第25話 マカベの儀(2)

 これはマクニオス、ジオの土地にやってきたわたしからの、この土地の神さまに対する挨拶だ。


 ――はじめまして、マクニオス。

 ――帰るときまで、よろしくね。


 そんな気持ちを込めて。

 ピャラン、ピイィィィン、と音を響かせる。


 イェレキの音とわたしの声が混ざり合った瞬間、空気がざわついた。

 聞き慣れない曲だろうが、そこまで驚くことだろうか。そう思って周りに目を向けて、気づいた。


 ……光が強い。

 それは前の四人と比べても明らかで、さらに言えば、幹どころか、木全体、細い枝の先端までもが光っている。


 よそから来た気立子だから、歓迎の意を示してくれているのかもしれない。他の子と異なる理由などありすぎて、正直、まあそういうこともあるか、程度にしか思えない。

 それよりも演奏を続けることに集中する。せっかく練習したのだから、完璧なものを披露したかった。



 神の道は命を運び

 神の光は命を育む



 閉じていた目蓋の向こう側から眩しさを感じて、そっと目を開ける。


 ……何、これ。


 イェレキに引っ掛けていたツスギエ布が、光っている。

 いや、それだけではない。風に晒したときのように、今にもふわりと舞い上がりそうだ。

 はじめての現象に慌ててしまい、滑りそうになった指先に神経を集中させる。



 湧き出でるは喜びの芽

 美しき花を咲かせ



 問題ない。もとよりわたしは目立っていたのだ。

 ほら、こう考えることにしよう。これはライブの予行練習。目の前にはお客さんがいる、本番さながらの。


 思い出そう。あの感覚を。

 一番手でも、トリでもなく、期待値の高まる後半ですらない。取るに足らないと考えられる、この微妙な位置の出番。


 必死に爪痕を残そうと、キーボードを叩き弾き、歌い叫ぶ。

 勿論今は、そんなに激しくできないけれど。それでも、気持ちは同じだ。


 届け、届け! と。



 降りそそぐ星々の緞帳

 万華の残像を写す



 ツスギエ布がどんどん広がっていく。

 周りから見たら、蜘蛛の巣に捕らえられた獲物のようになってはいないだろうか。

 ……いや、問題ない、はず。

 この刺さるような視線。喜ばしいことではないか。



 あなたは頬を染め

 この地は豊かになりて

 わたしは目を細め

 祈りを捧げましょう――



 演奏を終えると、さらに強さを増していた光がふっと消えた。

 しいんと静まり返った儀式場。


「……次の者」


 シルカルに促されて、左隣の子の肩がビクッと震えた。それからおずおずと演奏を開始する。


 ……ごめんね。嫌だよね、こんな目立つことをした人のあとで。頑張って。


 そう心のなかで謝りながらちらりとシルカルのほうへ視線を向けると、絶対に溜め息をついているであろう、額に手を当てている姿が見えた。何か良くないことがあったのだろうか。……いや、想像はつくけれど、そこまでだったのか。


 子供たちの演奏は止まることなく続き、しっかりと木の幹だけを光らせていった。


 眠くなるどころか、途中からは純粋に儀式を楽しんでいるわたしがいて、ひとり苦い笑みを溢す。

 それほどに、ここの音楽技術は高かった。あれからわたしと同じくらい上手な子が何人もいたし、難しい曲に挑戦している子や、うっとりしてしまうほど綺麗な声をしている子もたくさんいたのだ。どうせなら、帰るまでにもっと練習を積んで、この技術を持ち帰りたい。


 曲が被ることもあったけれど、それが些細なことに思えるくらい、みんな個性的で、美しい演奏をする。最後の子が終えるまで、わたしは真剣に耳を傾け続けた。


 ちょうど、陽が沈む。



 ヴウゥゥ――……



 一日に四回。マクニオスに来てから聞こえる、低く唸るような変な音。

 見えるところに人がいる状態で聞くのははじめてだった。


「――……」


 大人たちが、何かを呟いた。

 一人ひとりの声は小さいのだろうが、大勢の呟きともなれば、それなりの音量になる。


 赤や金の光の粒が、大人たちから溢れだす。それはキラキラと煌めきながら、神殿の岩と木に集まっていく。

 あの大きな木――神殿が唸るたびに光っていたのは、これだったのだ。


 何かの魔法だろうか。

 呟きによって零れた光と、それを吸収するように集めている神殿。夕暮れ時の、幕が下りるように空が暗くなるなかで浮かび上がるように光る木は、とても幻想的だ。



 ピイィィン、ピイィィィィン……

 ポロン、ポロロン……



 マカベの儀の締めには、マカベ夫妻であるシルカルとヒィリカが演奏をするらしい。

 彼らは、木立の者の仕事場である木を挟んで向かい合った。少しヒィリカが遠いけれど、わたしの位置からは二人とも見える。


 そうしてはじまった、超絶技巧の早口賛美歌。

 二人の声が、イェレキと竪琴の音が、複雑に絡まり空へと抜けていく。


 聞き取れない歌詞が、心をなぞるように身体を揺らす。なんだか、ざわざわとして落ち着かない。耳が熱い。

 光の粒が渦巻く。渦巻きながら、木の幹を駆け上り――。


 ぱあん。

 花火のようにはじけ飛んだ。

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