遠巻きにそれを眺めているつもりだった。序列一位、スダの土地。そのマカベの娘との交流はカフィナに任せてしまおう、と。
しかし、そんなわたしの怠慢は早々に打ち砕かれることとなる。
「レイン様。このなかに、ご存知の曲はございますか?」
戻ってきたラティラと、すっと差し出された大量の楽譜。
顔を上げると、キラキラと光る二つ星――ではなくラティラの瞳が、期待に瞳孔を大きく広げている。
溜め息を飲み込み、もう一度、楽譜に視線を戻す。おそらく追加で課題曲をもらってきたのだろうが……どれだけやるつもりなのか、この子は。広く深くといえど限度があると思う。
わたしは心中をおもてに出さぬよう気をつけながら楽譜をパラパラとめくり、目についた数枚を抜き取った。
「……こちらの曲は知っています」
「まぁ! では一緒に演奏しませんか?」
じっとこちらを見つめる薄青の瞳が輝きを増している。引き込まれそうになるその光をわずかに目を逸らすことで受け流しつつ、顔に貼りつけていた笑みを深める。
……わかっていたことだ。差し出された楽譜すべてが、二人用の曲であることなど。
「はい、喜んで」
合奏が交流になるというのなら、安いものだ。これで良い……はず。シユリの思うつぼのような気がしないわけでもないけれど、少なくともわたし自身が楽しめるものであることに違いはないのだから。
十の月になった。アクゥギは無事全員が授けられたようで、月初めに課題曲が渡される。これからは講義の課題と同時進行だ。
講義で作成するのはペンの魔道具ヌテンレと、通信用の魔道具ワイムッフ。名前ははじめて知ったが、どちらも家でよく見ていたので馴染みがある。あの空を飛ぶ手紙だなんて、いよいよ魔法らしくなってきたではないか。
作成する前に、アクゥギの取得をふまえ、座学として魔道具の解説をしてくれるらしい。
うたえば魔法になる、というわたしの感覚はおそらく間違っていて、魔法がきちんと体系だったものであることが窺える。
主任として出てきたのはものすごく真面目そうな男性教師、デジトアだった。シユリより少し年上くらいだろうか、かなり若い。すっと細められた瞳と、前髪も襟足も横一線に切り揃えられた金髪が印象的だ。
シルカルやナヒマも真面目そうだが、それとはまた違った方向に――身も蓋もない言いかたをすれば融通が利かなさそうな雰囲気である。
そんな彼の様子に、子供たちの背がピンと伸びた。
「アクゥギは、魔法石を核とする魔道具である。実際にフラルネにはめているのでわかると思うが、核を中心にその形態を変えることができるものだ」
難しい話のように思えたが、アクゥギに触れると黒い石になったり楽器に戻ったりすることは知っている。実際に見ているから、これならわたしにも理解できそうだ。周りの子供と同じように小さく頷いた。
抑揚はないが、意外とよく通る声での説明が続く。
「ほかの魔道具の作成との大きな違いは、クァジを演奏する際に使う魔力の量――つまり、魔法石を作るという部分だ。初級生が作成するのはすべて魔法石を核とする魔道具であるため、今日はこの魔法石について解説を行う――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます