第二章
第30話 四つの土地と、マクニオス(1)
七の月の最終週に、初級生は
木立の舍は、ジオの土地の北――マクニオスの中心にある。そこまで家が遠い者から先に到着するよう予定が組まれていて、わたしの家はジオの土地の中心部にあるため、移動日も中日だ。
最低一人は必要な成人の付添人は、教師として木立の舍へと向かうシユリが引き受けてくれた。
ちなみに初中級生以上の子供たちは、六の週が移動期間となっていたようだ。バンルとルシヴの兄二人は先日、羽の魔道具を使って北へと飛び立った。
鷹のような、黒い大きな羽である。シャン、シャン――と音を立てながら少しずつ遠ざかる彼らを見て、わたしは少しばかり羨ましく思った。
わたしの移動手段は、シユリが操縦する舟の魔道具。はじめて家に来た日、シルカルが乗せてくれたものと同じだ。
こういった魔道具も、木立の舍で作成方法を学ぶらしい。
持っていくものはそれほど多くない。イェレキと、服だけだ。ほかのものもまた、木立の舎に用意されているという。
これからの冬を過ごすことになるので、中に着る白い服は少しだけ厚い。本当に、少しだけ。
夏もあまり暑くなかったし、一年を通して過ごしやすい気候なのだろう。きっと、雪も積もらないに違いない。……いや、雨が降らないのだから、そもそも雪が降るわけないか。
シユリの荷物は教師なので多い。本もそうだが、大量の楽譜が気になった。
「ひぁっ……」
舟はふわりと森の上に浮かび上がると、最初は滑らかに動き出し、徐々に速度を上げていった。
……速い。速すぎる。
はじめて乗ったときは気づかなかったけれど、舟は見えない膜のようなもので覆われている。だから風は感じない。それでも、すぐ下にある木々が目で追う間もなく後方へ流れていくのを見ると、怖い。特急電車くらいの速度は出ていると思う。
ジオの土地中心部の森を抜けると、畑と草原、森だけの景色になった。
荷車で移動した時とは違って上空から見下ろしているため、赤みがかったその景色はおもちゃみたいだ。周囲には何もないけれど、進行方向、ずっと遠くのほうには山も見えた。その綺麗な形は富士山を思い出させる。
シユリはたまに話しかけてくるものの、基本的には舟の操縦に集中している。わたしはその間、木立の舎での目標をはっきりさせておくことにした。
第一は、日本へ帰る方法を見つけること。
この世界にわたしを連れてきたのが神さまであることと、歌によって神さまを呼び出せることはわかっている。なので、そのために必要な情報を集め――集まり次第、即実行、上手くいけば即帰宅の予定だ。
第二に、マクニオスの音楽技術を身につけること。
これはもう言わずもがな、今のわたしが楽しめる唯一のことがらで、どうせ滞在するのならやらなきゃもったいない精神である。
そして第三。わたしが身体を奪ってしまった土の国の子、その身体を何とか返す方法がないか、探すこと。
半年近く経った今でも、あの苦い思いは心のなかにあるままだ。わたしが日本に帰れば戻るかもしれないけれど、わからない。
木立の舎には、ほかにも気立子がいるらしいので、もし接触できたら、いろいろと聞いてみるつもりだ。
昼過ぎに出発してそのまま飛び続け、そろそろ陽が傾きかけてきただろうかというころ、わたしたちは深い森の上を飛んでいた。夕食前には到着するということだったので、もうすぐだろう。
いまだ速度の落ちない舟の上から、ぼんやりと景色を眺める。
わたしは、森が赤や金だけではなく、青や銀にも光っていることに気づいた。鮮やかで、幻想的な雰囲気が増している気がする。
「マクニオスに入りましたね」
「えっと。もともと、マクニオスにいたのではないですか?」
「広い意味ではそうですね。けれど本来は、デリ、アグ、スダ、ジオ、四つの土地の真ん中にある場所だけを指すのですよ」
「そうだったんですね……」
マカベ、という語もそうだが、頻出するというのに微妙にニュアンスが異なるのがわかりにくい。せめて首都とか、中央とかにしてくれれば良いものを。
「ほら、大きな木があるでしょう? あれがマクニオスの木。ここ
「えぇっ!? あれ、木……!?」
シユリが指差した先を追うと、どう考えても大きすぎる木がそこにはあった。
いや、ずっと見えていた。何せ、飛びはじめて少ししてから、「富士山みたいな綺麗な山があるな」と懐かしい気持ちになっていたのだから。山ではなくて、木だったらしいけれど。
何か重要なことを言っていた気もするけれど、それよりも驚きが勝る。日本に帰るまで、わたしはあと何度、驚けば良いのだろう。
舟は森よりもずっと高いところを飛んでいるのに、マクニオスの木のてっぺんはそれよりも高い。
そして傾いた陽の光を受けているからか、それとも別の理由からか、電飾を取り付けているかのようにキラキラと輝いていた。
マクニオスの木をぐるりと囲むように、低木――といっても、マクニオスの木と比べてだ。十分高い――が円状に密集して生えている。
その南側に、シユリは舟を下ろした。
「この円状の木々がすべて、木立の舍です」
「これが……。シユリお姉様、操縦、ありがとうございました」
舟を降りてから右手を胸に当てて感謝を示すと、シユリはにこやかに頷いた。それを確認してから、木立の舍に目を向ける。
マクニオスの木は幹が太すぎて、反対側がどうなっているのかは見えない。が、シユリいわく、見えている部分とそう変わらず、上のほうで枝が繋がっていたり、ところどころ独立していたり……といった具合にずっと続いているらしい。
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