第42話 牛鬼
レイアが黒騎士に向かっていく。
こちらも牛の悪魔に二人で向かう。
分厚い鎧に巨大な盾、まるで城が立っているかのように感じる。
だが、こちらも無策じゃない。
この時のために、とっておきを用意してあるんだから。
前もって用意していた神樹を数本手に持つと、杭のような形に変える。
そして、風でそれを回転させながら放っていく。
敵の盾とぶつかり凄まじい音が響く。
どうやら、相手の硬さは予想以上だったらしい。かなりの凹みは見えるが、盾はその全てを防ぎ切ったらしい。
敵は雄たけびを上げるとこちらに突進してくる。
その瞬間、後ろのサクラが前に出ると、ガラスの瓶を数個投げる。
それは、敵に当たると爆炎を巻き起こした。
そして、同時に水魔法で床を凍らせる。
敵は無傷ではあったものの視界は閉ざされていたのだろう。床を滑り、こけた。
そして、それを再び神樹の杭で攻撃していく。
倒れているために盾では防げなかったものの、その鎧も同等以上の硬さを誇るのだろう。
同じく凹みを残したものの、いまだ健在であった。
敵が立ち上がり、怒りを感じさせる咆哮を上げる。
だが、さきほどのような搦手を警戒したのか、にじり寄るように近づいてくる。
相手にとってはゆっくりな動きなのだろう。だが、その歩幅は人間とは比較にならぬほど広く、その距離は確実に縮んでいく。
敵に神樹の攻撃を放ち、近づかれるとサクラが薬品と魔法で対応する。
兵達も離れた距離から魔法や弓で援護してくれるものの、その硬い防御力の前には無意味に等しい。
このままではジリ貧だ。神樹も手持ち分は尽きてきた。
新しく生み出すには少し隙を作らなければいけない。
しかし、隙を作れる攻撃力を持つのは神樹だけという矛盾した状況に少しずつ、だが着実に追い詰められていく。
「フェアリス。私に考えがあります」
私とレイアが無理やり言って聞かせたので、サクラは最近私達に対しても敬称を付けるのをやめた。
最初は慣れておらず、違和感があったようだが、戦の中で命を預け合う関係は私達の関係を深くしたのだろう。
今では、戸惑いはほどんどなくなっていた。
「どんな考えよ、聞かせなさい」
正直、このまま持久戦になれば負ける。だから、策があるなら試した方がいい。
「神樹でアイツを覆ってください。そこに水を入れ、溺死させます。念のために毒も混ぜ込んで」
大人しい顔して、サクラはえぐい手をなかなか使うことが多い。
だが、それなら防御力は関係ないだろう。
しかし、あれほどの巨体だ。それを覆う檻も巨大になるだろう。正直、手持ちの魔力だけで持つとは思わない。
「死ぬ気?さすがにあんたの魔力で満たすのは無理だと思うわ」
「しかし、それしか手段がないのですから仕方がありません。負ければどうせ死ぬのですから」
少し諦めたような表情でサクラが言う。
「あーもう!あんたは自分の命を下に見積もり過ぎなのよ」
「ですが…………」
「けど、あんたの作戦聞いて少し考えついたわ。連携が重要だけどね」
溺死させるのに全身を覆う必要は無い。顔だけでいいのだ。それならやりようはある。
「神樹で檻は作る。けどそれは水で満たすわけじゃない。相手を暴れさせないため。
その上で私が相手の顔だけ半球で包むような風を作る。そこにあんたは水と薬品を入れていく、そして最後に私が上に蓋をすれば終了。どう?それならあんたの魔力も足りるはずよ」
「…………なるほど。それならいけるかもしれません」
「あんたは諦めるのが早すぎるのよ。勇者くらいの諦めの悪さを出しなさいよ」
あの男は最後まで諦めない。恐らく、四肢が吹き飛んだとしてもその目は勝利だけを見つめるだろう。
それこそ、神樹がその想いを認めた男なのだ。それくらいしてもらわねばエルフの誇りが台無しだ。
「そうですね。私ももう少し食らいついてみることにします」
サクラは少し、笑いそう言う。
「そうよ。帰りましょう、みんなで」
「そうですね。次王都に帰るときはフェアリスも隣にいてくれるのでしょう?」
そうだな。前は絶対に一緒に王都に入らなかっただろう。だが、次からは一緒に帰るのもいいかもしれないと今は思っている。
「そうね。考えておこうかしら」
「いい返事を期待していますよ。では、いきましょうか」
「ええ」
相手を神樹の檻に捕らえる。だが、相手がその手に持った斧で攻撃すると深く傷つく。
恐らく長くはもたないだろう。
時間稼ぎになればいい。相手の顔に風を半球状に作る。
サクラは私にタイミングを合わせて動くと、魔法で水を貯めていく。そして、それと同時に自然界では生まれないような色をした薬品をその中に放り投げていった。
相手が水を振り落とそうと激しく動く。だが、そのころには既に風で蓋がされていた。
暴れる相手、サクラは残りの魔力で相手の手足を氷漬けにする。
何度も氷が砕け、また凍らせる。
その光景が何度か続いただろうか、相手は身動きを止めていた。
その目からは光が失われ、苦しみに満ちた表情でこちらを睨みつけていた。
サクラがこちらに近づいてくる。
魔力切れだろうか。体を重そうに引きずりながら。
そして、私の目の前に来ると呟くようにしゃべり出した。
「私は、こんな顔をこれまでたくさん生み出してきました。自らの手で。だから、本当は戦が終われば死ぬつもりだったんです。」
「…………」
彼女が暗い顔を時たましているのは知っていた。そして、獣人が人間の国で生きることがどれだけ大変かも。
「でも、今は違います。私は生きる。この罪を背負ってでも生き抜いて見せます。どれだけ、それを重く感じたとしても」
「……そうね。私だけじゃない。皆重い物を背負っているのよね。そんなことも知ろうとしてこなかった。でも、一人じゃないってのはいいわね。皆で背負うとなったら気が楽になったわ」
「……そうですね。倒れそうになったら勇者様が手伝ってくれますしね」
「ええ。あいつがここまで連れてきたんだから、それくらいはしてもらわなきゃね」
二人で顔を見合わせて笑う。あのお人よしの顔を早く見たい、そう思った。
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