第17話 初期ステータスが強い奴は大体伸びしろが低い
アオイとの買い物の翌日、朝早く目覚めた俺はバルコニーで風を感じながら思いにふけっていた。
昨日のアオイを見て、たった一ケ月でもすごい成長を感じた。
対して俺はどうだ?
この一ヶ月、これも勇者の務めだと思って毎日貴族のご機嫌伺いに対応してきた。でも、正直俺へのおべっかばかりで特別意味があったとは思えない。
ここに来るまでの旅路、俺は戦闘で傷ついた経験が無い。
正直、聖剣がある状態では無敵と言っていいだろう。それに聖剣は呼べば来るため、手元に無いという状況も想定されない。
銀狼戦ではレイアは傷ついたが、俺の方は攻撃は当たらないものの、ダメージも負わされていない。
だから無意識に慢心していたのだろう。
俺一人が死ぬならまだいい。だが、俺もこの世界で大事な人達を手に入れた。
彼女らを死なせたくない。だから、後で後悔しないようにできることはやっておこう。
一回レイアに相談してみるか。
決意を新たに頬を両手でたたいて喝を入れた。
◆
今日の貴族アポを紹介した午後、俺はレイアの部屋を訪ねていた。
「レイア、今ちょっといいか?」
「問題ない。どうした?」
「思うところがあってな、暇な時間にでも少し稽古をつけてくれないか?」
「では、今すぐ行こう」
「え?執務とかいいの?大貴族ともなると領地経営とか大変じゃないの?」
「大丈夫だ」
「まあ、レイアが良いならいいけど」
部屋を歩き出す。外に向かいながら聞くと、どうやらレイアの父親が死んだあと、そのほとんどの領地を親族に譲り、直轄地と言えるのはこの屋敷の維持に必要なお金を稼ぐための鉱山一つぐらいらしい。
父親は船、馬車、領地、使用人等の大貴族らしい形式に拘っていたそうだが、代替わりして自分が当主となると必要なもの以外は一切整理したとのことだ。
それゆえ、鉱山労働者の管理くらいで、領民と呼べるものを抱えておらず当主としての役割はほとんどないらしい。
まあ、普通はそれに加えて貴族同士の交流もある程度するらしいが、そこも一切していないため、俺とアインの次ぐらいに暇なのかもしれない。
まあ、無駄なものを一切持たないというのは実にレイアらしいなと思った。
少し歩くと、普段からレイアが使っているという鍛錬のためのスペースに着いた。
とりあえず、以前銀狼と戦いに行く前のように軽く手合わせをし、同じく俺が勝つと意見を聞いてみる。
「どうだ?どう鍛錬すればいいとかわかるか?」
「そうだな……。正直鍛錬はあまり意味がなさそうだ」
「え?なんで?」
「貴方の体は人間の範疇を超えている。私の剣技を教えても逆に可能性が狭まるだけだろう」
「まじか。けど確かにそうだよな」
「そうだな。対人間戦では動きを読むのには使えるだろうが、盗賊戦ではまるで必要がなかったのだろう?サクラが言うには敵の動きとしてはそれなりの水準はあり正規兵に準じる動きだったようだ」
「そうなのか?ぜんぜんわからなかった。けど、確かに動きを読む必要がある場面なんて一切なかった」
「だろうな。私の攻撃のほとんどを見てから避けている。それに、私の防御や受け流しは一部成功しているが、私をケガさせないように力を制限しているように見えた」
「あーそれはさすがにな。傷つけたいわけじゃないし」
「であれば、剣術の鍛錬はほとんど意味をなさないだろう」
「そうか……。残念だ」
「ただ、貴方の剣筋はまっすぐ過ぎる。そこを治すことは同等以上の身体能力を持つ相手には役立つかもしれん」
「それだ!どうすればいい?」
「とりあえず、フェイントを入れつつ剣での戦闘に足技や手技を入れていくのがよさそうだな。
ただ、私は一部そういった手法も使うが、基本的には騎士剣術であまり慣れているわけではない。
王都には剣闘士達が戦うコロッセオがある。そこに行って見学してみるのはどうだろう?」
「そんなのがあるんだ。行ってみるか」
「大貴族用の観覧席がある。そこなら見やすいだろうから私もついていこう。
むしろ、勇者が一般席に行ったら民衆が集まりかねんからな。」
「何から何まですまないな」
「問題ない。今日はもうほとんど終わっているだろうから明日だな」
「ありがとう」
「ああ。それと、勇者にはあまり意味がないんだが、それとは別に魔法についても教えておこう」
「え?魔法?勇者って魔法も使えるの?」
「いや、むしろ常時使っているというのが正しいかもしれん」
「常時使っている?今もってこと?」
「ある意味ではな。我々とは完全に使用方法がことなるが、通常の魔法の使用方法から説明するか」
レイアが説明を始める。魔法は四つの自然属性に加えて聖と闇の特殊属性の全部で六つの属性があるらしい。そして、全ての生命は生まれながらに属性を一つだけ持って生まれ、その属性の魔法のみを使用できる。
①風(神:アルムド) 特殊効果:速度強化 弱点:土
②土(神:ガルムド) 特殊効果:防御強化 弱点:水
③水(神:ザァルムド) 特殊効果:回復 弱点:火
④火(神:ファルムド) 特殊効果:攻撃強化 弱点:風
⑤聖(神:シャーレイ) 特殊効果:万能 弱点:闇
⑥闇(神:ダーレイ) 特殊効果:弱体化 弱点:聖
使い方としては、呪文を唱えて下記のような手順で使うようだ。
『神の名』⇒(イメージ)⇒『放出リレイアス』
例えば、
●神の名を唱え『ガルムド』⇒イメージをする。(イメージ:土を球状にして一つ)⇒『リレイアス』そして、放出と唱える
●神の名を唱え『ガルムド』⇒イメージをする。(イメージ:防御のために身に纏う)⇒『リレイアス』そして、放出と唱える
魔法とは、神と意思を通わせ、力を借り、放つものらしい。
また、神は通常隔たれた世界に存在しており、やり取りは魔力を媒介にして行われる。このため、魔法の行使者はその魔法の規模に応じた代償を魔力で支払うようだ。保有する魔力量は生まれながらに決まっているらしいが。
ちなみに、代償は基本的に魔力となるが、枯渇した状態で使うとそれに準じたもの、つまり生命力を捧げることになるようだ。
そして、それぞれに弱点を持ち、感覚的には二倍程度の優位性を持つらしい。
例)魔力2相当の風魔法=魔力1相当の土魔法
ここまで聞いて、一つ疑問に思った。
「俺、神の名とか今日初めて知ったんだけど。やっぱり魔法使ったことないんじゃないか?」
「ああ。勇者が特殊なのはその点なのだ。通常神の名を呼んで神と意思を通わせなければ魔法は行使できない。
だが、勇者と魔王は違う。それぞれの持つ、聖剣、魔剣は神の一部のようなものらしい。
つまり、その両者だけは常に意思を通わせており、常時発動可能な状態にあるということだ。
加えて、既に現世に顕現しているため神の世界とのやり取りが必要ない。よって、体力の続く限り戦うことができる。」
「なるほど。じゃあ今もなんか使っているってこと?」
「貴方の身体能力の理由はそれだ。
聖属性は万能の権能を持つため、体そのものは普通のヒューマンの素体と変わらないものの、魔法により身体能力が強化されている」
「しらなかった」
「ただ、魔法はあくまで意思をのせて初めて発動する。
食事中に食器をその握力で割ることは無いだろう?あくまで貴方の意思があって始めて魔法として力を発現させる」
「たしかに、そうじゃないと日常生活なんかできないか」
「そうだ。ただ、万能とはいっても闇と聖はお互いに優位性がある。
そして、強い魔族は闇の属性を持つことが多いので魔王軍との戦いで過信は禁物だ。過去の勇者が全て無事に魔王を倒せたわけじゃないのだからな。」
「なるほど。でも、それなら勇者をたくさん呼び出せば勝てるんじゃないの?」
「過去にはそう考えるものもいたらしいが、問題は聖剣が一つしか顕現しなかったことだ」
「あー。それじゃ戦えないわな」
「それと、魔王は城を動かない。というか動けない。
なぜなら、魔王自体が常時広域の弱体魔法を行使しているからだ。
これにより、ただでさえ身体能力に差のある人間と魔王軍には大きな能力差が産まれている」
「個で戦う勇者と全で戦う魔王か。兵士と王では役割が違うということね」
「そうだな。まあ、あくまで一般論であって、その時の勇者と魔王の性格によってやることが違う」
「ちなみになんだけど、勇者も自然属性魔法がトレーニング次第で使えるってことだよね?」
「そうだが、必要ないと思うぞ。わざわざ弱点属性で打ち消される可能性の高い自然魔法を使わずとも基本的に聖属性の魔法を使えばよい。
聖属性は弱点は闇だが、相手もそうだからな。ある意味弱点が無いに等しい。
まあ、労力に見合わんというだけで意表を突くつもりなら止めはしないが」
「ことごとく論破されるな。歴史は語るということか」
「そうだな。遠距離攻撃も別に練習するのはいいが、纏うタイプの身体強化と放出するタイプの魔法の併用は極めて難しい。私が身体強化ばかり使うのもそれが理由だからな。
過去の勇者も同じようにほとんど放出タイプの魔法を使用することはなかったらしい」
「教えてくれてありがとう。練習するところだったよ」
「それと。これは本筋とは関係ないが、聖属性が全能なのは、昔は神が分かれておらず一つの存在だったからだと言われている。
迷信の可能性もあるが、聖属性が他の属性に対して上位に置かれるのは大体がその理由だから知識として覚えておくといい」
「わかった。ありがとう。」
とりあえず、勇者は伸びしろがかなり低いということか。ままならん異世界転生だな。
まあそれなら、剣闘士の試合でも見て小手先のテクニックでも学ばせてもらうか。
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